◆ 完全個室、マッサージ…最近は寝られる「夜行の旅」
【読売新聞】 03/05 05:20
NPO産業観光学習館専務理事、高崎経済大学特命教授 佐滝剛弘.
東京、大阪などを深夜に出発し、翌日早朝には目的地に――。
「夜の旅」のメリットは、車中泊などで宿泊コストを抑えつつ、旅先での時間をゆったりと過ごすことができる点と言われる。
窮屈さや振動で「寝られない」と言われた座席などの設備も、最近は大幅に改善され、元気に朝を迎えられるそうだ。
一方で、1年前のツアーバス事故などを教訓とした安全対策への取り組みも気になるところだ。
世界遺産めぐりから各地の高速道路事情まで、旅に関するさまざまな著書がある佐滝剛弘さんに、最新の「夜行の旅」事情を紹介してもらった。
● ついに登場
「完全個室」バス
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/photonews/article.html?id=20170302-OYT8I50038
JR東京駅前の高速バス乗り場
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/photonews/article.html?id=20170302-OYT8I50036
これがバスの中? 個室状に仕切られたドリームスリーパー号の車内(関東バス提供)
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/photonews/article.html?id=20170302-OYT8I50035
身体を伸ばして座れるドリームスリーパー号の座席(関東バス提供)
21時半、東京駅にたどり着いたあなたが、目的地の大阪へ旅立とうとして東海道新幹線の発車案内を確認しても、もう最終の列車は出発してしまっている。
「そうだ、飛行機があるはず」と思い付いても、羽田からの関西方面行きはまさに21時半発が最終便。
これから羽田に向かっても、もう間に合わない。
かつてなら、正確には9年前までは、こんな時でも鉄道の選択肢があった。
東京駅23時発、大阪行きの寝台急行「銀河」だ。
大阪到着は翌日の午前7時過ぎ。
翌朝、始発の新幹線で東京を出るよりもはるかに早く到着できた(※発着の時間は廃止時のもの)。
しかし、今日では、どうしても翌朝までに東京から大阪方面に移動したければ、夜行高速バスを頼ることになる。
22時前後から、東京駅、あるいは新宿駅など都内の主要ターミナル付近を次々と出発し、関西方面へと夜通し走る高速バスが、かつての夜行列車の役割に取って代わっているのだ。
夜行バスと言えば、かつては車体から伝わる振動と、浅い角度の座席のせいで「ほとんど寝られない」とも評された。
だが、そんなイメージはここ10年ほどで大きく変わっている。
今年1月、さらにそうしたイメージを払拭する画期的な高速夜行バスが、東京―大阪間に誕生した。
車内を全11室に区切り、完全個室で東京・池袋駅と大阪・門真市を難波経由で結ぶ「ドリームスリーパー東京大阪号」だ。
運行するのは、関東バスと両備バス。
池袋駅の出発が22時50分、難波到着が翌日6時40分なので、東京駅で新幹線の最終をぎりぎりで逃した後でも、空席さえあれば十分間に合う計算だ。
● 座席にマッサージ機能、残席ゼロの便も
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/photonews/article.html?id=20170302-OYT8I50028
東京・新宿に到着した「はかた」号
実は数年前から、高速バスは劇的に進化し、例えば、東京・新宿駅前の「バスタ新宿」と福岡(小倉・天神・博多)を結ぶ西鉄バスの「はかた号」には、半個室のプレミアムシートが4席用意されている。
座席の三方が壁で仕切られ、通路側のみはカーテンだが、ほぼプライベート空間を確保しながら移動できる。
私も利用したことがあるが、マッサージ機能の付いた座席や充実したアメニティーで、長距離移動の苦痛を感じさせないほど居住性が高いことに驚いた記憶がある。
料金は最も高い時期で2万円だ。
東京−大阪間のドリームスリーパーは座席料金を含め、通常時ならこちらも2万円。
新幹線や飛行機よりも高めだが、「個室」を確保したうえでホテル代の節約になると考えれば、移動の選択肢に十分含めることができるだろう。
実際にインターネットでこのバスの空き情報を見ると、残席がゼロという便が目立った。
ニッチなマーケットのパイオニアとして、「はかた号」のように定着していく可能性は高い。
● ツアーバス事故の教訓、様々な安全対策も
夜の旅、特にバス移動と聞くと、昨年、長野県軽井沢町で起きたツアーバス(貸切バス)による悲惨な事故の印象がまだ拭えないという人も少なくないだろう。
しかし、その後、国土交通省が中心となり、バス事業者に対し、運転手の技量チェックや運行管理の強化など、様々な安全対策を課して再発防止に努めている。
運転手の過重労働を防ぐため、いわゆる「高速ツアーバス」を「新高速乗合バス」に移行させ、中距離を超えて運行するバスには乗務員2名体制を徹底させるなどの改革も、それ以前から行われている。
● 豪華路線に舵を切った「夜行列車」
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/photonews/article.html?id=20170302-OYT8I50025
寝台列車「北斗星」のラストランに詰めかけた鉄道ファン(2015年3月、JR上野駅で)
全国的な新幹線網の充実の陰で、ブルートレインや「銀河」のような夜行列車が次々と姿を消し、風前の灯ともしびとなっていることは、鉄道ファンでなくともご存知であろう。
今や、JRに残る定期夜行列車は、東京―高松・出雲市間を運行する寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」(東京―岡山間は併結)だけになってしまった。
