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。」「コミュの11 未来の恋の行方

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  『 未来の恋 』



 僕はシャワーを浴びながら、不意にザワザワとした気分になった。二日酔いではあった。なにか自分の感覚がどんどん研ぎすまされていくというのだろうか、感覚が細胞分裂していって、気がつくと自分の体がビルのように大きく感じる。その巨大になった体の中で自分の意識はまるでそのまぶたの下のちっぽけな小人になった。
それが僕の巨大化だった。
以前はそれを布団にくるまって耐えていた。でも布団の中でも最悪だった。目をつぶっったら、自分の意思とはまったく関係ない映像がまぶたの裏に映った。普段目をつぶって見ると、まぶたの裏は真っ黒だ。だが、ただの黒ではない。よく見ると赤でもあるし、緑でもあるし、黄色でもある。たくさんの色が塗り重なり黒ぽく見える感じだ。これが神経が細かくなっていくと、その黒が様々な色の点の集積に見えてくる。そしてその点の集積が周りのノイズに合わせて動きはじめ。遠くのほうで聞こえるパトカーのサイレン。たくさんの車が走る音、クラクションの音。それら街の音と、そして風の音。それらの無数に重なった音がノイズになって耳に届き、そのノイズにある瞬間ひとつの規則性を見つける。そん瞬間、その街が醸し出したノイズに一瞬、宗教音楽のような様々な管楽器の音を聞くのだった。その点の集積がそのノイズにあわせてかき混ぜたコーヒーのクリープのようにマーブル状に円を描き混ざっていく。そのマーブル状になった点の集積が色々形を変えていく。そして予想もしない映像をぼくに見せはじめるのだ。
 それはまるで目の前に起こっているような鮮明さで、さわやかなイメージ映像だったりする。胸に花輪をつけた制服を着た少女数人が横一列に並んでなにやら初々しい顔をし一方向を見ている。どうも女子高生のようだ。しばらくして彼女達はあるタイミングで女子高生らしくきゃぴきゃぴと動いてその列はいちどくずれて人をいれかえたりしながら、また横一列に並んで真っ正面を見ておすましの顔をする。同じようにみな一方向を見ている。どうやら女子校の卒業式のようで、彼女たちは式後の写真を撮っているようだ。なんども列が崩れるのはきっと何人ものカメラに同じ写真を納めていこうとしているんだろう。よくある「私のカメラも、私のカメラも」というあの光景だ。のどかでたいへん清々しい。そんなことよりなぜ人のまぶたで卒業式をしているのだろう。それは何かを想像するというレベルのイメージ映像でない。もうそのまま、まぶたの裏に写つされている。というか普通にただの目の前に映る卒業式だ。こう言う症状って精神医学的にどういうんだろう。そういう症状あんのかな。自分が無意識に作り出したイメージだとすれば、それはあまりにも鮮明すぎる。顔も一人一人わかる。それぞれ違う顔だ。しかしその女子高生達の顔にぼくはまったく見覚えがない。とてもさわやかな場面だが、なぜか見せられているこちらとしてはあまり気分が良ろしくない。目の前に映っている映像なのに現実とは違ってまったくそれに関して無感動だ。ふだん気にもとめない街の風景を見ているのとは違う。ピクリとも心は動かない。そして布団にくるまって寝ている自分が山のようにでかくなっているような気がする。巨大な自分のなかにまっ青な空と果てしない砂漠が一瞬見える。自分のがらんどうの体のなかに広大な風景が見える。それは怖い。ひきこまれていってまるでこの世に自分一人しかいないような気になってくる。宇宙にいるような孤独感だ。自分の孤独感があまりにも大きすぎて目の前に映っている現実がちっぽけで本当にあるのかないのかわからなくなる。、実際そこが現実であろうと、溶け込み、のみこまれ、まるで存在感を失っていくような気がする。底なしの真っ黒い闇。まるでブラックホールだ。
そういう状態の自分の顔を鏡で見たことがある。
それはまぎれもない狂人の顔だった。
 
