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2019年03月26日15:11

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「天真療法」案内32

今回も、病気の孝子を元気づけるため春充が示した具体例から見て行きたいと思います。
或る日、物干竿を拵(こしら)えようと思って、竹藪へ行ってみたら、周5寸(約15cm)位の大きい竹が一本倒れて居(お)った。丁度(ちょうど)良いから、切ろうと思って、手を掛けたら、直ぐに地から離れた。不思議に思って見たら、風のために根から折れて、タッタ幅1分(約3mm)、厚さ5厘(約0.3mm)位の皮が一箇所、繋がって居った丈(だ)けで、外(ほか)の処(ところ)はもう朽ちて、真黒になって居った。
其れで折れた所から一尺(約30cm)ばかり上からは、全部青々として居って、枝には活々(いきいき)した葉が、一杯繁って居る。マア何と云(い)う恐ろしい生活力だ。私は慄然(りつぜん)として、暫(しば)し佇立(ちょりつ)した。
風で折れたままソットして置いたからこそ、強大なる生活力は、其(そ)のまま其の細い皮を通って、太い竹全体を養って居ったのだ。
安静療法の原理を、私は此処(ここ)に明確に啓示せられた。(天真療法 P.158)
ここに春充は、「安静療法の原理」を見たと言っていますが、このことを春充を見出した二木謙三博士に話したところ、
『そうです。其(そ)れを無理に起こそうとするから、ポキッと折れて仕舞(しま)って、全体を殺して仕舞うのです。其のまま置く。其のまま置くから、活(い)きて居(い)るのです。人間の病気に対する道も、全く同じことです。』(天真療法 P.158〜159)
と、感動一方ならぬ様子だったと言います。
そして春充は、この竹の折れた箇所だけを切り取って病床の孝子に見せ、「生存能力」、「治癒能力」の強いものである事実を見せて激励します。その後この竹は、春充の机の中に丁重に保存されました。春充はこの竹について次のように言います。
(その竹は)千百の論に優(まさ)って力強く、治癒能力の、如何(いか)に旺盛なものであるかを、物語って居(い)る。(天真療法 159)
また、サルナシ(コクワ)のツルから細い糸のような根が伸びているのを、上と下にハサミで切り離して一年放置したところその細い糸根から養分が運ばれ、上のツルも下のツルにも葉が青々と茂っていたそうです。(天真療法 P.159)
さらに、松の大木の根本に15cmくらいの木が生えていましたが、豪雨で根がすっかり洗われ、風に吹かれて横倒しになります。しかし、その細い根一本で地に繋がっているだけで青々と葉をつけていることを孝子に話し、
『活きる力と云(い)うものは、なんて強いものだろうな。安静と栄養と排泄さへ、良く行けば、必ず癒る。癒ったら、庭へ出て御覧(ごらん)』と、云ったら、妻は大なる慰安を与えられて、微笑みながら、熟睡に落ちて行った。(天真療法 P.159)
先に「生は死よりも強し」の言葉を見てきましたが、それはこれらの実例を見てもお分かりになると思います。そして、次のように言います。
如何なる病気よりも、治癒能力の方が、遥かに強い―。病気よりも、活きる力の方が、遥かに強いのだ。(天真療法 P.16)
これに続き次の原則を挙げます。
この無上の福音を聴け。
『人は病のために、死すべきものにあらず』
二三の特例はあるけれども原則として
『人は病死すべきものにあらず』(太字)
との鉄則が成り立つ。
何と恐るべき何と驚くべき、何とすばらしい原則ではないか。(天真療法 P.16)
次回は、この言葉を詳しく見ていきたいと思います。
(写真は、春充の生家近くの空と南天)
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