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自作小説交流館コミュの押し入れの中の「D」

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僕の名前を付けてくれたのは、どうやらパパらしい。

「すこやかに大きく、どこまでものびてほしい」そんな願いが僕の名前には込められている。

嘘ばっかり。本当に僕が自由にのびのびとやっていると、ママはきまってガミガミとお説教をしてくるくせに。

ママだけじゃない。学校の友達も僕の言うことにはいちいちケチや文句をつけてくる。

「どうせ○○にはわからないだろう」「○○にできるはずがないもんね」という具合に、いじめっ子たちは僕のことをバカにする。僕がなにか反論すると「○○のくせに生意気だぞ」だなんていってくる。僕には自由がない。

何もかもがうまくいかない人生だった。

勉強も、スポーツも。女の子と仲良くなることだって。

みんなうまくいかない。僕には才能がない。僕なんかが努力してみたところで何も変わらず、結果は決まっている。僕の人生は平凡に続き、そのうちあっけなく終わるのだろう。誰にも良い影響を与えず、社会の流れにも組み込まれず、誰にも知られずヒッソリと死んでいくのだろう。

きっとそうに違いない。そんな未来は変わらない。

僕は何もできない人間だった。

そんなどうしようもない僕のもとに、ある日やってきた。未来の世界からのへんてこなネコ型ロボット。

それは『ドラえもん』と名乗った。

ドラえもんは、語った。僕のこの先の運命のことを。それはなんともおぞましいものだった。

僕に才能や運や努力する価値なんてないことははじめからわかっていたし、今までがそうだったようにこれからも何もかもがうまくいかない日々が続くのだろうとは思っていたけれど、聞かされる話はそんな僕の予想をはるかに上回ってひどいもので、とんでもないクズのような人生だった。周りに良い影響を与えないどころか、迷惑ばかりをかけている。そんな僕の悪影響は、少なくとも孫の孫の代まで残るらしい。そんなの申し訳がなさすぎる。

僕が、自分が生きていることに嫌気を感じていると、ドラえもんと、子孫のセワシくんは、そんな僕の運命を変えてくれると言った。僕がこれ以上落ちこぼれてしまわぬよう、ドラえもんがつきっきりで面倒を見てくれるそうだ。

そして、僕たちの物語ははじまった。



はじめは、なんて奴だと思った。ほんとにこんな奴のいうことを信用してもいいものかと心配になった。けれど案外、ドラえもんは充分すごいやつで、僕はいつも助けられた。いつも頼っていた。

彼の持っている不思議な未来の道具は面白いものばかりで、平凡な僕の人生を楽しく愉快なものに変えてくれた。たまに、使いこなすのが難しい道具で僕自身が痛い目にあい、ドラえもんを呆れさせてしまうことがあった。「もう君には何も貸さない」なんて、何度言われたことか。でも、そういうときに限ってドラえもんはへまをする。甘やかすように、結局は僕の力になってくれるのだ。便利なドラえもんも、ロボットとしてはそこまで優秀ではないらしい。たまに僕たちは同じような目線で物を見て、同じ土俵でけんかをする。存在も、生まれた時代も関係なく、一緒にバカなことをして、同じように笑いあえた。ドラえもんはほぼ絶対的に僕の味方だったが、保護者ではなかった。たいせつな友達だった。

ドラえもんと出会ってから、僕と周りの友達との関係は少しずつ変わっていった。

いじめっ子も、僕らのマドンナも。苦楽を共にし、喜びを分かち合い、様々な困難を乗り越えてきた仲間としてのきずなが深まり、互いを認め合うようになった。すべてはドラえもんのおかげだと思っている。

色々なところへいった。そして冒険を繰り返した。

未来、過去。宇宙、異世界。地底、海底、秘境、絵本の中まで。正義を名乗り、悪と戦い、世界の平和を守った。みんなは知らない、僕たちだけの秘密の活躍だ。

すべてはドラえもんのおかげだと思う。ドラえもんがいなければ、僕は何もかもを諦めたダメ人間のままだっただろう。

ドラえもんとの出会いは、ともに過ごした日々は、僕の一生の宝物だ。

僕は、あの輝かしい日々を忘れないように、すべてを日記にして大切に保管している。



僕が中学生になった頃、ドラえもんが体の不調を訴え始めた。

具合が悪いと言い、なかなか寝床から出てこなくなった。ドラえもんの寝床は僕の部屋の押し入れにある。ふすま越しに身体の調子をきくと、あまりよろしくないようで、返事もしてくれない。ドラえもんの姿を見ない日がしばらく続いた。

