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2020年04月10日09:16

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我が国では リ〜ダ〜 たる者  片隅で ブツブツ 言うとれば・・・

「国民の皆さん、ひとつよろしく!」でいいのか 緊急事態に問われる“リーダーの言葉”
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=6041539


現在の 頭は 知能が 足りないので
言い訳と 脅し しか 能がない

ならば あまり 影響力を 行使
せずに 当たり障りのない 話を

知能の足りない マスごみの 方々
と 交わしてれば い〜 のでわ
なかろうか


民間の方が しっかりしてるので
任せておいたほうが いい

あと  マスクを 作らせない
みたいな 邪魔な 法律を
直してろ


だから 知能の足りない
マスごみは あまり
こ〜ゆ〜 焚きつける
よ〜な 記事は 書かん
こと!


ウケるネタでも 探しとれ!




以下引用:

「国民の皆さん、ひとつよろしく!」でいいのか 緊急事態に問われる“リーダーの言葉” 4
2020年04月10日 08:12 ITmedia ビジネスオンライン

写真リーダーのメッセージが心に響けば、安心感につながる(写真提供:ゲッティイメージズ)
リーダーのメッセージが心に響けば、安心感につながる(写真提供:ゲッティイメージズ)
 緊急事態宣言が発出され、“日常”が大きく変わってしまいました。

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 中国の武漢から新型コロナの第一報が入った3カ月前、いったい誰がこんな事態を想像したでしょうか。ダイヤモンド・プリンセス号で感染者が広がった2月上旬、誰が「自分が感染するリスク」を気に掛けたでしょうか。いや、ほんの2週間前でさえ「コロナは他人事」と考えていた人は少なくなかったに違いありません。私自身、そうでした。

 「もうすぐ終わる。連休明けくらいかなぁ」――などと思っていたのです。

 「心はバイアスから逃れられない=確証バイアス」とは、心理学や社会学研究の常識ですが、私たちは物事を選択するとき自分に都合のいい情報を選ぶ“愚かさ”を持ち合わせています。

 とりわけ緊急事態では情報を過小評価し、「自分は大丈夫」「自分には関係ない」と思いがちです。未来を想像する複雑な脳を持つ人間は、事態が厳しければ厳しくなるほど「心の安寧」を得ようと、“根拠なき楽観”にすがるのです。

 その反面、心の片隅では、厳しい事態に直面したときに芽生えた「曖昧な不安」がじわじわと熟成されます。差別、罵倒、嫉妬、貪欲、猜疑、憎悪など、あらゆるネガティブな感情がうごめきます。矛盾しているように思うかもしれませんが、人の心はいくつもの感情が複雑に絡み合っているのです。

 そのバランスが悪くなると人はストレスを感じるようになり、心身が疲弊します。慢性的にストレス状態にある人ほど感情の振れ幅が大きくなり、ちょっとした出来事をきっかけに命が脅かされるほどのダメージを受けてしまうのです。

 そこで重要になるのが、“リーダー”のメッセージです。

 リーダーの言葉が信頼できると無用な不安が取り除かれ、「心のゆがみ」を最小限に抑えた選択が可能になります。周りと協力して、違いに助け合い、皆でふんばります。ところが、リーダーの言葉が信頼できないと、さまざまなことに対し疑心暗鬼になり、利己的な行動に走りがちです。「自分より良い思いをしているやつが気に入らない」「あいつがあんなことするのは許せない」と、人間関係が汚染されていくのです。

●私たちの“リーダー”のメッセージは?

 では、信頼を得るためにリーダーに求められることは何か?

 第一に、根拠をしっかりと示す客観性と情報の透明性を徹底すること、第二に「受け手=私たち」の感情を正しく推し量る共感性が必要不可欠です。

 人間には首尾一貫性を好む傾向があるため、腑に落ちる説明は「信頼感」を高めます。また、自分たちと同じ目線でいてくれるリーダー、気持ちに寄り添ってくれるリーダーは頼りになります。



 リーダーの言葉から「私たちの心の声」が聞こえて、初めてそれが心に響くメッセージとなり、「ああ、このリーダーを信じていいんだ」と理性的な行動を選択できるのです。

 では、私たちの「リーダー」はどうでしょうか?

 情報の透明性は? 共感性は? 「リーダー」のメッセージはあるでしょうか?

