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2017年09月20日04:50

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街角の芸術---260  「燈臺」 北村西望 作 銀座4丁目数寄屋橋公園

昨日の銀ブラ散歩のお土産写真は、街角の芸術。数寄屋橋交差点の交番裏側、数寄屋橋公園の一角に建てられた北村西望 作「燈臺」です。

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一度2011年2月に「街角の芸術165」で取り上げたものですが、脇に真新しい銘板が置かれていたので、再度アップしてみました。新しい銘板には以下のように記されています。
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銅造彫刻「燈臺」 北村西望 作 銀座4丁目数寄屋橋公園
 関東大震災10周年記念塔の銅造彫刻は、彫刻家北村西望(1884〜1987)が47歳の時に制作した作品です。北村は、この彫刻を昭和6年(1931)開催の帝国美術院第12回美術展覧会にあわせて制作し、「燈臺」と題して出品しました。
 北村西望は、明治17年(1884)に長崎県で生まれ、京都市美術工芸学校や東京美術学校彫刻家に学び、戦前から優れた造形の彫刻を多く制作してきました。中でも昭和30年に制作した長崎市の「平和祈念像」は代表作のひとつです。
 「燈臺」は、力に満ちた青年が兜を装い、松明を捧げ、獅子をしたがえた作品です。この像には、北村が得意とした写実的で覇気に満ちた力強い造形の人物像が創り出されています。
 この作品は、大正12年(1923)の関東大震災から10周年を迎えた昭和8年9月11日、震災祈念塔に相応しい彫刻として設置されました。北村は設置にあたって、石造の台座設計や十数万の応募から選ばれた標語「不意の地震に不断の用意」の鋳造銘板も制作しています。
 銅造彫刻「燈臺」は、彫刻家北村西望による優れた造形芸術を表現しながら、震災の歴史を伝える記念塔として語り継がれています。
 平成28年3月 中央区教育委員会
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元々の古い銘板には以下のように書かれていました。
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関東大震災の記念塔
この塔は大正十三年(一九二三年)九月一日午前十一時五十八分東京を中心に関東一帯をおそった大震火災を記念するため、広く浄財を集めて十周年の昭和八年九月一日に建てたもので、わが国彫刻界の巨匠北村西望先生が「平和の神」を象徴して制作されたものであります。標語の「不意の地震に不断の用意」は当時朝日新聞社が全国から懸賞募集した十余万の応募の中から選んだもので、長くこの日をしのび二度と惨害をくりかさぬよう注意を喚起するものであります。
 昭和三十五年九月一日 震災共同募金会
朝日新聞厚生文化事業団
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震災の被害状況
死者 九九、三三一
負傷者 一〇三、七三三
行方不明 四三、四七六
倒壊家屋
 全壊 一二八、二六六
 半壊 二六、二三三
焼失家屋 四四七、一二八
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