ちなみに中学生になると、僕をいじめるやつはほとんどおらず、平和な毎日を送っていた。

勉強もスポーツも相変わらず優れてはいないけれど、最近は人並みに家庭学習の癖なんかもついていて、テスト前にも他のクラスメイトと同じくらいの緊張を感じ、結果も平均点をちゃんととっている。慌てすぎてやかんと枕を抱えて部屋中を走り回って、その上で0点の答案を返してもらっていたかつてと比べたら、充分すぎるほどの進歩だと思う。



僕は学校へ行く準備を済ませてから、押し入れのふすまをたたいた。

「ドラえもん、僕は学校へ行くよ。最近遅刻しない日が続いてて、なんだか調子がいいんだ。ドラえもんはどうだい?具合はよくなったのかい?」

返事はなかった。どうやら相当悪いらしい。

やはり今度、一度未来に帰して病院か工場かで診てもらうべきだろう。ドラえもんは風邪をひくし、病気にもかかるようだが、もしも具合が悪いのが内部の機械の故障なんかだったら大変だ。壊れてしまう前に直してしまわなくてはならない。

僕は心配だった。ドラえもんは大切な友達なのだ。僕の恩人なのだ。

早く元気な姿を見せてほしい。そして安心したいのだ。

僕は押し入れに向かって「じゃあ行ってくるね」と声をかけた。「行ってらっしゃい」が欲しかったのだけれど、やはり返事はなかった。

ふすまの向こうの、押し入れの上段でドラえもんは眠っているのだろう。その下段には、僕の昔のおもちゃやら古道具やら、日記やらが入っている。

寝たきりのドラえもんを気遣って、押し入れはこのところ開けないでいる。僕が寝るために使った布団は、床に敷きっぱなしだ。

僕は部屋の出口の扉を開き、半歩ほど廊下へ出てからもう一度言った。

「行ってきます」

返事を期待した挨拶は、やはりむなしく、静かな部屋の中に響いて消えた。




小学生の頃のいじめっ子たちとは、通う学校が違った。

いじめっ子の一人は、大きな体と抜群の運動神経、そして持ち前の度胸を買われて運動部が盛んな中学に推薦で入学してしまった。

もう一人のいじめっ子は、お金持ちの子供が通う由緒正しい名門校に通っている。

二人とも学校は違えど、同じ町に住んでいるため、頻繁に顔を合わせていた。ところが最近、ばったり姿を見せなくなった。いったいどうしたのだろう。

そんなことを考えていた通学途中、僕の隣を歩くガールフレンドも同じことを考えていたようで、ポツリとつぶやいた。

「どうしたのかしら、あの二人。心配だわ」

僕は思考を巡らせた。何か大切なことを忘れてしまっているような気がしたのだ。

二人の姿をみなくなった日のことを思い出した。数日前だ。丁度ドラえもんが不調で寝込んでしまった日と一致する。

それで思いだした。あの二人はドラえもんが消してしまったのだ。




あの日、僕は久しぶりにあの二人にいじめられた。嫌味を言われ、反論をしたら「うるせえ」と殴られたのだ。

中学生にもなって、小学生の時のような低レベルないじめをしてくる奴らだ。僕は腹が立ってドラえもんに言いつけた。すると、ドラえもんも同じように腹を立ててくれた。

「少しこらしめないといけない!」

そう言ってドラえもんが出した道具は強力で、僕はそれを使っていじめっ子たちに仕返しをした。彼らを消したのだ。

あれ以来、二人を見ていない。あの日からドラえもんの調子が悪くなってしまい、まだ二人をまだ戻してもらっていないのだ、と気づいた。

すこしだけ「しまった!」と思ったけれど、よくよく考えればそれは大したことではない。もしもこの二人の失踪が大変な事件に発展してしまいそうになったら、僕の勉強机の引き出しの中のタイムマシンで過去に戻って、この数日をやり直したらいいのだ。僕が道具を使って二人を消してしまうのを、僕が事情を話して止めたらいい。そうしたら何の問題にもならない。

