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2019年02月06日05:49

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恵方に向いているのか恵方巻

■マツコ、恵方巻問題に苦言 「食品ロスを出した企業にはそれなりの負担を」「売れなかったら諦めることも必要よね」
(キャリコネ - 02月05日 16:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=5485910

 恵方巻の廃棄問題について、「あんなのは文化でも伝統でもない」と批判すると、「うちでは昔からやってた!」と怒り出す人々が一定数いる。でもその「昔から」ってのが半世紀も遡らないところが殆どなんだよね。
 全国区になったのがコンビニによる商品展開、2000年代になってからなんだから、たとえ一部地域で長らく行われていたとしても、「伝統でも文化でもない」と言われてしまうのは仕方のないことなのである。

 ただ、単に「どれくらい昔から行われているか」ということだけでなく、恵方巻の現状が、その文化やら伝統を守っていると主張される方々もまた「思い込み」でそう言っているだけだということは、案外、きちんと指摘している人は少ない。例年、日記でも呟きでも書いてきていることだが、実際にはこの恵方巻、文化にも伝統にも則っていない風習なのである。

 実は「恵方巻」だけでなく、「豆撒き」も含めた現行の「節分」の習慣、これ自体が本来の「伝統」からすれば、意味をなさなくなっているからだ。
 「節分」とは季節の始まる前日のことで、つまり「立春」の前日のこと。正月を迎えるに当たって、邪気を払うために「豆撒き」を行ったのが事の起こりだ。これを「鬼やらい」と言う。つまり、節分は節分だけで成り立つ行事ではなく、常に次に来る立春、引いては正月を迎えるための「準備」だということになる。もちろんこれは「旧暦(太陰暦)」に基づくものだ。
 ところが明治以降、暦は「新暦(太陽暦)」に切り替わり、正月はほぼひと月強、「前倒し」で行われることになった。これでは「節分」で邪気を払う意味がなくなってしまう。「恵方巻」も正月を迎えるために「福」を呼び込むのが起源だったのなら、今の暦に改めてしまうと、せっかく鬼は外、福は内、とやっても、正月まで11ヶ月あるから(笑)、その間に、鬼も家の中に戻って来るし、福もどこかに雲散霧消してしまうかもしれない。意味がない、と言ったのはそういうことである。

 ちゃんと縁起担ぎがしたいのなら、大晦日に豆撒きをして恵方巻を食べるか(神社によっては今の暦に合わせてそうしている地域もある)、節分を二月頭にやるのなら、ちょうど昨日がそうだったが、旧正月も祝えばよいのである。長崎は春節祭ということで「長崎ランタンフェスティバル」を祝っているから、こちらは節分で恵方巻を食べても問題はないね。
 だから、節分に豆撒き「だけ」をしたり、恵方巻を食べる「だけ」の行為は、個人や各家庭、好き好きの「習慣」ではあっても、「文化」とか「伝統」と言えるほどたいそうなものではないのである。食品破棄の問題は、何も恵方巻に限った問題ではない、というのはその通りだが、恵方巻がその問題に拍車をかけてしまっていることも事実である。宣伝に乗せられずに豆も買わない、恵方巻も買わない、という流れができた方がいいんじゃないか。売れなきゃコンビニもスーパーも置かなくなるよ。

 それこそ「昔」の話をするなら、「巻き寿司」は買うものではなく、自宅で作るものだった。祝い事がある時、正月とか、おせち料理の中に巻き寿司はたいてい入れていたものだよ。恵方巻の起源説の一つには、おにぎり同様に、戦場での簡易弁当の意味合いもあったということだが、箸を使わず、手持ちですぐに食べられる巻き寿司は、確かに重宝しただろうと思われる。
 家族が多いご家庭なら、好きな材料を買って巻き寿司を作った方が、安くても一本500円とか1000円とかする恵方巻を買うよりは安上がりだし、食材の無駄も減らせるだろう。少なくとも、コンビニやスーパーでの廃棄物ばかりが増える今の「習慣」は改善されていった方がいいと思う。個人でできることはそう、まずは「買わない」ことね。


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