 シャワーから流れる温かいお湯が僕の体にあたって水しぶきを作っている。バスルームから窓の外を見れば、湯気がたちのぼったなんでもない昼下がりだ。ぼくは窓から顔を出して鼻をひとつ嗅いでみる。立ちのぼったシャワーの湯気と外の冷たい空気が触れあって、なんだか新鮮な匂いがする。この匂いが好きだ。
バスルームを出てバスタオルで頭を吹きながら部屋をのぞくと、彼女がソファーに座って『瞬きもせず』を真剣に読んでいる。ぼくのジャージを着ている。ぼくは体を拭き。パンツをはく。昨日彼女が仕事にいっている間に干してくれていた洗濯物をとりこむ。
 
そのブラックホールの闇に引きづり込まれる寸前で、いつも助けてくれる子どもがいた。それは子どもの頃の思い出だ。誰かは覚えていない。幼いころにあったともだちだ。幼すぎて顔もいまいちよくわかんない。むこうもぼくの年のころの幼い子どものようだ。ぼくはその子どもを『一番最初に会ったともだち』と名づけている。そのともだちが助けてくれる。いや、ただしくはその幼いともだちを思う。思い出す。その気持ちが僕のその闇に引きづり込まれないための唯一の命綱だ。でも、その友だちは誰かわかんない。顔もない、でも僕はそのともだちを思っている。かすかに、まるで消えてしまいそうな思いで、愛しい、と。その命綱は目に見えない切れそうなクモの糸のようなものだった。しかし誰なんだろうと、ときどき考える。最初に会った友達なんだろうか、ひょっとして僕は物心もない幼いころに天使にでもあっていたのだろうか。

