『響き渡る軍靴の如く』
火山地帯を越え、洞窟を進み、モンスター達の秘湯へと辿り着いたルーティス。そこは傷付いたモンスターや動物達が争う事無く温泉に浸かり傷を癒す為の場所だった。本来喰う、喰われるの関係にある者達すら同じ湯に浸かる。それはハンターであるルーティスも例外では無かった。
そして、肉食獣や凶暴なモンスター達の浸かる温泉が点在する中を進んだその先、大きな岩陰にルーティスは大きな白銀のモンスターを見付けるのだった。
「ラヴィーネ・・・」
ルーティスの声に反応は無い。
近付いてその大きな顔を撫でる。
触れても反応は無かったが、近付いた事で浅いが確りと呼吸をしている事も分ったし、胸の部分が上下に動いてる事が見て取れた。
その姿を見て安堵と贖罪の入り乱れた感情がじわりと心に染み出す。
ルーティスはもう一度、優しく「ラヴィーネ・・・」と呼んでみたがやはり反応は無かった。
傷の確認をしたかったが、ラヴィーネは傷を受けた側を下にして温泉に入っていたので見る事が出来ない。
ふむ、とルーティスは割と透明度の高い温泉の中に入って、ドボン！と潜ってみる。
水面にルーティスの長い銀髪がキラキラと漂う。
温水の中、目を凝らすがやはり見る事が出来なかった。ただ流石にもう傷口は塞がっている様で血が流れ出している様子が無かった事に少し胸を撫で下ろす。
ザバっと湯から顔を出すと、手で顔を拭い長い髪を掻き上げる。温泉の中を歩いてラヴィーネの首に抱き付く。
「ごめんねラヴィーネ・・・、私達を庇ってくれてありがとう」
優しく首を撫でる。（始めて会った頃は抱えて村まで帰ったのに）優しさと愛おしさに満ちた微笑み。
「でも、もう大丈夫。大丈夫だから・・・」
そう言うとルーティスは岸へと戻り、『龍薬丸』を小箱から取り出しすとラヴィーネの元に戻って来た。そして「ラヴィーネ、口を開けて」と言って意識の無いラヴィーネの口をこじ開ける。
「寝ぼけて噛まないでよ」と、ルーティスはその鋭く大きな牙の並ぶ口の中に右腕を突っ込み口の中で龍薬丸を握り潰した。更にその手に付いた薬をラヴィーネの舌に擦り付ける。
舌が暖かい、それに微かに脈打ってる事に気が付く。
温泉で突っ込んだ腕を洗って、再びラヴィーネを見る。
特に変化は無く、眠ったままのラヴィーネの頬に口付けをして「じゃあ、元気でね」とその場を後にした。
洞窟の前まで戻ると緊張で渇いた喉を潤した。だがその一口で水袋は空になってしまう。
ルーティスは予備に竹筒の水筒を持っていたが、あの洞窟を戻る事を考えると水筒１本では心許無い。
さて、と周りを見るが温泉ばかりで湧き水等見当たらない、しかしそこでルーティスはユクモ村の村長が教えてくれた話を思い出した。温泉は飲んでもその効能を得る事が出来ると。
つまり温泉には飲める物も有るという事だ。
ルーティスは近くで流れ出している透明な温泉水を見付けると指で触ってみた。
「熱くは無い、味は・・・」その指に付いた温泉水をペロッと舐めてみる。
「ん〜〜〜！？」鉄の味と酸味がきつくてとても飲めた物ではなかった。
ペッ！ペッ！と吐き出すと、少し離れた別の温泉水に挑む。
少し温かいが無臭のその温泉水を指先に付けて、恐る恐る舐める。
美味しいという物では無いが飲めなくはない。ユクモの温泉水も飲んでみたが、美味しいと言う物では無かったのでこういうものだろうと諦め、この温泉水で水袋をぱんぱんにした。
「さて、急がないと」
全ての準備を終わらせたルーティスは暗く口を開けた洞窟の入り口を見る。
「出来れば他の道を行きたいけど・・・」
どれだけ見回しても岩肌が有るだけで道など有る筈も無い。がっくりと肩を落としたルーティスは諦めて洞窟の入り口を目指した。
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琴乃葉は大き目の石に腰を下ろし、高い空を見上げて干し肉を噛んでいた。
硬くなった干し肉も咀嚼していれば軟らかくもなるし、味も出て来る。
ルーティスが切った刻限までには、まだまだ時間はある。
琴乃葉はこれからの事を考えていた。
『ウカムルバス・ジュダ』に追い付き、倒す方法。
大群で移動しているのなら侵攻速度は遅いはず、とは言え既に数日経っている。
今、ウカムルバス・ジュダがどの辺りに居るのか、実際にどれだけの数のモンスターが付き従えてるのか・・・。
どんなに考えても答えなど出なかった。
