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自作小説交流館コミュのキメラ・レディ

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   ○

「ねえ僕はナメクジかな」
「いいえあなたはナメクジじゃないわ」
「あんな簡単な仕事もしくじる僕は、ナメクジなのかな」
「しくじったんじゃない、やらなかっただけ。だって、あなたには簡単すぎて馬鹿らしいもの」
「ねえ僕はナメクジじゃないの?」
「違うわ。ナメクジはあの陰湿部長や生意気バイト君」
「本当に?」
「ええ本当よ。あなたは大丈夫」

 女は紙のように薄く伸びて、うなだれた男を包み込む。

「ああ、心地いいよ。もっと包んで」

 女の中は暖かくて、男は溶けて液体になった。
 水風船になった二人は、プカプカと闇に漂う。

 これは男の夢の中。目覚めは近い。

「ああ、僕はもう」
「ええ、あなたはもう大丈夫」

 突然、遠くからけたたましい音。
 何の音か、女にはわからない。




  男はみんな、キメラ・レディの夢を見る。
  破り捨てた憧れが、
  ひた隠しにしたリビドーが、
  初恋の人、グラビアアイドル、
  往来の美女、アニメキャラ、
  全部合わせて理想の女性、
  キメラ・レディを創りだす。

  男は毎晩恋をする。
  不在の女性にうつつを抜かす。
  肉欲・愛欲・支配欲、
  己の全てを彼女に向けて、
  倫理も秩序も忘れ去る。
 「ああもう僕は、もう僕は」
 「慌てないで、時間はたっぷりあるのだから」
  しかし男は目を覚ます。
  強すぎる欲の一部とともに、
  キメラ・レディを夢に残して。



「行ってらっしゃい」
 彼女が言ったその言葉は、
 覚醒した男にはもう、
 届かない。


 こうして彼女は役目を終えた。
 明日はきっと、別のキメラが作られる。
 真っ暗闇の夢の中。
 切り捨てられた小さな世界の隅っこで、
 彼女は一人、涙を流した。
 その涙の意味は、彼女にはよくわからない。
「私はキメラ・レディ。いいところだけの寄せ集め。迷いなんて何もないの」

 真っ暗闇の夢の中。
 用無しの彼女は一人、
 静かに眠りについた。



   ○

 真っ暗闇が少しずつ色づいて、
 新しい夢が始まった。

 あれ?

 彼女の目覚めは疑問から始まった。
 どうして、自分が存在するのだろう。
 新しい夢の中で彼を待つのは、
 新しいキメラ・レディのはずなのに。

 キメラ・レディが創られなかった……?
 消滅を覚悟していた彼女にとって、
 これは想定外の出来事であった。

 それもそのはずである。
 生きている限り、男は常に理想を更新する。
 理想が更新されれば、その理想通りのキメラ・レディが誕生する。
 古いキメラ・レディは捨てられる。
 彼女が相変わらずここにいるというのは、おかしな事態であった。

 そこへ、男が現れた。

「ねえ僕のバーディパットを邪魔するあの囚人服の集団は誰だろう」
「あなたって、随分鈍感なのね」
 思わず彼女は、自分の役目を忘れてしまった。
 男は想定外の質問に固まってしまう。

「一日普通に生活して、理想が更新されないってどういうこと?」
 男は相変わらず固まったままだ。
「なんで、新しいキメラ・レディじゃないのよ」
 慰められる以外の行動はプログラムされていないのだろうか。
「私なんか、用済みなはずでしょ?」

 自分がなぜムキになっているのか、
 彼女にはよく、わからなかった。

 よく見ると男はよれよれのスーツで、
 背中を丸め疲れきった顔をしている。

 仕方なく、彼女は自分の役割を全うすることにした。

「あの囚人服の連中はね、右から部長、バイト君、電車の優先席を独占していた大学生」

 ようやく男は動き出した。

「どうしたらバーディパットが入るかな。絶対に外したくないんだよ」
「あんな人たち、突き破ってしまえばいいわ。大丈夫、みんなハリボテよ」
「僕の球威で大丈夫かな」
「安心して、あなたは強いわ」