 ぼくは歯を磨きながら洗濯モノを干していた。彼女はやたらにやにやとしながらマンガを読んでいる。足を投げ出してソファーに座っている姿はまるで子どもだ。なんだかそうやって子どもぽい彼女がぼくにとってなつかしかった。彼女は小さなぬいぐるみにも名前を付けた。ベベ、とか、リモ、とか。
べべは片手でスッポリ握れるほどの小さな熊のぬいぐるみで、リモは熊のキーホルダーだった。そういえばリモの名前をぼくが忘れたと彼女がなんだか不機嫌になったことがあった。聞いたような気もしたが気にもとめなかった。そう思っていた。ぼくはなにごとかと思った。次に彼女が涙をこぼしはじめたのだった。あなたは忘れていると、そうやって英語まじりで話しながら泣きはじめた。でもぼくはなんのことか覚えていなかった。私の名前からつけた名前だったんだよと、そうなにかを訴え出した。ぼくはそのとき焦った。なぜならそのときとっさに彼女の名前を忘れてしまったからだった。ちっちゃな熊のキーホールダーの名前でこんなにも泣くのに、実際の名を忘れたとなったら、どうなるのか予想もつかなかった、いや彼女はきっとぼくを責めるだろうと思った。ぼくは思い出せずに、ずっと考えていた、そのうちぼくがいたたまれない気分に陥った。会って3日ほどでセックスをし5日目ぐらいの時だ。それを彼女はわかっているようだった。そのときぼくは忘れてしまっている自分を責めて、どうも情けない顔をしていた。そのとき彼女はぼくのおびえたような目を見て、『なまえを忘れないでね』と言った。
ふと見ると彼女がマンガをおいて窓をのぞいて外を見て笑っていた。ぼくは洗濯物をしばしおいて、窓際にあった貰い物のアンティークカメラで彼女が笑顔を見せた瞬間をフレームに納めた。彼女の口角があがりきったその瞬間の最高の笑顔が撮れたと思った。
口をゆすいでタオルで口元を拭う。洗面所の前には鏡があった。嫌いじゃない顔だ、いや母親に感謝したいくらいだ。しかしその顔を見ていても自分がどういう人間かわからない。サラリーマンはサラリーマンの顔をしているし、日給仕事をしている人間もそういう顔をしている。ぼくにはそう見える。それがぼく自身にはわからない。ぼくにいったいどうしろというのだろう。ぼくの顔は。やはり人の目から見るとぼくは日給仕事をしている人間の顔をしているのだろうか。
 彼女とは会うたびにセックスをした。セックスをしたからといって、二人の関係性がかわるわけではない。というのはウソだ。なにもかもが変わった。なぜセックスをするとその時点から見えない手順を踏んでいくような居心地の悪さがあるんだろう。まるで不動産屋の賃貸契約だ。でも、僕はその契約書に判を押すことができなかった。『つき合う』というみんなが普通にやっているお互いを束縛する契約がじつはぼくはなんの意味があるのか分からない。彼女は『ぼくの彼女』という目に見えない称号を欲しがった。
 ぼくは前述にもあるように僕自身所有されることには馴れている。子供の頃から所有されっぱなしだ。いわばぼくの人間関係は自分を所有されることだと言っても過言じゃない。高校生ぐらいから友だち同士で旅行に行っても、僕一人だけなぜか金を一銭も持っていなくても大丈夫だった。みんなが手分けして僕の分を出してくれた。僕はそれに対して別に感謝をするわけではなかった。なぜかというと、昔からずっとそうだったから。小学生からずっとお金には不自由をした記憶があまりない。いつも誰かとなりでお金を出してくれるヤツがいた。ほんとうにずっと。いれかわりたちかわり。歴代の全員の名前を挙げれる。僕の地元の友だちの連中はみんな暴走族だった。そのころタバコでも買いにいこうかと近くの自動販売機に寝間着同然の姿で歩いていたら後ろから目隠しされて車の中に押し込まれた。ひきづりこまれた車の中には聞き覚えのある声と知っている顔があった。みて見るとその地元のともだちたちだった。車の中はみんな大爆笑だった。ぼく一人なにが起こっているのかわからなかった。よく見ると何台か知っている顔の車が後ろに続いている。聞くところ、みんなで海にあそびに行くらしかった。そのあたりで海水浴にいくとなるとちょっとした小旅行になる。日帰りはまずない。ぼくは車から降ろしてくれと言った。でも、みんなダメだと言った。だからぼくはポケットに500円玉だけもって寝間着姿のまま夏の浜辺に立つことになった。ぼくはそのころ何事にも無気力だった。旅行などといわれても間違いなく断っていた。それを知っていてぼくは前々から拉致る計画だったらしい。その旅行はたしか3泊4日ぐらいの、たしか伊勢への旅だった。毎日豪勢な食事をして海パンも買ってもらって一日中遊園地でも遊ばしてもらった。4日後に拉致られた付近で降ろされた時にポケットを探ったら、まだ500円玉の感触があった。タバコを買いに外に出てタバコ代も誰かに出させていたらしかった。それからしばらく何回かそんなふうに拉致られた。朝、学校の制服で通学中に拉致られた。町を歩いてて車が前から来た時は駆け足で逃げたりした。彼らは笑いながらぼくを追いかけてきた。ぼく=らちる、誘っても必ず断るぼくを彼らはむりやり拉致った。でもおかげでほっといたらきっとほとんど家で過ごしただろうぼくに青春時代の思い出ができた。
遊んでいる現場では必ずモメゴトがあった。ほんとうに些細なことで彼らは相手とケンカした。というか、みなさんされてた。ぼくは基本的には傍観者だった。野次馬にとけ込むほうだった。彼らは狂っていたから、ほんとに無茶をしていた。彼らはどんなケンカも買ってたし、彼らが負けている記憶はない。ぼくはそのころ妙にビクビクしながら地元を歩いていた。一人でゆっくりしたいのに彼らがぼくを拉致しにくるから。走る車の音やバイクのエキゾーストに敏感になった。
 ぼくはいっとくが不良じゃない。ただまわりにそれらしいのが集まってくるだけだ。 ぼくが地元に帰ったら今でもけっこう集まってくれる。なんでそんなにも僕を愛してくれているんだろうか僕はわからない。今でも、とっさに、金を出してくれようとする友だちもいる。それがわからない。ぼくは地元でミュウといわれている。女みたいなあだ名だ。みんながいう「ミュウはしょうがない」、「ミュウだからしょうがない」「だってミュウだもん」地元での人間関係のぼくの位置はすごく特異な位置だと思う。だってぼくはバイクの名前を実はゼファーしか基本的に知らない。ケンカもしなかった。そんな地元のみんなにぼく自身ちょっぴり恥ずかしながら聞きたいことがある。いったいぼくのなにがしょうがないんだろう?