それに、二人にはしっかりとこの前のことを反省してもらわないといけない。中学生にもなって、大切な友達をいじめるなんてどうかしている!幸いにも二人は、普段のあまりよろしくない素行から、行方不明もそこまで問題にはされていないようだった。

僕が何か考えているのを、ガールフレンドは察知したらしい。

「どうしたの?あの二人のこと知っているの?」

僕はすべてを話してしまおうかどうか迷い、結局言わないことにした。ただ、彼女を安心させるため「大丈夫だよ、あの二人は。直にドラえもんが何とかしてくれるよ」と返した。

彼女は「まあ!」と、少しだけ驚いたような表情のあと、

「そうね。ドラえもんに頼んだら何でも解決よね」と言って可愛らしく笑った。




学校についた。ガールフレンドと僕は教室が違う。下駄箱で別れ、僕は自分のクラスへ向かった。

おはよう、とあいさつをしながら教室へ入った。何人かが「おはよう」と返してくれた。

先生は来ていない。もちろん遅刻ではない。今日も調子がいい。

「よう、のび太」

仲の良いクラスメイトが話しかけてくれた。彼は中学からの友人だった。

僕と同じで、勉強もスポーツも優れていない男子だった。普段からほどほどに勉強し、テスト前に「勉強やってる?」「全然やってない」と互いに言い合う仲だった。そして結果は、1点2点の差で互いに勝ったり負けたりしていた。

彼とは話が盛り上がった。感性が同じだったのだ。彼の勧めてくれる漫画は、どれもこれも面白かった。

「おはよう、もん吉」と、僕は言った。もん吉とは彼のあだ名だった。彼は本名が「茂吉」で、顔が猿に似ていた。彼と話した初めの日に、僕が勝手につけた。

「ウキ!」と返事をする。もん吉はノリが良くて好きだ。

「なあ、のび太。ちょっとお願いがあるんだけど…」自分の席へ行こうとする僕に付いて来て、もん吉は言った。「ちょっと宿題見せてくれない?」

「やってこなかったの?」僕は驚いて聞いた。かつての自分のことは置いといて、今の僕は宿題をやらずに学校に来るのは信じられない。それにもん吉だって、普段は真面目に宿題を済ませていたはずだ。

「部活で疲れて、帰ってすぐに寝ちまったんだよ。そのまま朝だ。学生って忙しいぜ。部活と勉強の両立。文武両道とはいかねえもんだな」もん吉はため息をついた。

「いいよ。見せてあげる」

「いいのか!助かるぜ、さすがのび太様!」

「僕の間違いだらけの答えでよければ、いくらでも見ておくれ」

「いやいや、のび太の成績が丁度いいんだよ。俺が宿題うつすには」

「そうかい?なんだか人に宿題を見せてあげるなんて、出来杉にでもなった気分だよ」僕が独り言のつもりで言うと、もん吉は笑った。

「それは自分を美化しすぎだ。できないことの方が俺たちには多いだろ」僕のノートと自分のノートを交互に見ながら、彼は言った。

僕は驚いた。いじめっ子同様、僕と同じ中学には通ってないあの完璧人間をもん吉が知っているとは、意外だったのだ。そんなに有名だったのか。そう思っていると、もん吉は言葉をつづけた。

「それに、出来杉くんは宿題見せてくれねーよ。自分でやらないとためにならないから、って言ってな。のび太がたまに勝手に見ることはあるけどな」

もん吉がさらりと口にした一言に、僕は耳を疑った。

なんだって?なんで知ってるんだ?

それは、僕の小学生の頃の思い出だろう?…だろう?

それをもん吉がどうして?…どうして?

僕が随分とおかしな顔をしていたのだろう。僕の表情を見て、もん吉は不思議そうな反応をし、それから何かに気付いたようで、「悪い悪い」と頭をかきながら僕に謝ってきた。

「いま『のび太』なんて言ったら、紛らわしいよな。悪い。伸一」

頭を、何かで殴られたような衝撃が走った。

しんいちって…誰?僕はのび太だよ…?

