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エスパーニャ、もうひとつの旅コミュのアルバラシン(テルエル)

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アラゴン地方3県の中でも、州都のあるサラゴサ、ピレネー山脈に接するウエスカと比べると
テルエル県はアラブの影響を受けた煉瓦とタイルで装飾された、ムデハル様式の5本の塔が
世界遺産に登録されている県都を除けば、観光資源も少なくとても地味な地域です。
3年前のサラゴサ万博までは、高速道路が通っていない唯一の県都でもありました。
そんなテルエルの街から西へ約40kmの山間、まさに天然の隠里といった場所に、まるで
絵画の様な村があります。

鋭角に蛇行するグアダラビアル川に削られ、三方を囲まれて岬の様になった断崖に町並みが
張り付いていて、まるでトレドを小さくした様な感じです。
そして背後の丘には10世紀にモーロ人が築き、後にキリスト教徒によって拡張された城壁が連なり、独特の見事な景観を見せてくれています。

近辺の洞窟には壁画も残っており、旧石器時代から既に人の営みがあったと確認されていますが、
西ゴート時代(5-7世紀)にはSanta María del Levanteと呼ばれていました。
その後のコルドバ・イスラム王朝時代にBen Razinがこの地を支配し、自身の名をとり
Albarracínと改名。11世紀にコルドバ・カリフ王国が滅亡すると小王国として独立。

叙事詩「我がシッドの詩」にも盟友・Santa María de Albarracínという名で登場しています。
もっともこの頃は、カスティーリャ王国を追放されて手勢と共にバレンシアに移ったエル・シッドと、
アルバラシンのイスラム王国だけでなく、キリスト教徒同士であるカスティーリャ王国の
アルフォンソ6世やアラゴン王国も、互いに味方だったり敵だったりする面白い時代だったようです。

コメント(3)

現在のアルバラシンの村は山間の奥まった場所にひっそりと佇んでいますが、
Razin家がこの地を支配していた頃、東はサラゴサとテルエルを結ぶ街道のある平地から、
西はクエンカ山地の手前までを支配地域として栄えていたそうです。
しかし結局は従属関係にあったエル・シッドが亡くなった後、勢力を拡大してきた
同じイスラム教徒のムラービト朝(西サハラで勃興、マラケシュを首都とする)に滅ぼされて
しまったのだそうです。

村の家々は概ね下層が荒石積みで、上層は木枠組に薔薇色の漆喰を塗った壁で構成され、
どの家も上層部が通りに張り出しています。曲がりくねった通りは古い敷石で舗装されたまま
保存されており、この村もまた中世の雰囲気を色濃く残しています。

ここは一般車両の進入は制限されていて、宿も土産物屋も飲食店さえもそれ程多くはないので、
観光シーズンの昼間を除けば、とても静かな時を過ごせるでしょう。

日暮れ時には村を背後から見下ろす丘に登り、城壁を散策しながら往時に想いを巡らせる・・・
スペインの旅の醍醐味ではないでしょうか?
ところでアルバラシンの景観の大きな特徴となっている城壁に対して、岬状の地形の中程、
大聖堂の裏手にある城跡はやや影が薄い印象ですが、元々はこちらの方が築造年代は古く、
内部からRazin家の宮殿跡も発掘されています。

この城塞の発掘調査が始まったのはつい前世紀末のことであり、それまでは廃墟のまま
放置されていました。
私が最初にここを訪れた97年の頃も崩れかけて立ち入り禁止になっていたのをよく覚えています。

現在も発掘調査は続いているため、この遺跡の見学は近くにある博物館で申し込み、
ガイド付きで行われています。ガイドのお話では、調査が進むにつれてアルバラシンの歴史の内で
今まではっきりしなかった部分が次第に明らかになってきているとのことです。

2010年時点では、ガイド付き見学は午後1時と5時の1日2回。
週末は午前にも1回あるようでした。所要時間は約1時間です。
アラゴン地方は、ほんといい感じですよね。
今度、アラゴン地方をまわってみたくなりました。

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