「情報が少な過ぎる〜」と手足を伸ばして後ろの壁にもたれ掛かったが、そこは自然の岩壁。丁度頭の高さに出っ張りが有り、琴乃葉はしこたま後頭部を打った。
「うう〜・・・」
頭を抱え身を小さくして痛みを堪える琴乃葉。涙目を浮かべた瞳が潤む。
痛みが引いた所で小さく溜息を吐く。これまでの事を思い出しながらメモを書いたり、伝書隼に現状とその後ウカムルバス・ジュダを追い掛ける事を書いて村に向かわせたり、この後の事を考えたりして時間を潰したがそれも限界。かといって岩壁に出来た狭い空間で他に出来る事も無く、暇を持て余し始めていた。
「ルーティスさん・・・」
ルーティスの脱いでいった鎧を抱き寄せ、顎を乗せてぼんやりと変わり映えしない風景を眺めながらルーティスの事を思う。
（ルーティスさん）
「・・・・・・〜っ」
遠くからルーティスの声がする。しかし、ルーティスが帰って来るには早過ぎる。
「まさか幻聴が聞こえるなんて・・・」とガックリと項垂れたが、更に声が聞こえた。
「琴乃葉〜荷物持って〜！」今度ははっきりと聞こえたしかも上から！？
項垂れた状態から上を見ると、ルーティスが降って来た！
「ル、ルーティスさん！？」
狭い空間に見事に着地するルーティスに驚く琴乃葉。だがルーティスはそんな琴乃葉に構わず、「急いで！」とだけ言って頭部装備を被せて荷物を持たせ、自分の装備と荷物を鷲掴みにすると琴乃葉に抱き付いた。
「えっ！？」と琴乃葉が顔を一瞬真っ赤にしたが次の瞬間真っ青に変わる。なぜならルーティスは琴乃葉に抱き付いたまま崖下へとダイブしたのだ。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ！」
ただ悲鳴を上げる琴乃葉。その胸元でルーティスが「大丈夫！」と元気良く言って琴乃葉から体を離した。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ！」
何がなんだか分らないまま崖下に落ちた、しかも頼りの綱のルーティスが離れた驚きに思わず目を開けた。凄いスピードで流れる景色と岩肌、（あっ・・・）と思考が止まり掛けた時、視界の端に大きな銀色の影が見えた。
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ウカムルバス・ジュダが多くのモンスターを引き攣れて北の湖の畔の村を出て数日が経っていた。
大群による進軍の遅さに加え、途中の村を襲いながらの侵攻は予想より遅く、ハンターズギルドが対策を講じる時間の猶予が有った事は不幸中の幸いであったが、報告される被害の大きさにギルドの長エルフィはそのエメラルドグリーンの瞳を曇らせていた。
侵攻ルート上の村々の避難と対策は順調に進み、今の所死亡者数は多くはない。だが破戒された村々の復興は容易ではないし、失われた命は戻って来ないのだ。
だが、今は塞ぎ込んでいる暇は無い。ギルド長としての仕事は山積みなのだ。
大型テント内の臨時の執務室で迎撃準備の状況を確認していたエルフィの元に伝令がやって来た。
その荒い息遣いの雰囲気から、緊急事態だと察して気持ちを切り替える。
「どうぞ」
エルフィの秘書官シフォンが答えた。
彼女はエルフィの護衛でもあるので、例えこんな状況でも警戒は怠らない。そのシフォンの濃い紫の瞳が伝令を見据えた。
「ギルド長！第一観測班から連絡！飛行するモンスターの大群を確認したそうです」
「分りました、引き続き観測を。無理はせず、危険と判断したら撤退する様にと伝えて下さい」
「はっ！」
踵を返し立ち去る伝令を確認してから１つ溜息を吐いた。
「遂に来ましたね」
「もっとゆっくりでも良かったけどね。お蔭でそれなりの準備は出来たけど、とても十分とは言えないわ・・・」
エルフィは机の上の配置図を見る。
ここはノースラックから北に２０�卍�の岩山地帯である。経済発展の為に大昔に作られた街道が大小様々な岩山の間を通っているのだが、そのメインの街道はノースラック発展の為に整地されたと聞いている。その道幅は広い所で約３００ｍ。大型のモンスターでも約２０体が横並びで歩ける広さだ。両横には岩山が聳え立ち、大きな溝の様になっている。
この場所は元々自然に出来た場所で、人の手で整備されてるのは中央の２０ｍ程だが、モンスターには関係無いし、大勢で戦うには十分な広さであった為、ここを決戦の場所とギルドの上層部は考えギルドナイト達も賛成している。
