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米国、南NJ州クリスチャン教会コミュのキリストに結び合わされ。

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キリストに結び合わされ。
ピリピ1:1-2。

パウロの手紙は、差し出し人とあて先を最初に書いています。これは今日残っているパピルスなどに見られる古代の手紙の書式によるものです。獄中のパウロを助けるためにローマに滞在して世話をしてくれいる愛弟子テモテのことも忘れずに記しています。

またパウロの他の手紙の書き出しによく用いられている「使徒」という肩書も用いていません。テモテに対する愛と配慮や、ピリピ教会の人々との親しさ、交わりの深さを感じさせます。

パウロは「使徒」という肩書きの代りに、イエス、キリストの<しもべ>という名称を用いています(1:1)。これは「奴隷」を意味する言葉です。雇い人には仕えるかやめるかの選択の自由がありましたが、奴隷にはその自由がなく、死ぬまで主人の所有物なのです。

ここでパウロが自分たちのことを「イエス、キリストの奴隷」と呼んでいるのは、身も心もすべてキリストのものであること表明しています。自由になる方法は、誰かが彼のために身代金を支払い、彼に対する所有権を放棄することです。

<神に感謝しなければならないことには、あなたがたは以前は罪の奴隷であったが、神の救いの福音を心から信じ。今では罪から解放され、神の奴隷となったのである>(現代訳ローマ6:17-18)。 

しかしイエス、キリストが彼の身代りとなって十字架上で死んでくださったことにより、神が罪を赦してくださったので、その感謝と、救われたという確信からパウロは自らを、「しもべ」と言ったのです。

十字架上で流されたイエス、キリストの血がパウロを罪から救い出す身代金だったので、パウロはこの言葉によって、キリストの奴隷であり、キリストに所有されていることを告白しているのです(1べテロ 1:18-19)。クリスチャンは「キリスト」の奴隷として生涯神の家にとどまって、神に仕えるのです。

聖書に登場する人々は、仕事場や家庭において、また戦場や牢獄においても、床に就いてからも神を賛美していました。賛美は、朝目を覚ました瞬間から、夜一日の活動を終えて目を閉じる瞬間までささげられるべきものです。ダビデは言いました。<私はいつも主に感謝します。私の口は常に主をあがめます>。
                              アーメン。

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