宝塚が好き！（Gay Only）コミュの宝塚歌劇団演出家上田久美子氏退団について

宝塚歌劇団の演出家上田久美子が退団した。僕にとってはとてもショックだった。この事を知ったのはごく最近、youtubeの動画でだった。びっくりした。しかし、同時に、来るべき物が来たな、と言う感じもした。

彼女の大劇場デビュー作は「星逢一夜」。これは大傑作で大いに話題になった。なんせ婦女子の紅涙を絞るだけでは飽き足らず、大の男まで泣かせたのだから。特に最後の方、とらえられた天野晴興がかつての恋人泉に一緒に逃げてくれと言う、泉はその言葉に従う気になるが、泉の子供の声が聞こえ、諦める、そのシーンが切なくて切なくてたまらなかった。

この一作でこの上田久美子と言う人が相等の才能の持ち主だと言うことがわかった。僕はこの時から上田久美子演出の大劇場公演は出来るだけ２回見るようにした。

それから見る作品見る作品すべてが素晴らしい出来だった。演出だけを担当したのが、「霧深きエルベのほとり」。これは元々菊田一夫の作品だ。初演が1963年で何度か再演されてるが、上田久美子演出で再演したのは2019年、最後の再演から36年たっている。かなり古い作品だ。

芸者や娼婦が良いところのおぼっちゃまと良い仲になって、男は正式に結婚しようと言う、しかし、女は男の事を思うがあまり愛想づかしをし、男の前から去る。こんな話は歌舞伎や新派ではおなじみ、よくある話だ。オペラにもこんな話はある。菊田一夫は、その男と女をひっくりかえし、男を男役に演じさせ、舞台を港町ハンブルクに持ってきた。そこが面白く、宝塚歌劇だからこそ成立する話にした。上田久美子はこの古い作品を見事に蘇らせた。菊田一夫を尊重し、古くさいとかご都合主義だとか又かだとは観客に思わせなかったのは見事だった。

僕が特に素晴らしいと感じたのは2018年の「BADDY－悪党（ヤツ）は月からやって来る－」だ。これはショー作品だが、僕が今まで見てきた中で一番優れたショーだ。地球は統一政府になりキレイキレイになり全世界禁煙になっている。そこへ月から悪党のBADDYが咥え煙草でやってくる。なにより見事なのは、中詰め・ロケットなど宝塚のショーでやらねばならない事を全部やっているが、それが、一つの物語としてプロローグからパレードまで繋がっている事だ。なんせ、宝塚のショー・レビューというものは、何の脈絡もなく歌と踊りが続くものであるのだから。

その上現在の社会の皮肉・警告になっている。今の日本は、あまりにも潔癖症になっている。そのせいで免疫力が弱っている。だから、日本人が東南アジアなどに出かけると、現地人ならなんともない細菌などにやられてしまう。

そのような社会風刺を見事に娯楽作品に仕上げたところが一番素晴らしい。

また、これは梅田芸術劇場で見たのだが、「フライング・サパ」と言う作品が素晴らしかった。この作品は大衆娯楽である宝塚歌劇の枠を越えてしまった。前半は「ブレード・ランナー」、後半は「エヴァンゲリオン」を彷彿とさせる。

彼女は読売新聞のインタビューでこの退団のいきさつを述べている

ttps://www.yomiuri.co.jp/culture/stage/20220421-OYT1T50230/

惜しまれる宝塚退団、演出家・上田久美子「世界に資する作品つくりたい」

彼女は宝塚歌劇団に入って、娯楽作品を作り続けてきたが、それに飽き足らなくなってきた、と言う事だ。

宝塚歌劇は基本的に大衆娯楽である。出演者など関係者はよく言う、この三時間だけでもつらい現実をすべて忘れ舞台を楽しんで欲しい、と。宝塚歌劇は夢の世界なのだ。つまり、悪く言うなら現実逃避の手段である。現実世界で傷ついた気持ちを慰め、明日生きる力を与えてあげようとしている。それはそれとして肯定できる。その典型的な例がこの４月に上演された「夢介千両みやげ」である。

彼女は、植田紳爾や柴田侑宏のような作家ではない。彼らの世代の作家は、生徒（出演者）をよく観察し、この子にこのような役をやらせたい、と言うところから作品を作り始めている。植田紳爾は「ベルばら」を何度も再演しているが、全く同じと言う事は一度もなり。これは、よく知っている人に聞いた話だが、関係者一同、先生これでいいじゃありませんか、と言うのだが、植田氏は、人が違うとなぁ、と言って脚本に手を入れているのだそうだ。柴田侑宏は、柴田作品を上演しない年はない、と言われるほど質・量・人気抜群の作家である。しかし、初演を知ってる人が再演を見ると、ちょっと違う、と言う話をよく聞く。彼も生徒に「あてて」書いているからだ。

小柳奈緒子は「幕末太陽伝」のプログラムに、プログラムピクチャーの作家になりたい、何の為に作品を作るのかと聞かれたら生活の為と答えたい、と書いているが、このようなタイプの作家なら宝塚歌劇団はまさに理想と言えるだろう。

また、小池修一郎は、「ポーの一族」「ワンス・アポンナタイム・イン・アメリカ」の二作品が本当に宝塚歌劇でやりたかった作品で、そうでないものも一定の質を持った作品を作る事が出来る作家だ。それに、東宝でも演出家として活躍している。

上田久美子は宝塚・東宝のような商業作品に飽き足らなくなってきたのだと思う。それを感じたのが「フライング・サパ」だった。それに、器用に宝塚で作品を作りながら、別のところで自分の納得する作品を作る、と言う事を潔しとしなかったのだろう。

今は上田久美子氏のさらなる飛躍を願うばかりだ。次回の演出は新国立でのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」だと言う事だ。今のオペラは演出の時代だとか。楽しみである。