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お下書房コミュの第8話 えびちゃんの恩返し

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僕は今住む町に越してきて一人暮らしをはじめた頃、
まわりに知り合いもなく淋しく過ごしていたのをおぼえている。

僕はよく夕暮れの中を一人きりで散歩し、
すれ違っていく人々と自分との間に違和感を感じていた。
彼らと僕は違う生き物だ。
彼らには帰るべき場所がある。
しかし僕には帰っても、おかえりと
言ってくれる人もいないのだ。

家族の安らぎとぬくもりがいかに大切なものだったかを
思い知った。

逃げるように家を飛び出してきたので
今更帰るわけにもいかない。

僕は毎日をまず孤独と戦うことに費やさねばならなかった。
僕は歩き疲れると部屋に戻り、
夜になるとザ・ポリスとビリー・ジョエルを聞きながら、
ビールを酔い潰れるまで飲んだ。
そして虚しく眠る。
そんな日々が続いた。

僕はよく一人で本を読み、
一人で音楽を聞いてベースをいじったり、
一人でビールを飲むようになった。
僕は一生独りのまま過ごすかもしれない。
そう思い始めたのもこの頃だ。

ある日、いつもの散歩で初めて訪れた
公園のベンチに腰掛けると、
小さく赤ん坊の泣き声が聞こえる。
僕は驚いてまわりを見渡した。
声の主は猫だった。
しかも何匹もそこらにいる。

この町には非常に野良猫が多い。
しかしどの猫も警戒心が強く、近づくとすぐ逃げてしまう。
彼らの我々人間を見るときに向ける瞳。
それは恐怖心と敵意だった。
僕もそれがわかると自分から猫達に近づくのをやめた。

そしてこの公園にも多くの猫がいた。
追い掛け合ったり、お互いの体を舐めあったり、
喧嘩したりしている。

僕の座るベンチの下に一匹の白い猫がいた。
他の猫と関わらずにベンチの下に隠れていたのだろうか。
さっき鳴いたのはこの猫かな。
白猫はベンチから出てきて、ひょいと僕の膝の上に乗った。
そして僕を見上げて、にゃあと鳴いた。

僕は少し驚いた。
この町は多くの人と多くの猫がいるが、
誰もが互いを無視あるいは敵視して
必死に自分の帰るべき場所を守っている。
それなのにこの白猫は僕に恐れもせずに近づいてきて、
こうして膝の上で甘えてくる。

僕は白猫を膝に乗せたまま頭をなで、
そして喉をゴロゴロなでた。
にゃーん、白猫が目を細めて鳴いた。

それから僕とその白猫との付き合いが始まった。
僕は散歩の最後には必ずその公園に立ち寄り、
白猫にエサをあげたり、抱いて体をなでた。
白猫はいつものベンチの下に隠れるように
うずくまっていて、
僕が来るとにゃあと鳴いて僕の足に体をすり寄せた。

この町にはこんなに多くの人と猫がいるのに、
僕に初めてできた友達はこの白猫だったのだ。
僕はこの出会いを大切にした。

だがしばらくすると、
僕は生活してゆくためにアルバイトを始め、
作家になるために小説を書き始めた。

次第に人付き合いの輪も広がり、
素敵なおホモダチもできた。
孤独を忘れていったのだ。

それと同時にあの公園には近づかなくなっていた。
あそこは大体昼でも薄暗くて人気もない。
孤独を忘れてしまった僕には、
あの公園はもはや気味の悪い場所に過ぎなくなった。
公園にいた白猫のことなども、僕の頭から消えていった。

目が覚めると、彼女の姿はなかった。
驚いて飛び起きる。
そしてあたりを見回して、彼女の名を呼ぶ。
返事はない。

急いでロビーにかけ降り、
受付係の女性に彼女の姿を見なかったか尋ねる。
朝早くにチェックアウトした、
あくびをこらえながら受付係が答える。

僕は額を押さえ、ひどく落胆した。
受付係が好奇の目で僕を見る。
ありがとう、僕はそう言って
自分の部屋へ肩を落として戻った。

あの受付係はあとで従業員に僕のことを
面白おかしく話して回るのだろう。
男が女にフラれて先に出て行かれたってよ。
そんな風に。
いいだろう、勝手にしてくれ。
僕は半分ヤケになってそう思った。

部屋に戻り、彼女の寝ていた蒲団に倒れこみ、
毛布を抱き締める。
毛布にはまだ彼女のいい香りが残っている。

よく見ると、彼女の枕元に手紙が置いてあった。
僕は濡れた頬を毛布でぬぐい、手紙を拾って広げた。

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