 彼女はそんな僕に所有して欲しいといってきた。ぼくは無理だといった。それにぼくは別に欲しくなかった。だから好きな時に来て、嫌になれば出て行けばいいんだよといった。僕は自分が強制されるのが嫌だから人にもあまり強制したくない。というかそれは言訳にすぎず、ぼくには他人を強制するほどの責任感がない。だから不可能なんだ。僕と付き合ったある一人の女の人に別れ際にこんなことを言われたことがある「なんなの!?いったいなんなの!?なんでこんな人間がいるの!!」と。ほんとにそのまま一字一句間違わず彼女はそう言った。彼女ははじめ僕の存在を驚いているようだった。でも僕はなんのことかわかんなくて、ただ集団から疎外されたような気分になった。話しを聞いていて突然のことだった。僕はそれを言われて意味がわからなかった。でも意味もわからないのに心の中でなぜかこう思った「バレた!、」と。ぼくは彼女のその言葉で突然まるはだかにされたような気持ちになった。そして、その女が怖くなった。一刻も早くその女の前から逃げたくなった。その様子を見て女はキョトンとしていたが、しばらくしてそんな僕を見て笑いはじめた。さっきまで深刻な顔だったのに、突然の笑いだった。ぼくはあんな恐ろしい笑いを見たことがなかった。女の笑顔はまるで猿山の小猿でも見るような嘲笑だった。まるでなにもかも見透かされているような気分になった。いや彼女は間違いなくぼくの心の中が読めるようであった。その笑顔を見て本当に死にたくなった。ぼくはその時こんなことを思っていたのを覚えている。人間には位があるんだと。そして彼女は生物的にも精神的にも上の人間なんだと、ぼくはきっと下等なんだと思った。それを認めていくのは最低な気持ちだった。
そのつきあいも彼女が僕を所有していたのだった。僕は所有されていたのだった。もうはじめから見事にその関係だった。彼女はそれに気づいたんだろうと思う。きっと騙されたような気がしたんだ。でも騙すつもりなんてなかった。僕はそういうつきあいかたしか知らかったんだ。 ぼくはそれから人間関係を少し模索していた。人には人の人間関係があるように僕には僕の人間関係があるはずだと思った。なんにしても所有されるのはもうごめんだと思った。『つき合う』なんてよくわからない契約はもってのほかだった。だから彼女には何度も言った。好きな時に来て嫌になれば出て行けばいいと。これがぼくの考えだった。ぼくは彼女がなぜ、『彼女』という称号を欲しがったか知っていた。彼女が家にいる時にある友だちが遊びにきた。その友だちは部屋に入ってきて彼女を見るなり「どこで引っ掛けたんですか?この女」とそう言った。彼女はそのときスッピンでぼくのジャージを着ていた。ぼくの目から見ても10代の家出少女のようだった。それを聞いて彼女は傷ついたんだろうと思う。きっとぼくの彼女だと言えば、その友だちは心で思っていても口には出さなかっただろう。でも、そんないわば『ごっこ』に守られて虚しくないのか、というようなことを言った。すると彼女は『ごっこ』でも言いから守って欲しいといった。ぼくは無理だと言った。ぼくはこの話しをしながら、なんてバカバカしい話しをしてるんだろうと思った。好きだから近くにいるという事実だけでなぜ満足できないんだ、『つきあう』といって二人の関係が変わるのだろうか、きっと変わるのは周りだけだ。その契約を交わして、二人の関係が変わるとしたら、それはなんて弱々しい関係なんだろう。そんなある形にはめこまなければ人間は人間とつき合っていけないのだろうか。好きだからここにいるじゃ、だめなのか?嫌だからどこかにいくだと、だめなのか?彼女は仕方なく承諾した。そのかわりといっちゃなんだけどぼくは彼女に自分自身がなめられないような女になればいいだよと言った。でも、彼女はそれも嫌がった。子供のままでいたいと言いいだした。ぼくは少しあきれて、それは無理だと言った。彼女は半べそをかきながら無理じゃない、といった。
