ディズレイリ内閣によるスエズ運河会社株の買収を契機として反イギリス的プロットが目立つようになったが，1904年，モロッコにおけるフランスの優越権を相互に認めることを主な内容とする英仏協商が締結されて以降，両国の緊張緩和を反映して反イギリス色プロットが姿を消す．総じて，ヴェルヌの作品には植民地拡張の「政治的・心理的衝動」がより如実に描かれていたと考えられる≪
ブンガクは衰退しました
この国の国語によるブンガクがゆるやかな衰退を迎えて、はや数世紀。
すでにブンガクはマンガ、アニメ、ラノベのものだったりします。
ブンガクは彼らにお任せなのです。
そんな彼らを紹介したりしなかったり。
更新は月二回。→月一回を目指します。
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2014年10月03日
杉本淑彦『文明の帝国』（山川出版社，1995年）
副題は「ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化」となっている．ジュール・ヴェルヌ（1828−1905）が残した膨大な作品群のなかから「帝国意識」が読み取れる部分を収集して整理した本といえる．読解はかなり形式的で，個別に再考する必要があるように思う．「二〇世紀末の今日のわたしたちにはその罪過が明らかな植民地支配」（11＊頁数，以下同様）と書けるあたり，出版された1995年の思想状況がうかがえたりもする。本論ももちろん参考になるが，「主要小説のあらすじ」としてヴェルヌの作品70点の内容をかなり詳しく紹介してくれているのがとてもありがたい．物語の構造を把握した上での紹介ではないので，冗長になっていたり，不用意な種明かしがあったりもするが，その分，豊富な情報を提供してくれてもいる。ヴェルヌ作品の日本語版に関する情報も充実している．
第一部では，植民地拡張に関する記述が検討される．
豊かな家に生まれ育ち，金銭的苦労をほとんど知らなかったヴェルヌの作品には，植民地の建設によって本国の社会不安を解消しようとする植民地拡張の「社会的衝動」は全く描かれず，植民地が商品販路・資本投下先・一次原料供給地・移住先として重要であるという「経済的衝動」に対する描写もあまり多くはなかった（第一章）．
その一方で，愛国主義の色濃い作家であったヴェルヌは，植民地獲得を称揚し，反ドイツ感情を隠さなかった．イギリスに対しては揺れがあり，1875年のディズレイリ内閣によるスエズ運河会社株の買収を契機として反イギリス的プロットが目立つようになったが，1904年，モロッコにおけるフランスの優越権を相互に認めることを主な内容とする英仏協商が締結されて以降，両国の緊張緩和を反映して反イギリス色プロットが姿を消す．総じて，ヴェルヌの作品には植民地拡張の「政治的・心理的衝動」がより如実に描かれていたと考えられる（以上，第二章）．
第二部では，植民地先住民をはじめとする他者に対する表象と，それと表裏一体で形成される自己に対する表象が検討される．
まずアフリカ黒人観では，好色描写が無いことを除けば，一六世紀以来の見聞記にもとづく差別意識を継承しており，西洋白人相手にはためらわれた機関銃による攻撃が，アフリカ黒人に対しては特段のためらいなく行われた．そうしたアフリカ黒人観は，特に一九世紀フランスの科学主義によって補強され，ヴェルヌの作品にも顔面角理論や骨相学，当時の人類学の影響が認められる．また西洋社会在住のアフリカ出身黒人には「秀でた肉体」や，「献身・忠実」という心性の側面でしか評価しなかった。イスラーム（アラブ人・ベルベル人・トルコ人）についても同様で，それらの人々の悪行を描く時には，個人的行為ではなく，無名の人種的・宗教的集団の行為として描かれている．またアジア（中国人・インド人）については，中国を残忍な刑罰とアヘン吸引，インドをサティ（妻の殉死）やカーリー女神の信仰（山車にひき殺されると極楽にいけるという信仰），タグ団（旅行者を狙う暗殺者集団）をもって代表させている．最後に南太平洋島民とアメリカンインディアンを取り上げ，お決まりの「善き野蛮人」と「野卑な野蛮人」として表象されたとする（以上，第一章）．
そうした「野蛮」な他者に対する自己像は，他の西洋人と比べて特別優れた民族であるフランス人というかたちで表象された．その根拠として，フランス人の起源をゴール人＝ケルト人およびローマ人であるとするガロ＝ロマン人意識が持ち出され，さらには「アーリヤ語族（現インド＝ヨーロッパ語族）−アーリヤ人種」を優，ユダヤ人を含む「セム語族−セム人種」を劣とする意識が加わって，ヴェルヌはフランス人とその社会を優秀と思い込む心性にからみとられていたとする（以上，第二章）．