新幹線開業直前の1964年9月の時刻表を見ると、東京駅から19時以降に東海道線を下り、西日本へ向かう夜行列車がほぼ10分おきに次々と発車しており、隔世の感がある。
ただ、「定期列車」、つまり毎日運行される列車以外であれば、夜行列車は再び脚光を浴びている面がある。
その代表格が、JR九州が社運をかけて製造・運行している豪華列車「ななつ星」だ。
全ての客室にベッドを備え、乗客を車内で寝泊まりさせ、その間も列車を走らせるという意味では、「夜行列車」のジャンルに含めてよいであろう。
今年5月にデビューするJR東日本のクルーズトレイン「トランスイート四季しき島しま」、翌月デビュー予定のJR西日本の豪華列車「トワイライトエクスプレス瑞風みずかぜ」も同様だ。
硬い座席や寝台で夜通し揺られる「眠れない夜行列車」から、ブルートレインの登場と衰退、そして豪華列車の時代へと、夜の列車移動は高級化への道を歩んでいるのだ。
夜行バスも「ドリームスリーパー」などの登場を見れば、列車と同じ傾向が見て取れる。
しかし、一方でバスは、座席は窮屈でも、鉄道に比べて格段に安い運賃をセールスポイントにする夜行路線が多数運行されており、若い世代を中心に遠距離移動の手段として一定の地位を占めている。
いわば、夜行バスが運賃や仕様の分化・多様化を遂げているのに対し、夜行列車は予約のとりにくさや価格の面から、庶民には手の届かないところに向かいつつあるといってもよいだろう。
● 深夜1時半那覇着フライト、クルーズ船ブーム……
陸路以外にも目を向けてみよう。
まずは飛行機。国内線に夜行便はなさそうに見えるが、かつては深夜のフライトも珍しくなかった。
1960年代の航空機の時刻表を見ると、東京―札幌間や東京―大阪、福岡間に深夜1時30分発や2時50分発の便の運航が確認できる。
前者には「オーロラ」、後者には「ポールスター」の愛称がついていた。
こうした深夜便は1974年にいったん全廃となったが、近年は「24時間空港」の増加に伴い、例えば羽田−沖縄間には夏季限定で、那覇に午前1時35分に着き、同3時35分に羽田に向けて折り返す「ギャラクシーフライト」が就航している。
今年夏も運航が予定されている。
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/photonews/article.html?id=20170302-OYT8I50029
伊豆諸島への客船「さるびあ丸」は22時以降に東京・竹芝桟橋を出港。
翌朝、大島、三宅島などに到着する(東海汽船提供)
日本では24時間空港とはいっても、深夜から未明にかけては公共交通機関によるアクセスがほとんど確保できないため、旅客便の運航はきわめて例外的ではある。
ただ、空港の立地次第では定着する可能性もある。
例えば、那覇空港であれば、目的地が那覇市内かその近郊ならタクシーでもそれほど料金が高くならないので(あるいは家族や知人に送迎してもらえれば)、空港からの「足の確保」はさほどネックにならないだろう。
船の便も、夜間の重要な移動手段だ。
夜間の客船や長距離フェリーは今も健在だし、豪華なクルーズ船も、最近は国内でも盛んになってきた。
昼間は上陸して観光やアクティビティーを楽しみ、夜は寝室でくつろぎながら移動できるので、究極の「夜行交通手段」といえる。
● ビジネスマンも深夜移動をしてみよう
公共交通は、新幹線に代表されるように利便性が高まると、味気なくなりがちと言われる。
しかし、夜間に体を休めるためのインフラや内装、インテリアなどの向上で、星を友に移動する旅は新たなステージを迎えつつある。
海外に目を向ければ、深夜移動が珍しくない途上国だけでなく、ヨーロッパでも縮小傾向にあるとはいえ、まだまだ夜行列車やバスは元気が良い。
夜通し走るユーロラインのバスや、国境を越えて鉄道の旅ができ、ビジネスマンにも親しまれるシティーナイトライン(16年12月に撤退したが、今年1月からはオーストリア国鉄が代わって運行)などだ。
たとえビジネスなどが目的の旅であっても、夜の移動には、ちょっとした高揚感と非日常感が伴う。
深夜のバスで、ふと窓の外に目をやると、高速道路の対向車線を無数のトラックが疾走する様子が見える。
普段、自分が眠っている時間帯に、生鮮食料品や宅配の荷物を運ぶために、実に多くの人が働いていることを実感する。
仕事で忙しく、新幹線や航空機による最短時間での移動を「当たり前」としている方も、たまには個室の座席に身を委ねて深夜の東名高速をバスで移動してみたり、明け方の瀬戸大橋を渡る寝台特急で高松を目指してみたりしてはいかがだろうか。
普段、気づかない日本の風景が見えてくるかもしれない。
(※記事の時刻は17年3月現在のもの。今後改正される可能性もある。)
◇◇◇
佐滝 剛弘(さたき・よしひろ)
1960年愛知県生まれ。
東京大学教養学部教養学科(人文地理)卒業。
NHK勤務を経て現在、NPO産業観光学習館専務理事、高崎経済大学地域科学研究所特命教授。
主著に、『旅する前の「世界遺産」』(文春新書)、『郵便局を訪ねて1万局』(光文社新書)、『「世界遺産」の真実』『それでも、自転車に乗りますか?』(以上、祥伝社新書)、『切手と旅する世界遺産』(日本郵趣出版)、『日本のシルクロード――富岡製糸場と絹産業遺産群』『高速道路ファン手帳』(以上、中公新書ラクレ)、『国史大辞典を予約した人々』(勁草書房)など。
元の記事を読む
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170302-OYT8T50041.html?page_no=4#csidx1b8419cf2f089dfb5696b8f1653534d
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