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恋する涙腺。コミュのチョコ・リッチ・ココアvol.4

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 待ち合わせ時間になっても現れない男に苛立つ保奈美。独りになりそうなイブとバースディを受け入れ、帰ろうとした時、隣で形の崩れたケーキを掌に載せ、戸惑っている少年が目に入った。
(この子も浮浪者だろうか?)
 保奈美は鼻腔を突き刺す甘酸っぱい匂いに目を逸らすことが出来ず、つい声をかけた。
「どうしたの?こんな時間に独りで」
 不意に声をかけられ、翔馬はどう答えてよいか分からずに戸惑う。ただ、掌に置かれたケーキを見ているしかなかった。
「ねえ。そのケーキも美味しそうだけど、もし良かったら、お姉さんと一緒にあの店で休まない?私ね、約束破られたみたいなの」
 保奈美はバッグからハンカチを取り出し、ケーキをそっとのせて通りへ置いた。歪なケーキは、レースのついたハンカチの上で少し美味しそうに見えた。
「ねえ、私とイブを過ごさない?」
 保奈美は微笑んで翔馬の肩に手を回し、携帯電話の電源を切った。
 壁際のテーブル席に二人は並んで座った。壁には暖色系の花のポストカードが数枚飾られている。卓上のキャンドルには火が点され、翔馬の顔の傷や痣をありありと見せつける。
「ここね、紫芋のケーキがあって、私、大好きなの。君もどう?それとも、チョコレートケーキのほうがいいかな?」
 保奈美は丁寧にオシボリで翔馬の手を拭った。小さく硬い手。それに酷く冷たい。翔馬はずっと俯いたままで何も話そうとしない。
保奈美はマスターにクリスマス用のケーキはあるかと尋ねた。彼は保奈美の傍らで所在無さげに座っている少年に微笑むと、「ええ、ありますよ。お好みのケーキにクリスマスの飾り付けをしましょう」と応えた。
翔馬は、見ず知らずの人とレストランに居る不自然さとは裏腹に、どこか懐かしい気がした。母と二人で暮していた頃は、こんな風に壁際の席に座り食事をしたものだ。
翔馬には保奈美が冬空の下、咲いたまま凍っている薔薇のように見えた。そっと視線を投げると、彼女は柔らかな微笑みを返し、傷だらけの頬に外の寒さがまだ残る冷たい頬を寄せた。重ねた頬が薔薇色に染まり、静かに熱を帯びていった。

閉店時間が近づくにつれ、『透明な苺』で一時を過ごしていた客たちは、一組、また一組と華やかな通りへと姿を消していく。今宵、彼らの親密さがイブの夜を一層美しく彩るだろう。
優は閉店前の慌しさを感じつつも、椅子に根が生えたように動けずにいた。卓上のキャンドルの心細げな炎を見つめたり、小さな鉢植えのハーブに鼻を寄せたりして帰る時間を悪戯に引き延ばしていた。
一人暮らしのアパートには自分の帰りを待つ人も、初出演の映画の端役を喜んでくれる人もいない。独りで過ごすイブほど長く感じる夜はない。
優は手持ち無沙汰に透明なガラス製の林檎を掌で転がす。林檎には濁りのない綺麗な水がたっぷり入っており、中には赤い硝子粒がいくつも沈んでいた。ゆっくりと回すと半透明の硝子粒も見えた。その林檎は三種類あり、緑の硝子粒が沈んだものは、若い女と薄汚れた少年の卓上に、青いものはカウンターの端に置かれていた。
「マイナス・イオンを出す林檎です。側に置くとリラックスできますよ。レジで販売していますので良かったらどうぞ」
 大きな生ごみの袋を両手に持ったマスターは、優しく微笑むと表に出て行った。ポケットに『Closed』のプレートを覗かせて。

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