 あくまでも個人的な意見ですが、日本のリーダーの言葉は全く心に響かない。実に残念なことですが、感染拡大が深刻になってからは、オーバーシュート、ロックダウン、という分かりづらい専門用語ばかりを乱発し、「日本語でいいじゃん!」と批判されると、今度は「感染爆発」「都市封鎖」という刺激的な言葉を繰り返しました。

 安倍首相は「まさに」「いわば」「戦後最大の危機」というお得意ワードばかりで、“温度”が感じられませんし、小池都知事に至っては、刺激的な言葉を間違って使っている場面が見受けられ、少々驚きました。



 緊急事態宣言の発令が決まった4月6日夜に行われた緊急記者会見もそうでした。知事は、「ソーシャル・ディスタンス」(social distance)という言葉を使っていましたが、正確には「ソーシャル・ディスタンシング」(social distancing)。「ing」があるかないかで、その意味は大きく変わります。

●「ソーシャル・ディスタンス」は“心の距離”

 ソーシャル・ディスタンシングは、“Physical distancing”=身体的距離を意味する「感染予防戦略」の一つです。

 米疾病対策センター(CDC)は、「集団での集まりを避け、できるだけ人との距離(6フィート、およそ1.8メートル)を保つ」と定義していますが、世界自然保護基金(WWF)ではパンダ1頭分、キングペンギン2匹分と表現するなどウィットに富んでいます。



 一方、「ソーシャル・ディスタンス」は、体ではなく心の距離のこと。相手との心理的距離を意味し、差別などの研究で用いられる言葉です。

 ソーシャル・ディスタンスが近いと親密度(closeness)が増すが、遠いと親密度は減少すること、また、ソーシャル・ディスタンスの近い相手は類似性が高く、好意度も高い傾向にあることが、これまでの研究で確かめられてきました。

 ソーシャル・ディスタンスを測る項目としては、相手と友人関係を持つことの困難さや一緒に働くことへの不安や当惑、近隣に居住することへの反対、自分や親族が相手と結婚することへの反対、などが用いられています。

 重箱の隅をつつくようなことはあまりしたくはないのですが、かつて「政治家は言葉が命」と言われていたのに、最近は劣化ぶりがかなり目立ちます。

 専門家の先生たちの記者会見の話が、一つ一つ確固たる根拠に基づいていて腑に落ちるのと対照的です。先生たちは「根拠」を示しながら、それが決して「完全」ではないという謙虚さを常に大切にしています。白と黒、黒とグレー、できることできないことの全てを「自分の言葉」で発信しています。

 ところが、それらが政治家や役人の「言葉」に変わると、たちまち「信頼できない情報」になってしまうのが、残念でなりません。ましてや、政治家のパフォーマンスに専門用語がむやみに使われるのは、研究者の端くれとして我慢できない。研究者が「クラスター」「オーバーシュート」という用語を邦訳せずにそのまま使うのも、言葉を大切にしているからに他なりません。適切な邦訳をしないと、微妙な言葉の解釈のズレで研究そのものの価値や意義が変わってしまいます。かっこつけて英語を使っているわけではないのです。

●「安心させること」はリーダーにしかできない

 今回、リーダーの言葉が響かない最大の理由は彼ら自身が「当事者」になってないからです。安倍首相の「私たち政治家の給料は減ってないから、30万もらうのはおかしい。だから一律じゃなくした」という一言が、全てを物語っています。

 「世界的にも最大規模」と胸を張っていましたが、だったら世界のリーダーたちのような当事者意識をもって、自分の言葉で語ってほしいものです。

 SNSで話題になったシンガポールのリー・シェンロン首相の11分半にわたるビデオメッセージや、ドイツのメルケル首相のテレビ演説には、「当事者意識」があふれていました。

 どちらの首相も自分の言葉で語りかけ、ネガティブな情報もきちんと説明し、今、あるいはこれから行うとする措置の根拠と、期待されるゴールが分かりやすく語られていました。

 安心させること――。それはリーダーにしかできないことなのです。

 リーダーのたった一言で、勇気づけられ、安心する人がいる。誰もが不安な時だから、1人でも多くの人に、リーダーたちにしかもたらすことのできない安心感を与えてほしいと、心から願います。

(河合薫)

ITmedia ビジネスオンライン
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