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超短編小説集コミュの「位牌」  注※怪談です、苦手な方はスルーして下さい。

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 「来週田舎に行くから準備しなさい」
母親から電話があった。
お婆ちゃんの家を売りに出すから掃除を手伝えという内容だった。
どちらにせよ建物は解体するのだから掃除など必要ないだろうとは思うのだが、廃墟のまま業者を入れるのは体裁が悪いらしい。
昭和の人間が考えそうなことだ。
週末特に予定のなかった僕は断る理由も見出せず素直に了承した。

 お婆ちゃんは僕が10歳の時に亡くなっており、その後約20年間住まいは放置してあった。
その家の近辺に新しくJRの駅が出来るとかそんな理由で地価が高騰、今回の売却とあいなったわけだ。
子供の頃は毎年、夏休みと正月にお婆ちゃんに会うため、電車に乗って行ったものだが、
駅からお婆ちゃんの家は遠く、一日数本限りのバスに乗り継ぎこ一時間揺られなければならなかった。

 一週間後、
最寄り駅で母親と合流しバスを待っている。
「売却は駅が出来てからにすればいいのに」
そんな事を考えたが、まあ親には親の都合があるのだろう、とあえて口に出すことはしなかった。
社会人とはいえまだまだ安月給、たいした仕送りも出来ていない気まずさもその要因の一つではある。

 バスに揺られながらかつて見た田舎の風景を掘り起こし窓枠と比べてみる。
「二十年経ったら町もすっかり変わるわね」
母親が口に出して言った。
年数回しかこの景色を見なかった者と、かつてこの景色の中で青春を送った者では感慨の度合いも違って然りだ。
「そうだね」
とだけ相槌をうち、決して差異の埋まらないそれぞれの温度で、かつての面影を残さない風景が流れていくのを見送った。

 1時間後、ようやく目的の停留所に辿り着いた。
かつて鬱蒼とおおい茂っていた林は全てきれいに分譲してあり、今後誕生する新しい町をおぼろげに想像させる。
その中で目的の家屋は整然とした景色とコントラストを描くように異様な雰囲気を発している。
なるほど、確かにこれは体裁が悪い、母親が掃除を持ちかけるのも納得だ。

 母親が用意してきた鍵を回し引き戸をつかむがどうにも開かない。
どうやら建物自体が傾いているようだ。
「これ、入ったら危ないんじゃないか?」
「何言ってるの、このまま業者さんに渡せるわけないでしょ」
そりゃそうだとばかりに、さらに力を込めて強引に引き戸を開ける。
しばらく頑張ってやっとのことで戸を開け中に入ることが出来た。

 家の中は当然、埃が積もってはいるものの、拍子抜けするほどきれいに片付いていた。
葬式の後、母親が隅々まで掃除したのであろう。
自らの生家を目の当たりにし、懐かしさが込み上げたのか、母親とて、かつて少女であったのだと想像するに難くないはしゃぎっぷりを見せながら、彼女は持参した掃除用具を取り出した。
その姿は見ていてあまり気持ちの良いものではないがそれも仕方がないだろう。

 危ないから止せというのに
「掃除は上から」
という謎のポリシーを貫き母親は鼻歌を歌いながら2階へと登っていった。
それぞれの部屋の行き来に使う廊下の掃除が先決だろうと考えた僕はせっせと廊下の雑巾がけに勤しんだ。

 雑巾をかけながら僕は僕なりにお婆ちゃんとの思い出に浸っていた。
一人娘の一人息子、当然お婆ちゃんは僕をもの凄く可愛がってくれた。
夏休みは一緒にサワガニを採りに行ったり、裏の畑に成っていた西瓜を振舞ってくれたり。
正月はお年玉をくれたり雑煮を作ってくれたり。
ありふれているが大切な思い出。

 そんな時、ふと頭にある光景が浮かんだ。
夏休み、お婆ちゃんが僕の身長を計り、柱に刻んでいる光景。
そういやあの柱どこだったっけな?
さらに記憶をまさぐり、居間の柱であると特定した。

 自分の歩く先だけをホウキで掃きながら目的の柱を目指した。
「あれ?なんだ?」
遠巻きに柱を見るとやけに傷だらけだ。
「え!?」
近寄ってみてギョっとした。

あきら3歳 あきら4歳 あきら5歳 あきら6歳 あきら7歳

それぞれに古ぼけた傷が刻まれている。
間隔はどんどん長くなり、

あきら8歳 あきら9歳 あきら10歳

あきら11歳??

あきら12歳

「なんだ?なんだこりゃ?」

あきら13歳 あきら14歳 あきら15歳

前述したがお婆ちゃんは僕が10歳の時に亡くなっている。
ここからどんどん間隔は短くなり、

あきら16歳 あきら17歳 あきら18歳 あきら19歳

そこまでしか読み取ることができない。
19歳の上には何度も何度も切り付けたような深い深い傷が刻まれている。

 呆然としていると後ろからすすり泣く声が聞こえた。
「お母さん・・・ごめんなさい・・・」
母親だった。
田舎が家から離れているため仕方がないとはいえ20年も放置していたことを悔やんでいるのだろう。
もしも、お婆ちゃんがお盆の度に誰もいないこの家に帰ってきて、せっせと僕の身長を柱に刻んでいたのだとしたら・・・
そう考えると僕の目にも涙が溢れてきた。

 掃除を終え近所のスーパーで線香を購入し火を着けながら、消え入りそうな声で母親は
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と繰り返した。

 帰り道、母親は僕に言った。
「お婆ちゃんはいつもあんたのこと見てるよ、しっかり生きなさい」
その場では深くうなずいたが、どうやら僕はその願いには応えられそうにない。
20年に渡る孤独というものは、やはり相当に根深く、愛情が憎悪に変わるには十分な時間と言えるのだろう。
普通は15cmくらいなのに母さんは随分高級なやつを奮発してくれるんだな。

 床から約20cmのところにいびつな傷と共にこう刻まれていた。
「あきら31歳」

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