第三部では，第一部と第二部をふまえ，客観的には対立する二つの論理，すなわち人種主義などの差別的論理と，政治的・心理的・経済的衝動による植民地拡張論理が，ヴェルヌとその愛読者の間では「ヒューマンな植民地拡張論理」として主観的には対立せず共存していたと整理する．その上で，そうした状態を支えたさらなる論理を「文明化の使命」論と名付け，その論理には「自由・平等・友愛」による国民統合を目指す�＿嵯魘ο打匹痢嵎弧晴修了般拭從澄い修留討鳳�れるかたちで存続していた伝統的な�▲�トリシスムによる「文明化の使命」論，科学技術の発展にともなって生まれた�Ｊ�質文明としての「文明化の使命論」という三つのバージョンがあったとされ（以上，第一章），ヴェルヌは�，悗竜�属心が最も鮮明で，ついで�△砲盒�い帰属心を持ち，��にも前二者ほどではないにせよ帰属心を持っていたという（第二章）．
このようにヴェルヌは，植民地支配が現地社会に何らかの正（プラス）の変容をもたらすという「文明化の使命」論を様々に書き残したが，そこに負（マイナス）の側面があるという認識も持ち合わせていた．しかし，それでも先住民の抵抗には武力を使用してもやむなしとし，イギリスとフランスが清朝中国を下したアロー戦争（1856−1860）におけるイギリス・フランス軍の働きを賛美している．なかでもフランスの植民地政策については負の側面がないと認識していたために「文明化」という名目がかなり前面に押し出されていた．それはヴェルヌとその読者のなかで，「文明化の使命」意識とフランス民族中心主義が組み合わさり，植民地支配を批判的にみることができなくなっていたからであるかもしれない，という推測が述べられる（以上，第三章）．
「おわりに」では，二〇世紀における帝国意識の有り様が示され，「歴代フランス政府が、過去の植民地支配はもちろんのこと、第一次インドシナ戦争やアルジェリア戦争に対してもまともに謝罪してこなかったこと」に，「帝国意識存続の影を見ることができ」るのであり，「フランス国民の多くは人種主義・自民族中心主義・西洋（ヨーロッパ）中心主義にとらわれ続け、「文明化の使命」論の無謬性を信じこんでいる」としている（299）．その上で「大東亜共栄圏構想は「文明化の使命」論の、「近代の超克」を掲げるアジア主義は西洋（ヨーロッパ）中心主義の、それぞれ一層できの悪い弟分に他な」らないという見立てが示されている（300）．
まあその是非はとりあえずおいておく．それよりも，�．▲螢好船鼻Ε屮螢▲鵝�1862−1932）が構築を目指したヨーロッパ協調体制と同じく，フランス人が中心となる共同体を描いた（178）『二年間のヴァカンス』が1896年に森田思軒によって日本語訳され，人種平等主義的なイメージを与える『一五少年』という訳題がつけられたこと（108），�◆悒札供璽襦Ε�スカベル』でフランス人軽業旅芸人一家の長男ジャンが，北米インディアンの娘カエットと結婚すること（191），��『海底二万里』（1869）のネモの国籍は，当初はポーランド人として構想されたが，時の親ロシア政策の影響で国籍不明者となり，『神秘の島』（1874）では，インド大反乱（1857−1859）で両親と妻子をイギリス軍に殺されたインドの藩王国王子とされたこと（192，281〜282），�ぁ惘扮鵑離▲瀬燹戮砲�いて古代アトランティス文明・現代文明・二万年先の未来文明が，いずれも大災害によって失われるという文明観が示されたこと（223〜224）などは，『機動戦士ガンダム』・『銀河漂流バイファム』・『不思議の海のナディア』の表現を考える上で踏まえておくべきことなのかな，と思う．
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
http://iwashu9.seesaa.net/article/406415507.html
文明の帝国―ジュール・ヴェルヌとフランス帝国主義文化 (日本語) 単行本 – 1995/8/1
杉本 淑彦 (著)
上位レビュー、対象国： 日本
乃亜マニアTK
5つ星のうち4.0
ヴェルヌが帝国主義者とは初めて知った 2019年11月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
子供時代からよく知っているヴェルヌの作品には帝国主義的な仕組みが至るところに施されいるとは全く予期せぬ指摘であった。ヴェルヌ全集でも購入し新たに勉強し直したいくらいである。
役に立った
