7. Bagi saya// belajar itu // menyenangkan. とって 私 勉強 ってのは 楽しい .............................................. 解説: 1. インドネシア語は、日本語と異なって、 「非修飾語」「修飾語」という構造を持っています。 *「非」という言葉は、学問的に「ーされる」という意味で使われることが多いので、この段階でしっかりと覚えること。 *Buku (本「ブーク」) saya (私「サーヤ」) ________________ + buku saya (私の本「ブーク サーヤ」) *順番に気を付ければOK。 2. インドネシア語には、「前置詞」というのはあります。基本的に「ーから」「ーへ」「−と」などの意味があります。「前」という言葉があるので、単語の「前」に来ます。 *神田授業では、「じゃあ、「後」に着くものなら、「後置詞」ですか」と聞かれたことがあります。勿論、あります。日本語や韓国語は、「後置詞」を多く利用する言語ですね。例えば、「私(は)学校(へ)行きます」の場合の「は」「へ」は、後置詞と分類されることが出来ます。ただ、国語学では、これらの「後置詞」を「助詞」と呼びます。 *(上級)「berasal」はなんで「来た」って訳されるんですか?datangじゃ駄目ですか?(答)datangも勿論良いのですが意味が広すぎます。「ある領域に入ること」もdatangですね。しかし、「berasal」という動詞は「所属」ツマリ「何処から派生するか」を意味するのです。少し難しい話ですが、 Manusia berasal dari tanah dan akan kembali ke tanah. 人間 来た から 塵 そして「未来」戻る へ 塵 人間は塵から派生して、そしてまた塵に戻る。 という有名な言葉があります。その時に「berasal」は[terbuat dari(から造られる)」という意味も持っています。 *ちなみに、 ber 接頭辞 + asal 名詞=berasal 動詞 また訳の分からない言葉がありますね!。(答)接頭辞は、英語で言うと、prefixです。文字通り、頭に接する辞です。最近、mission impossibleという映画がありますね。実は、impossible はラテン語に由来して、in(非・不)+possible(可能)です。inは、単語possibleにくっ付いて別の新しい単語impossibleを成しています。日本語も例えば、「ぶっ殺す」の「ぶっ」は「接頭辞」と分類する学者もいますね。
佐々木先生(赤い辞書を作っている大仙人)は、2の形は「ゼロ形」って言います。さすがに、大仙人だから、「受け身」の無茶な使い方は学習を妨げるのを分かっていらっしゃいます。 だから、この段階で、悩むべからず! E3と4ですが、3では、diは「で」という意味ですが4でがなぜ「に」という意味をつけられますか? 答: 1. まず、Sさんが言う意味を考え直すべきです。それは意味ではなく「訳の値」です。一個一個の単語の意は、文や句に入れたら、その元々の意を失うことがあります。例えば、 机の脚(つくえのあし)の「あし」は、歩くためのものではなく、板を支える棒の意味です。これは、よく「比喩」に起きる現象です。 そして、ある言語では、全然普通に使えるのですが、他の言語に訳すと、悩みの種を生むこともあります。例えば、 庭にベンチがあります。 There is a bench in the garden(?) There are benches in the garden(?) というモノがあります。複数にするか単数にするか迷っていますね。でも、日本人は、気にしませんよね。こうやって、「意味」を使う時にとりあえず、気をつけること。 2.では 「で」と「に」についてです。 基本的に、 「で」は「ある所である活動をする」時に使う[助詞」 「に」は「ある所にあるモノ・ことを設置する」 例題: 大阪(で)大阪城を築いたのは誰だ? a豊臣秀吉(一緒に加わる可能性もあるから) b 大工 大阪(に)大阪城を築いたのは誰だ? a豊臣秀吉 だけです。
インドネシア語の「di」は、「ある場所で活動する」と「ある場所に設置する」と両方とも使えます。
7月27日更新 7. Bagi saya// belajar itu // menyenangkan. とって 私 勉強 ってのは 楽しい ..............................................
(問2)英語の場合、動詞を主語に立てる時に、名詞化する必要がありますよね。例えば、上記の場合、study-ing か to studyにしてから、主語にします。後、日本語の場合、「勉強するコト」か「−する」を外すかですね。 (答2)インドネシア語の場合は、名詞化する必要がありません。確かに「名詞化する」ための「接辞」がありますけど、基本的に 「順番」で分かるのです。
主語 述語 Belajar itu menyenangkan. To study is fun. Studying is fun. 勉強するコトは 楽しい。 どんな「品詞」でも、主語に入ったら、必ず「名詞」になるという規則があります。
(問3)上記の文には、「itu」というのがありますが、別の本では、[その」としか書いてありませんが、どういうコトでしょうか? (答3)確かに、本を読むことは大切ですね。でも、市販に出回っている教科書は全てが良いとは限りませんからね。で、「itu」は確かにいわゆる「指示詞」(何かを指す)意味を持っています。しかし、会話の場面において、 itu は 相手に「新しい情報」を与えたり、物事を定義したりします。
主語+(情報提供の印)+述語+(情報提供の強調詞) Saya itu orang Indonesia,(lho). 僕 ってのは 人 インドネシア(だよ) 僕 ってのはね、インドネシア人(なんだよ)