 28才ぐらいの年齢に達し、ある環境とその人の自立心や向上心さえあれば、誰でも女は華が開いてくるもんだと、ある花が咲く経過を見ていてぼくはそう思っていた。きっとその時が女性にとって実のある濃密な時間が過ごせるのではないのだろうか。彼女はその年齢よりは若かったけど、そんなに遠くもなかった。ぼくはそのことを言った。もったいないと。華を咲かせずに枯れるのはもったいないと。せっかく女性として生まれたんだから華を咲かせて生きるほうがおもしろいよと。そう言った。
 女性が最初にあこがれるものはプリンセスだと思う。みなスタート地点は同じプリンセスだ。しかしそれは誰にもなれるものじゃない。だから、プリンセスなんだよと。それに子どものままでいいなんて考えが子どもすぎる。それにこんな会話をしているのに『つきあう』という話しが出るのがどうもおかしい。こんな状態で『つきあう』契約を交わしていたら彼女がもたれかかってくることは目に見えていた。ぼくは女性が男にもたれかかってくるのをよしとしない男だ。というか、もたれかけさせてあげる肩がぼくにはなかった。彼女はこんな調子だから、彼女の周辺の知り合いにもこんな感じで同じようなことを言われているようだった。彼女はそれをいいかげん疲れたなげやりに言ったことがあった。ぼくはそこに死のニュアンスを嗅ぎとった。そして、その疲れたにはぼくも含まれているように感じた。それはなんとなくぼくに対して失礼な話しだと思った。はじめにぼくの家にきたとき一緒に来た常連の女の子の気持ちがちょっとわかった。所有して欲しいのはわかる。そっちのほうが断然、楽だから。ある種の女の人のつきあい、例えば結婚も、ぼくは乱暴な言い方をすれば相手に所有してもらうことだと思っている。ただあたりまえのことだけど所有する側も所有するものを選ぶだろう。ぼくは天性の所有されし者として彼女の所有のされ方は甘いと思った。所有されし者は自分から向かっていってはダメ。所有されし者、動かざること山のごとしだ。こっちから自分を押し売りするなんて浅ましいことをしてはダメ。向こうからくるもんだ。というかそんなことを意識してもダメ。ダメダメづくしだけど、女性ならばただ美しくあればそれでいいんだ。簡単な話しだ。
 彼女との関係はいずれにしてもそんなに長くはなかった。彼女はあと3ヶ月もすればオーストラリアに留学する。3年間。
 だからぼくはそう言っても心の中でこう念仏を唱えていた。「深追いしちゃダメだ、深追いしちゃダメだ」と。正直なところぼくにこれ以上の喪失感があるとも思えなかった。ぼくの今後の人生のなかで誰かと別れて、悲しむようなことはないとぼくは思っていた。部屋に額縁に入った写真が飾ってあった。その写真にうつるのはどこかぼくに似た顔の女の子だった。その写真の女の子は当時4才ぐらいかな、ぼくの家族の一人だ。その女の子とはその昔よく遊んだ。プールにも海にも行った。花火もした。夏の終わりには野原でトンボを捕ったりした。
 