僕の混乱をよそに、もん吉は話を続けていた。

「そうだな。『ドラえもん』の話題の時に、お前をあだ名で呼ぶとややこしくなっちまうな。悪かったな、伸一。
でもすげえよな。お前ってほとんど「のび太」だもんな。眼鏡だし。伸一って名前も親父が付けてくれたんだろ。「すこやかに、のびのび育ちますように」って。そんで一人息子だから伸一。
でも、そんなお前が『ドラえもん』知らないって言ったときは驚いたぜ。アニメも見てなかったんだってな。超珍しいぜ。
この間、漫画全巻貸した時、ものすごいハマって読んでたもんな。そんなに面白かったか?今度返してくれよな」

彼が何を言っているのか、まったく分からなかった。

僕はのび太なのに、僕を伸一と呼んで、出来杉を知ってて、ドラえもんを返せと言っている。たいせつな友達を…返せと。訳が分からなかった。

そんな不可解な現状を、どうにか理解しようと、混乱した頭を、どうにか落ちつけようと…僕は頭を動かし、少し考え、ようやく言葉をひねり出した。

「…もん吉」

「なんだよ?」先程まで普通にぺらぺらと喋っていたもん吉が、僕の様子がおかしいのに気づいたようだった。心配そうな顔でこちらを見る。

僕は、そんな友達思いのもん吉に質問した。

「ドラえもんの道具でさ…いじめっ子を消しちゃう道具って、何かある?」

もん吉は、しばらく考え込んだ。

「いじめっ子を…消す?なんだろうな、『どくさいスイッチ』のことを言っているのか?いや、あれは厳密には独裁者を懲らしめる道具なんだよな。
異空間にごみを飛ばす道具はあったけど、それでもないだろ。そもそも、なんの仕組みも理屈もなく、ただ消すだけの道具なんてあったか?」

僕は聞いた。「ないの?」

もん吉は答えた。「少なくとも俺は知らない。まあ、ないだろうな。さすがに「いじめっ子をただ消すだけ」ってのは…な」




僕はいつの間にか自室に戻っていた。

どうやって帰ったかは覚えていない。教科書などをいれるカバンは、学校においてきたようだ。教室を飛び出る前、もん吉の僕を止める声が聞こえた気もする。それさえも、はっきりとは分からない。覚えていない。

床には布団が敷きっぱなしだ。朝のまま、変わりない。

本来なら、たたんで押し入れにしまうはずだ。僕はそれをしていない。

何故だ?そんなのは決まっている。

僕が野比のび太で、ママはたま子で、パパはのび助で。

ガールフレンドがしずかちゃんで、いじめっ子がジャイアンとスネ夫で、恋のライバルが出来杉で、

未来の息子がノビスケで、孫の孫がセワシくんで、

そのセワシくんが連れてきた、僕の大切な友達がドラえもんで、

そのドラえもんが気分が悪いっていうから、そっと寝かせてやってるだけで…それ以外何も思いつかない。

ただ、なぜかさっきから胸騒ぎがしている。この押し入れの中に対して、異様な恐怖を感じている。
ふすまを開けてはならない。ふすまを開けてはならない。…脳の危険信号が、動こうとする僕の右手にそう言ってストップをかけようとする。でも止まらない。僕の手は、震えながらふすまの取っ手に手をかけた。そのまま横へスライドする。