狭い部分で戦うと、折角集まってくれたハンター達の動きは取れないし、グラビモス等のブレス１発で全滅も有りうるのだから当然ではある。
ただ、広い場所は乱戦になる問題が有るのも事実なのだが、それはモンスター達も同じと考えた。
エルフィはモンスター達の侵攻速度と準備に必要な時間と先に挙げた戦略的観点から、ここを決戦の場所と決めたのだ。
その岩山にはバリスタや大砲を設置して、そこにガンナーの一部を配置した。残りは岩山に所々在る開けた場所に陣取って貰っている。これは上空から来る飛行型のモンスターへの対処と牽制である。
下の街道にはこの為に集まってくれたハンター達とギルドナイトを配置している。
ここに居るのは、高ランクの上位ハンターのみで、３０を超えるパーティーが集まっていた。
更に後方の岩陰には簡易のベースキャンプに医療班が待機している。そこでは各ハンターの連れて来たオトモアイルー達も手伝っていた。
少ない時間で可能な限りの準備はしたつもりだが不安は絶えない。これ程の数のモンスターを相手に戦う事等誰も経験が無く、これ程の数のハンターが集まって戦う事も初めてであろう。
嘗てラオシャンロンを倒した時とは比べ物にならない規模の戦闘なのだ。
それでもエルフィはギルド長として、毅然と指示を出していく。
別の伝令を呼びハンター達への指示を告げた。
「第一、第二観測班から伝令！大型飛行モンスターの数は大凡１０頭！半数以上はリオレウス、リオレイアと思われますが、イャンクック、イャンガルルガらしき姿も確認されてます・・・」
「この辺りには居ないモンスターまで」
「後、複数のガブラスと、え！？」
「どうした？」
口篭る伝令にシフォンが早く伝えろと促す。
「その・・・クシャルダオラが確認されています」
その名前に流石に驚きが隠せず、顔を見合わせる２人。
「まさか、クシャルダオラまで・・・」
伝説の鋼龍『クシャルダオラ』。
名前の通り、鋼の様に硬い甲殻で全身が覆われた龍だ。その力は天候すらも変えてしまう程である。
「岩山に向かうハンター達に伝達！クシャルダオラには毒弾をあと電撃弾も有効だと伝えて下さい！」
「はっ！」と走り去る伝令を見送って他に人が居なくなったのを確認してから、エルフィは表情を曇らせた。
「アルバトリオンを使役していたとはいえ、クシャルダオラまで・・・」
「クシャルダオラもまたこちらでは確認されていませんからね。完全に予想外でした」
「もう、これ以上何が来ても驚かないで済みそうね」と強がりの笑みを見えたエルフィに「そうありたいです」と目を伏せて答えた。
「伝令！第四観測班から連絡。モンスター群は予測より更に２０分程遅れて到達予定だそうです。更に、黒いウカムルバスの他に、グラビモス、ヴォルガノスが確認されてます」
「まるで、モンスターの博覧会ね」
これまでに確認されたモンスターは２０種類以上。しかもこの地方では確認されてないモンスターまで混じっている始末だ。
「リストを用意して配って、後は他の大陸で討伐経験のあるパーティーに期待しましょう」
「到達予想時間まで後約１時間半と言った所かしら兎に角、皆には配置に付いて貰いましょう」
「そうね。『グランタートル』の準備はどうかしら？」
『グランタートル』はハンターギルドが所有している大型飛行船だ。
２代前のギルド長が作らせた物で巨大な竜人族だったギルド長を乗せる為、かなりの大型船なのだが現在そのペイロードは武装に回されている。
その巨体を支える為５つの気嚢を縦に並べそれが２列１０個で１つの大きなバルーンを形成し、それを３つ組み上げている。
さらに今回の戦いに合わせその上部と側部には鉄板で囲みを作りモンスターの攻撃から弱点である気嚢を護っている。
８機のプロペラが装備され、その巨体からは信じられない速度と機動性も持ち合わせていたが比例して燃費は悪かった。
ゴンドラ部分は底の平らな船の様な形をしていて、その両舷にはバリスタや大砲が並んでいるしそれとは別に巨大な砲の装備されていた。
「離陸準備は終わってます。しかし、少しトラブルが有った様で・・・」
「まだ間に合うわ、万全を期しましょう」
「はい、慎重に急がせます」
「お願い」と微笑んだエルフィは彼の空を見て思う。
これから始まる壮絶な戦いと少女の姿を・・・。
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