 彼女は一回来るとほとんど一週間ぐらい帰らなかった。ぼくはだいたいの人と一緒で、ずっと同じ人間といるとイライラしてくる。彼女の子供ぽいとこも日が経つごとに許せなくなってきたりした。だから5日ほどたったら些細なことでケンカした。だいたいぼくがイラついて仕掛けるのだった。だから彼女はよく泣いて出て行った。でもまたすぐ戻ってきた。だけどまたしばらくしたら、泣いて出て行った。それとぼくは彼女がずっと気になっていることがあるのを知っていた。でもそれはしょうがないことだった。なにがって?その女の子の写真のことだ。そして彼女はしばらく来なくなった。ぼくもしばらく連絡を控えていた。
 
 その日、雨が降り現場が休みだった。金もなく、時間が余ってしまったのでつい彼女に電話してしまった。電話に出た彼女はべつに普通だった。話しを聞いているとしばらく会っていない間、ほとんど家にいたらしかった。ほんとに引きこもりがちなのだ。ぼくは家にくる?といったら二つ返事ですぐに来た。家に現れた彼女の変わったとこと言えば持ってるバックが変わっていたぐらいだった。ピンクのジューシーのちいさなボストンバックだった。彼女はかわいいでしょうと笑った。ぼくは気のない返事をした。
 家にきた彼女に例の南のダシで親子丼を作ってあげた。彼女は「おいしい、やばい」と感動してパクパク食べていた。そしていつものようにニコニコと笑っていた。私が家で一人でいる時にあなたは一人で楽しく遊んでるんだろうな、とずっと思っていた。と彼女は言った。そのとおりだった。毎日、いろんな人にあって遊んでいた。ぼくはなんの気もなしに「うん、遊んでいたよ」と答えた。彼女は「やっぱしな」と言って笑っていた。そしてその日は部屋で一日中おしゃべりをしながら過ごした。
 次の日、いつものように横で寝ている彼女を起こさずに仕事に行った。
 仕事が終わって家に帰ると例のごとく彼女は家にいた。でもジャージ姿ではなかった。家に上がると部に掃除機がかけられたようで床も磨かれてピカピカになっていた。洗濯物もされて奇麗に折りたたまれている。彼女は掃除が上手な人だった。ぼくはありがとうと言った。
 お風呂に入って、二人でご飯を作って食べた。ソファーに座っていると彼女はぼくの膝の上に座り。キスをしてきた。そして彼女は帰るねと言った。そんなことは初めてだった。何か用事があるのだろうかと思った。オーストラリアに行く準備でもあるのだろうか。でも彼女は普通に「じゃあね」といって二階の階段を下りていった。ぼくも「じゃあ、また・・・」と言って、彼女のその階段を下りる音を聞きながらしばらくひとりで部屋のソファーに座りポツネンとしていた。そしてキレイにかたづいた部屋をながめていた。ホコリひとつ落ちていない部屋だった。洗濯物がキレイに折り畳まれて角がピッシリとしている。まるで彼女のある意思を表すかのような部屋だった。
 ぼくは彼女が階段を下りていく音を耳にしながらその部屋をしばらく見ていた。そしたら思い立って部屋を出て階段を駆け下りていた。ひとことお礼が言いたかった。彼女の名前を呼んだ。彼女はそれに気づいて急ぐように玄関でブーツを履いているようだった。玄関でブーツを履き終えた彼女は目に涙を溜めていた。ぼくは彼女にひとこと「ありがとう」と言った。声が震えていた。彼女はぼくを見た。やさしい目だった。あのときの名前を忘れてしまったときと一緒のやさしい目でぼくを見ていた。その目から涙がこぼれた。そのまま彼女は何も言わず出ていった。