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Cyrus Harding42
5つ星のうち5.0
新たな視点から見たヴェルヌ評伝 2012年5月23日に日本でレビュー済み
ジュール・ヴェルヌは博物学から天文学、ＳＦ史等、百科全書的な視点まで語られる希有な作家である。この「文明の帝国」はヴェルヌ全作品の差別表現について描かれた、当時のヨーロッパ文明の視点から見た評伝といったところか。決して差別描写を批判する本ではないことだけは書いておきたい。
この本を読んだ時の第一印象は、ヴェルヌファンの私が読んでも一瞬気が引けて逃げ出したくなる評伝だった。しかしながら、ヴェルヌ作品に差別表現があるのはわずかながら知っていたし、それでいて、差別したかと思うと、同じ人間として扱おうとして感動させてくれる名シーンもあるので、この本は私の愛読書に加わった。
100年前の作品を現代の視点で批判できない。そんな風に正面から受け止められる読者向けのヴェルヌ評伝だろう。ちなみにこの著作者もジュール・ヴェルヌファンだというのでたいへん親しみが持てる。
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messy
5つ星のうち5.0
１５少年漂流記の主人公は後に首相になった！？ 2006年9月16日に日本でレビュー済み
一番印象に残ったのは、子供のころ熱狂した「１５少年漂流記」（原題「２年間のバカンス」）の主人公に相当するブリアンにモデルがいて、そのモデルさんが後に「ケロッグ＝ブリアン条約」を結んだ政治家になった、というトリビア話。ヒューマニストだったベルヌも根っこのところでは人種差別主義者で帝国主義者だったという著者の主張は「まあ、そうだろうな」と思うしかありませんが、そのためにベルヌのすべての小説を読破しそのあらすじまで紹介した努力には頭が下がる。ねちっこさに辟易する人もいいると思いますが、学者の仕事とはそういうものだし、労作とはそういうものなのでしょう。ベルヌという大好きな（そしておそらくは偉大な）作家とその作品についてだけでなく、フランスの歴史と国民性、欧州を軸とした近代世界史について理解を深める役にもたちます。
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“ヴェルヌにフランス帝国主義の文化を読む
『八十日間世界一周』『十五少年漂流記』などで知られるジュール・ヴェルヌの世界。ヒューマニストのヴェルヌが、「文明化の使命」に燃え、植民地の人々に向けた眼差しの心性となった帝国意識の枠組を解く。”（帯文）
目次：
はじめに ヴェルヌ世界の光と闇
第一部 植民地大国再建の衝動
第一章 貧しき人びとの夢 ｛1 ヴェルヌと社会帝国主義／2 豊かな入植者｝
第二章 ひるがえる国旗 ｛1 植民地帝国愛国主義／2 反ドイツ愛国主義／3 反イギリス愛国主義｝
第二部 フランス植民地帝国誌
第一章 表象のなかの他者 野蛮の発見 ｛1 伝統的アフリカ黒人観／2 一九世紀「科学的」アフリカ黒人観／3 西洋社会のアフリカ出身黒人／4 イスラーム アラブ人・ベルベル人・トルコ人／アジア 中国人とインド人／6 「善き野蛮人」と「野卑な野蛮人」南太平洋島民とアメリカインディアン
第二章 自意識としてのフランス人 ｛1 西洋人のなかのフランス人 ガロ＝ロマン／2 高貴なるアーリヤ人種として 反セム主義｝
第三部 文明化の使命
第一章 「文明化の使命」論の三バージョン ｛1 文明のトリニティ 穏健共和主義・カトリシスム・物質文明／2 ヴェルヌ 穏健共和主義とカトリシスムの顔／3 ヴェルヌと物質文明 信頼と不信のはざま｝
第二章 「文明」の表象 ｛1 カトリシスムの普及／2 「フランス革命理念」の普及／3 物質文明の普及｝
第三章 負の植民地支配を前にして ｛1 許されざる植民地支配方式 「文明化の使命」型の対局／2 先住民の武力抵抗に直面して 非フランス植民地／3 先住民の抵抗と消滅に直面して フランス植民地／おわりに 日本人としてヴェルヌを読む｝
注
主要小説のあらすじ
人名・地名・事項索引／小説索引／ジュール・ヴェルヌ全小説一覧／主要文献／図版出典リスト
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー
https://hanmyouken.net/?pid=67414823
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