中にいたのは…






それは死体だった。まだ腐ってはおらず、匂ってもいないが、まちがいなくそれは死んでいた。

肌の色が悪かった。不自然に乾いた土気色で、生気が全く感じられなかった。

その死体は、憎たらしい顔をした不良中学生のようだった。その顔を見て、また頭を強く殴られたような衝撃が走った。何かを思い出そうとしている。

でも、それが何かは分からなかった。得体のしれない頭痛が襲ってきた。気分が悪くなり、僕は膝を床についた。

低くなった視線の先に、押し入れの下段に押し込んでいた荷物が見えた。僕はそれに手を伸ばす。昔遊んでいた玩具、古道具、そして日記…。

しかし、日記と思って手に取ったそれは、どこかおかしかった。まるで漫画のような…。

それの存在を認めたことが決定打だったらしい。頭の痛みは徐々におさまっていき、やがてすっかり目
が覚めたような気持ちになった。

冴えた頭で考える。そうだ、間違いない。





いじめっ子を殺したのだ。

僕が…この手で。

立ち上がり、死体をよく確認する。

小学生の時によく僕をいじめてきた子だ。よく覚えている。

彼の胸に突き立っているものを見た。包丁だ。

未来の科学力が結集した秘密道具なんかじゃない。原始的な野蛮な人間の武器だ。相手に物理的な外傷を与える凶器。

それを、彼に深くえぐりこんだことを思い出した。確か、即死だった。

横になっている彼の足元を見た。もう一人のいじめっ子の死体が丸くなったまま固まっていた。図体の大きな彼と比べたら、ひどく小柄な、僕より小さな死体。彼の家はお金持ちで、いつも僕に嫌味なことを言ってきた。図体の大きい方が暴力担当で、彼はいわば精神攻撃を多く仕掛けてきた。

「ははは…」乾いた笑いが零れ落ちる。

なんだこれ?まるっきりドラえもんの世界じゃないか。

なのにどうして…

どうしてこんな結末になってしまったのだろう?





僕は、会社経営をしている父親と、教育家な母親の間に生まれた。

僕の家はお金持ちだった。父親の会社の経営が順風満帆だったためだ。いじめっ子の小柄な方の家と良い勝負だった。いや、一時期は彼のところよりも贅沢な暮らしをしていたほどだった。

だからといって、僕にとってはどうということはなかった。だが、彼にとっては不愉快極まりないことだったようだ。

それは、彼の父親にとっても同じだった。彼の父親が経営する会社が今よりももっと上の立場に行くためには、僕の父親の会社が邪魔だった。なんとかして潰してやりたいと思ったのだろう。



僕に「すこやかに、のびのびと育ちますように」と願いを込めた父親は、なかなか真面目な型にははまらない人だった。特に、女性関係には非常にのびのびと自由にやっていた。つまり、だらしがなかった。

そこを、いじめっ子の父親に目をつけられたらしい。

ある日、父親が犯した一度だけの過ちが、見過ごされない男女間のトラブルを引き起こし、そこからいくつもの大きな波紋が生まれ、会社の信用問題にまで発展した。

結果、父親の会社はつぶれた。大きな借金を残し、父親は夜逃げ。僕と母親は置いて行かれた。

全て、仕掛けられた罠だった。仕掛けたのは、うちとライバルだったいじめっ子の家の会社だった。

結局家を売り払い、借金の大元を返済することはできた。

しかし、今までの豪邸暮らしから一転して、狭い借家住まいとなってしまった。世間体を気にし、人一倍プライドの高かった教育家の母親は、家族である僕の行動に今まで以上に厳しくなった。僕は名前の通り、のびのびすることなど許されなかった。

自由がなかった。少しでも逆らうと、厳しい折檻が待っていた。そこに愛情など感じなかった。すべては母親自身のプライドのためだったのだ。

金持ちで小柄のいじめっ子は、学校で僕に対して精神的攻撃を仕掛けてくるようになった。僕の家庭のことで嫌味を言い、僕を怒らせようとする。少しでもカチンと来て、思わず言い返してしまったら僕の負けだ。ちょっと逆らっただけで、もう一人のいじめっ子の拳が飛んでくる。彼は金で小柄ないじめっ子に雇われたいじめっ子だった。体が大きく、ガキ大将的な存在だった。金のために彼は動いた。しょうもない男だった。