 彼女のアスファルトをけるヒールの音がどんどん遠ざかっていった。ぼくは玄関でしばらくその音を聞きながらしゃがみ込んでいた。
 ゆっくりとたちあがり階段を登るとそれはピカピカの部屋だった。ぼくは心の中で小さな声で繰り返し呟いていた、目をつぶって「耐えろ、耐えろ」と。体がとんでもない孤独感を感じていた。ふと見ると小さなメモ用紙があった。何やら小さな文字で彼女が書いた手紙らしかった。

『フリオへ

 みんなにそれぞれ色んなしれんが人生の中でまちうけていて、
 それでそれに出会って、
 なんかのりこえるのってつらくて苦しくって
 でもそれをのりこえるには学ぶための何かがあって、
 痛み、心のそれを知っている人だけが、
 そしてその痛みをやさしさにしょうかんした人だけが
 あふれるくらいいっぱいのやさしさを持てる気がした。
 ていうか私はそう思う。みんながみんなじゃないけど、
 とってもタクサンの人がやさしくないのは、
 まだ痛みをかかえて消化しきれていないからだと思うの。
 でも、痛みってたえまなく毎日のようにやってきて、
 消化方法がわからない人たちが他人をキズつけて、
 それが世界に蔓延して・・・。
  
 でも信じていたいよね。
 いつかきっとすっごいあったかくて愛おしくて
 ホントになくしたくないモノが見つかって、それが永遠になって、
 何でもない毎日にいつも心の中であたためてくれて。
 それは人かモノか、それとも何でもないものなのかもしれない。
 ぜったい、世界中のどこかにあるような気がする。
 一生のあいだでそれを見つけられたら、
 それはすごいラッキーなことかもしれない。
 でも、もうすでに手に入っていて誰も気づかずにいるのかも。
 今日はまだ心の中がちょっと痛いから帰ります。
 みーんなが幸せってむずかしいけど。
 みんなが幸せになっていけますように。

ps*砂漠の真っ白な心の中で
  あなたのうしろ姿が少し見えてきました、
  まだそう遠くまでいかないでほしいな。」
 


こんな手紙の意味なんてぼくにはわからなかった。ただぼくはその手紙を読みながら彼女のいままでの出来事を思い出していた。 
 好きな時に来て、嫌になったら出ていけばいい。
 それが、ぼくたちの契約のはずだった。というかぼくがきめた契約だった。
 ぼくはぼく自身がつくったルールを犯す生まれて初めての行動に出た。
 まず、上着を着た。階段を下りていってスニーカーの紐をいそいで結んだ。そして玄関を飛び出し、駅に向かって全速力で猛ダッシュした。シャッターの閉まりはじめた商店街を駆け抜けながら彼女のことを思い出していた。彼女は部屋を出るときコンセントを必ず抜いていった。部屋の全部のコンセントをやっきになって抜いていった。洗濯ものを干すとき、こうやるとふんわり柔らかになると言ってバスタオルを手で振り回しぐるぐる腕に巻いてから干した、そのグルグルとしている後ろ姿を思い出した。へたくそなくせにぼくの作ったみそ汁の見よう見まねで、帰ってきたらご飯ができていたこともあった。ぼくが風邪を引いたとき、甘酒にショウガをすって飲ましてくれた。ぼくは忘れていた。人に一生懸命、看病してもらうと拙くてもこんなにもあったかいんだと。そして彼女の持っていたジューシークチュールのピンクの小さなボストンバックを思い出し、気のない返事をしたことを思い出した。きっとぼくに初めてそのバックをもっている自分を見せてくれたんだろう。

 駅までついたがもう彼女はどこにもいなかった。

 確か東京ラブストーリーの最後もこんな感じだった。
 リカがホームでカンチを待っていて、でもリカは約束の電車より一本速めの電車に乗っていってしまう。
 そしてカンチがホームにたどり着いた時は、もうリカはいなかった。ぼくはポケットをまさぐる。今は未来だ。携帯電話がある。

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