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幽霊の哲学コミュのちょっとおききします

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私はちょっと前まで「思考の怠惰説」を展開していました。
それは、

「幽霊というのは、本人に由来する病的なものを除き、ものをよく考えない事からくる産物である。よくよく考え、分析すれば、幽霊とは名前だけの存在であることが分かるはずだ」
というものでした。(現在はちょっと違いますが)

みなさんの感想をお聞きしたいです。

コメント(10)

アレっすね。
怖い怖いと思いながらいると、柳の木も幽霊にみえるっていう・・・

磁気がすごいと体にもはっきりとした異変があり、
多くはコレによるものかも、と思っています。

私も心霊スポットみたいの巡るのがすきでして・・・いろんなとこへ行きましたが一度だけ本当に怖い思いをしたことがあります。

富士宮の某「穴」。です。

この穴はなかなか全国的に有名らしく入り口にある鳥居をくぐると病気したり事故に遭ったり死んでしまうという噂がありました。ありきたりだなぁなんてバカにしてたけど鳥居の横にちゃんとすり抜ける用の道があったのがなんとも気味悪かったです。

雰囲気も薄気味悪かったんですがまぁ半信半疑、適当に写真でも撮って帰ろうと思っていました。
しかしその某「穴」の敷地内に足を踏み入れたまさにその瞬間、身震いするほどの寒気、そして体の左側だけが異様に重くなってしまったんです!!

…それだけ?って思ったかもしれませんが左だけ重いなんて今まで体験したことないので、しかも敷地に入った瞬間だったのでとにかく怖かった。まるで何かが憑依したかのような感覚でした。

コレです。恐怖心から勝手に脳の中で幽霊なんていう居もしないものを作り上げてしまうんですよねきっと。頭で理解できないことが起こったから。私は「幽霊はいない!」派です。

と言いつつ、鳥居はしっかり避けてきました(^^;
私、心霊スポットを残しておくのは重要なことだと思います。
薄気味悪さだとか、考えられないような感覚に襲われやすいところとか、そういうところは<裏観光>として残しておくと、恐怖だとか悪寒だとか、そのような情緒を体験する情操教育の場になるのではないか、と思うからです。
サメサメでごめんなさい。
こんにちは。認識論のコミュニティで幽霊の話をしましたが、幽霊専門のコミュニティがあるとは驚きました(^.^;)

幽霊は何故服を着ているのかという江戸時代からの議論がありますが、幽霊論は意外にも認識論的に掘り下げる価値のあるテーマだと思っております。
わたしは「幽霊」についてこう考えます。

まず、オカルト=究極の科学だと思っています。科学を極めればおのずとオカルト(幽霊以外のもの、たとえばUFOやUMAなど)も解明されるはずです。

「幽霊が見える」という現象についていえば、それは脳のはたらきによって生み出されるものだと思っています。その点でいうと、わかさんの意見に同意見です。

一般の「ものが見える」という状態は、光の反射によって認知されるわけですが、この光の反射は色の波動を目でとらえ、脳で処理することによって認識されます。また脳の処理も、入力・記録・再生を繰り返すことによって完了します。

「幽霊が見える」という現象は「異常な磁場」を感じ取ることのできるひとが、見たり感じたりできることではないでしょうか。「異常な磁場」も色の波動のようなものを出しているのかもしれません。それがすべての人の脳できちんと処理できているかどうかはわかりませんが。
たとえば、感じ取る機関(たとえば目の特殊な構造)が備わっていない人もいるかもしれません。あるいは、脳の処理のうち入力・記録・再生のどれかがうまく働かなかったのかもしれません。
すべての条件がそろった人のみ、「幽霊をみることができる」のだと思っています。それは場所などの条件によっても差が生じるでしょう。

次に「幽霊そのもの」についてですが、これは「特殊な電磁波」が正体だと思っています。名称は違いますが、このあたりは、カヲルさんと同意見だと思います。

人間は、パソコン同様電気で動いています。電気というものは、磁場を生み出すものです。無機物はもちろんのこと、有機物が生み出す電磁波というものは、ある種特殊な波動だと思っています。特に人間は他の動物よりもはるかに大きな脳を持っていますから、特殊中の特殊といえるかもしれません。

ゆえに、その特殊な電磁波は、(仮に「人間電磁波」としましょう)電磁波を生成した有機物(本体)が死滅しても、強い思念(電流)があればある一定期間中は、この世にその人間電磁波だけでとどまることができるのだと思います。
特殊だからという理由だけで述べてはいますが、自縛霊や、浮遊霊と呼ばれるものは総じてそのように存在しているのだと、わたしは思っています。

人体とは小さな宇宙と呼ばれているくらい不思議なものです。
脳のほとんどは使われていません。脳科学は現代ではだいぶ進歩してきてはいますが、まだまだ未知の部分が多い分野です。その未知の部分が及ぼす効果が、「幽霊」などの現象となって現れてきているのだと思っています。

以上がわたしの考察です。
追記します。

「幽霊の見えない人が多い」というのは、見えないほうがはるかに暮らしやすいからです。生きている人と、すでに死んでいる人(幽霊)との区別がつかなくなったら、困りますよね?

まあだいたいはそういう世の中だからと思うんですけど、「昔の人のほうが、幽霊や狐狸の類をみることが多かった」というのは、時代性なんだと思います。見えたほうが暮らしやすい世の中だった。(体調を崩すような危険な場所が分かる、とか。磁場の強いところ=幽霊が出るところは、えてして温泉ガスなどが出ていたりして危険)

昔は今とは違って情報や通信手段があまりなかった時代ですから、先祖の霊とかに敏感になっていたほうが暮らしやすかったと思うんですね。先祖供養のたび、注意をされたり、諭されたり、と。でも、それと同時に余計なものまで見やすい体質になってしまった。だから、日本昔話みたいなことが後世まで語り伝えられていると思うんです。

近代の不思議な話を集めた「新耳袋」という本がありますけど、あれはまだ一部のひとたちにそういう情報が求められているからだと思います。実際の投稿者たちも、この情報過多な時代にあえて必要な力があって、ああいう不思議体験をするようになったのかもしれませんね。

いえ、情報過多の時代だから、必要な情報だけをほしがるのでしょう。体(脳)が。都市伝説はどうかしりませんけど。
残留思念と言う言葉があるのに驚きました。

個人的な考察も残留思念です。

場に記録される情報(どのように記録されるのかは分かりません)を、第六感(本来、動物には備わっていたものであり、時代とともに必要がないから退化したものだと考えています。察知能力等もこの能力の名残りであると考えます)で感じとり、脳内で映像化(通常、五感で入力されたものが、能内で表現されるのと同じ感覚です)しているものと想像します。

それを裏付けるものとして、幽霊の目撃証言から読みとる事ができます。

着ているものが同じ、A地点からB地点に移動している。行動が繰り返されているものも多いです。

あたかもビデオを繰り返し流しているようなイメージ。

残念思念自体、存在する可能性があれば、霊能やサイコメトリー等の特殊な能力も説明がつきそうな感じがします。

個人的な想像です。

みどりさん>

「異常な磁場」を感じ取る。
と言う「感じとる」、或は「特殊な構造」と考えておられるのは、やはり五感が基本なのでしょうか?

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