 そして今日も同じように、
 彼女は彼と水風船になる。

「ああ、心地いいよ」
「本当に?」
「うん、ずっとこのままでいたい」
 しかし、ずっとこのままではいられないのである。

 また、あの大きな音。
 くぐもっていて、うまく聞き取れない。
 彼は彼女の中から姿を消した。

「私も」と答えかけていたことに気づき、
 彼女は大きく首を振る。

「私はキメラ・レディ。くだらない感情など持たないの」



   ○

「なんでまだ私が存在するのよ」
 男はあっけにとられて動けない。
 誕生から三日目の夜、
 彼女はまた、男の夢の中で目を覚ました。

「いいわ、付き合ってあげる」

 支離滅裂な問答の後、
 男はまた、水風船になることを求めた。
 彼女は自分の身体が変形しそうになるのをかろうじて堪えた。

「待って」

 男は液体になる準備を始めたまま、動作を停止している。

「このまま私があなたを包んだら、あなたは何も言わなくなって、またあの大きな音でいなくなってしまうんでしょ」

 答えを待つが、男は停止したままだ。
 彼女は構わず続ける。

「ねえ、明日も」
 そこで唾を飲み込む。

「明日も、私の夢を見てくれる?」

 自分は出来損ないだ。
 彼の欲求に応じず、彼にとって面倒くさいだけの感情を告白してしまうなんて。
 まるで、人間じゃないか。

 溶けかかった身体で、動かない男。

「ねえ、起きて。何か言ってよ」

 彼女は男の肩を揺すった。
 すると男はようやく、口を開いた。

「僕は、君がなぜそんなことを聞くのかわからない」

 彼女は呆れてしまった。
 まるで女心を解していない。
 女心? キメラ・レディの自分に?

「不安なのよ」
「だって、いつも君の夢を見てるじゃないか」
「明日は別の人かもしれない」
「いいや、明日も君だよ」
「わからないでしょ」
「わかるさ」
「だって、理想ってどんどん変わるのよ。日々経験するあらゆるものから影響されて。理想が変われば、キメラ・レディも変わる。明日生まれるキメラ・レディが私とほとんど同じでも、それはもう私じゃないの」
「君は何か勘違いしているね」
「勘違い? いいえ違うわ。あなた、自分は理想をコロコロ変えるような人じゃない、とでも言いたいの? でもそれこそ勘違い。どんなに誠実な人でも、深層心理の抱く理想は刻一刻と変わっていく。一途であろうと心に決めても、その運命から逃れることはできないのよ」
「でも、僕は現に君の夢をこうして続けて見ている」
「それはあなたが特別鈍感だから。明日も私だっていう保証なんか、どこにもない」
「それならどうして、『明日も私の夢を見てくれる?』なんて訊いたの?」
「それは……」
「やっぱり君は勘違いしている」
「どういうこと?」

「あのね、僕には初恋の人がいるんだ。名前はメグム。恵みの夢と書いてメグム。彼女は明と暗を合わせ持つ人だった。周囲の人を手放しで肯定してくれる。だからどんな悩みやコンプレックスを抱えていても、彼女の前では笑顔になれるんだ。でもその反動なのか、彼女は自分自身のことにはすごく否定的で、いつも抱えきれないほどの悩みに潰されそうになっている。きっと、周りの不幸を一手に引き受けちゃっているんだね。彼女にその自覚はないんだろうけど」

 なんの話をしているの、とは訊けなかった。

「そんな危ういところを、僕は好きになってしまった。彼女は僕にとって、まさに理想の女性だった。覚えてはいないけど、彼女を元にしたキメラ・レディもたくさん生まれたんだろうね」

 その一人が私……?

「僕は彼女と違って、周りを否定しながら生きてきた。言い訳だけして自分を守っていれば、望みが叶わなくても我慢できた。でも、あるとき気づいたんだ。僕は恵夢が欲しい。どんなことをしてでも彼女が欲しい。この望みだけは、どんな言い訳も太刀打ちできなかった」

「八年もかかったよ。僕も彼女も成人していた。勇気を出したことなんて一度もない人生だったけれど、その一回ばかりは踏ん張った。地元でひょんなことから再会した彼女に、僕は言ったんだ」

 彼はそこで、彼女を見つめた。

「恵夢さん、ずっと好きでした」

 それが……。

「それが、君だよ。キメラ・レディなんかじゃない。君は恵夢。僕の一番愛する人だ」

 瞬間、彼女の脳裏には、彼と過ごしたいくつもの日々が蘇った。



 また大きな音がする。
 耳を澄ますと、それは誰かの声だった。

「あなた、起きて」



 自分の声に似ているな、と、彼女は思った。


コメント(4)

面白かったです。
タイトルでホラーかと思ってしまっていましたが、読んでみると素敵な内容で感動しました。

なるほど、キメラレディですか。僕も身に覚えがあります。

最近色々と精神的に疲労することが多いので、今夜あたり夢に見るかもしれません。
>>[001]
返信遅れてすみません。いま気づきました。
確かにホラーっぽいタイトルですね(笑)口裂け女みたいのが出てきそう。
夢の中の登場人物はどんなことを思うのか、想像を目一杯広げて書いてみました。
おぉ!
キメラ・レディ・・・言い得て妙ですな。

そんな翡月の夢の中には、何故か幼い頃からル○ン?世がよく出てきます。

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