それらは僕が小学生の時の話だ。卒業し、それぞれが別々の学校に進むまで、そのいじめは続いた。

クラスメイトはみんな離れて行った。当時僕が好きで、たぶん好いても貰えていただろうマドンナの女の子も、決して助けてくれなかった。僕はすべての人に見捨てられていた。




数日前、僕は初めて『ドラえもん』を読んだ。教育家の母の厳しい監視の下、今まで一切与えられなかった漫画だった。もん吉が貸してくれた。

『ドラえもん』を読んで、僕は不覚にも感動してしまった。

生粋のガキ大将がいた。友達をすぐに殴る悪い癖はあるが、それは単に彼が乱暴だから、というわけではないように思えた。彼はリーダーである分、仲間意識が非常に高い。彼は、関係ない人を殴らない。仲間だから殴るのだ。気心知れた仲だから殴るのだ。相手を殴ってきずつけても、また自分の下へ戻ってくると信じているから殴るのだ。そして彼は、仲間を傷つけるやつも容赦なく殴る。

嫌味な金持ちがいた。しかし、彼の嫌味は何だか可愛らしい。自慢したいのだ。知らしめたいのだ。自分の力を。才能を。それだけなのだ。子供らしさが存分にあふれている。

憧れのヒロインがいた。彼女はいつまでも輝きを失わなかった。何をしていても彼女らしかった。決してぶれなかった。主人公が好きなままの、ヒロインの姿が常にあった。

厳しい両親がいた。しかし、彼らの教育には愛情があった。言葉を選んで説教をする父親がいた。真剣に息子のこの先を想い憂う母親がいた。

ダメな主人公がいた…。このキャラクタに関しては、立場上まったく好きになることはできなかった。…けれど、悪い奴ではないと思った。少なくとも、人を刃物で刺し殺すような将来はないだろう。

主人公の味方がいた。誰よりも親身になってくれる、友達だった。

感動のあまり、現実とフィクションを混同させてしまうなんて、なんて僕は馬鹿なんだろう。

でも、こうなれる可能性は確かにあったはずだろう。

どうして僕たちは、うまくいかなかったのだろう。

「どうしてなんだろう?」

無意識に死体に問いかける。

「どこから間違っていたのかな?」

手に持っている、漫画の表紙のドラえもんに語りかけた。

「もう無理なのかな?」

学習机の引き出しを開けてみた。タイムマシンはなかった。




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「D」
dead body=死体
diary=日記

感想、質問、アドバイスなど。コメントお待ちしております。

コメント(7)

おぉ!
一気に読んでしまいました!!

文章が上手いですよね。
読者を騙す文っていうんですか?
読み終わった後に、また読み返したくなります!

タイトルってどう付けるか悩むんですが、このタイトルが本文に深みを与えてますよね。
「押入れで「D」って…あぁ」と、読者を物語りに誘導する効果があると思います!!
参考になります。
一通り読みました。わーい(嬉しい顔) タイトルからして意味深な感じがしましたが、読んでみて「そういうことか…」と。(O_O)

でも、話がどこかミステリーな雰囲気あったのは私だけでしょうか…
文章が上手いだけにそんな気がしました。
>>[1] コメントありがとうございます。気付くのに随分と遅くなってしまいました。

まずは、読んでくださってありがとうございます。構想段階で思っていたよりも長くなってしまったので、読んで下さる方がいるかどうか心配してました。
コメントもいただけてうれしいです。

文章がうまい、ですか?
お褒め頂き光栄ですが、自分ではまだまだ稚拙だと思っています。
むしろ、文章表現には自信がないため、アイディアで勝負、と感じています。

タイトルに関しては、自分で思いついたときも少し「お!」と思ったので、触れて頂けてうれしいです。

読者を騙す(?)アイディアはまだいくつかあるので、時間をつくってまた書きたいと思います。
>>[2] 毎度コメントありがとうございます。

「そういうことか…」と思ってくださいましたか。ならばそれは思惑通りです。

ミステリーな雰囲気はあったかもしれませんね。わりと意識したので。
それを感じ取って下さったのなら幸いです。
>>[5]
はじめまして。
1年以上前に書いた作品に久しぶりにコメントを頂けたので、少し驚いてしまいました。
読んでくださってありがとうございます。

後味の悪い、精神に悪い話だったと思いますが、そこに「切なさ」を見出してくださったとは…感激の極みでございます。

1年も空くと、その頃の自分の作品の未熟さというか、手直ししたい部分も見つかってしまい、読み返すとなんだかモヤモヤするのですが、
MARIAさんのような読者に読んでいただき、感想までもらえると、書いてよかったなとも思います。

ありがとうございました。

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