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2016年12月09日19:33

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ベクトルシンセの系譜、デイヴおじさんの面影をさがしもとめて:KORG iWAVESTATION(後編)

前編↓より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957290244&owner_id=498257


承前


●拡張性

アプリ内課金 600 円で、WaveStation 用オプションの音色 ROM カードとして別売されていたコルグ純正過去資産音色コンテンツ、つまりオプションだったウェーヴシーケンス、パッチ、パフォーマンスとが、すべて手に入る。

もとの WaveStation シリーズの Sys-Ex、ならびにレガコレの WaveStation での fxb ファイルとを、インポート可能。これにより、過去の WaveStation 機種のウェーヴシーケンス、パッチ、パフォーマンスとを、すべて読み込んで再利用できる。

コルグの iOS 用 DAW アプリともいうべき Gadget に、プラグイン状態でトラックに挿して使える。Gadget 上での機種名は Milpitas、カリフォルニア州はシリコンバレーにある小さな街の名前で、ここにコルグの北米開発拠点たる KORG R&D があり、デイヴおじさんがここで旧 WaveStation を開発した。

Audiobus と Inter-App Audio に対応。
ただし、コルグのアプリの常として、なぜか iOS 版 AU には対応していない。

なお、このレヴューをツイッターにリンク張って紹介したところ、@mohnishi さんから、以下の、うれしい情報をいただいたので紹介:

iPad と KORG のワークステーションシンセ KRONOS とを USB 接続すると、KRONOS が USB オーディオインタフェースになり、iPad の音がすべて KRONOS 上で聴ける上に、iWaveStation のパフォーマンス、それもオプションだった ROM / RAM 含めすべてを、KRONOS 上の操作でもって、非常に楽に切り替えられる。
このため、コルグ製アプリの中では、最も KRONOS との相性がいいとのこと。

確かにブラウザ画面でぽちぽち選ぶよりは、物理的なボタンでガンガン切り替えたいよね。

にしても、こういう反応やノウハウが速攻で返ってくるところは、さすがネット時代の集合知で、ええねぇ!


●あなたにとっての長所

アプリにしては高いがアプリだから安い。
そして何よりも抜群のエディット操作性。クールでおしゃれなグラフィックスも、たのしい。
ベクター音源にウェーヴシーケンスは、今でも充分にあたらしい音源方式。


●あなたにとっての短所

過去の WaveStation 機種のデータが読み込めるのはいいが、逆ができたらいいのに。つまり、旧 WaveStation 用エディターとして使えたら最高なのに。どうも、DX7と Dexed や KQ Dixie みたいにはいかないらしい。
レガコレも、発表されて以来そろそろ干支が一周しているのに操作性が古いままだから、それを刷新するつもりが無いなら、せめてレガコレへもエクスポートできるようにしてほしかった。

iOS デバイスのマルチタッチパネルを生かした操作性は秀逸だが、特にウェーヴシーケンスをエディットするための専用画面において、表示されるボタンなどが小さすぎて、きちんと認識されなかったり誤認識されることがある。クールな見ばえを優先したデザイン重視のためではあろうが、もうちょっと、こころもち大きなボタン表示にしてほしいときがある。常にスタイラスペンを使えるとは限らないので。

これはアプリの制約ではなく、WaveStation そのものの制約なのだが、ウェーヴシーケンスが音源波形として登録されるのはいいとして、それがパッチごとでは無く、シンセ全体で共有されるために、ひとつのウェーヴシーケンスをエディットすると、それを共有している複数のパッチに影響が出てしまう。しかもそれを把握できない。エンソニック TS シリーズにあったウェーヴリスト機能というエンソニック版ウェーヴシーケンスでは、音色プログラムごとにウェーヴリストを持つことができたので、快適だった。ウェーヴシーケンスも、これにならってほしい。
同じことは、パッチとパフォーマンスとの関係にも言え、ひとつのパッチをエディットすると、複数のパフォーマンスに影響が出てしまい、しかもそれを把握するすべが無い。パフォーマンス専属のパッチがほしい。
まぁユーザーメモリーが豊富なので、実害はなかなか出ないかもしれないが、単に過去資源を使いまわすのではなく、現代風にアーキテクチャーを改善してほしかった。


●その他特記事項

最初に、まったくのトリヴィア:旧 WaveStation に装備されていたピッチベンダーとモジュレーション用の2つのホイールは、ヴィンテアナログシンセ MP-4 "MONO/POLY" のと同じである。


さて、ベクター音源の系譜を、その末っ子の誕生を祝して、ふりかえってみたい。

'86 年にシーケンシャル社から発表された、prophet-VS。
ベクター音源シンセは、ここにすべて始まる。

シーケンシャル社において、この機種が開発されることになったきっかけは、PPG のウェーヴテーブルにヒントを得たエンジニアのひとりが、オーバーハイム2voice にあった4基の VCO を正方形の各頂点に置いてミックス比を変えられるようにしてみたのが始まりで、この正方形を 45 度回転させることで XY 座標にし、開発したてのデジタルオシレーター4基を各座標軸上に置き、ジョイスティックでミックス比を変えられるようにしてみて、現実性が増した。
1次元すなわち一直線上の変化しかしないウェーヴテーブルとは違い、2次元平面で音色変化するのがウリで、これがベクトル音源こと、ベクター・シンセシスの始まり。
また、prophet-VS は、同社初のデジタルオシレーターを採用した点で、同社初のデジアナ・ハイブリッドシンセでもあった。

しかし当時、ヤマハ DX とカシオ CZ を中心とする安価な日本製フルデジタルシンセ群の爆発的ヒットに、高価格帯のアナログないしハイブリッドシンセにこだわったシーケンシャル社は経営が傾く一方であり、それを察したエンジニア連中はどんどんイーミュ社へ大勢転職し、ついにヤマハが開発提携を呼びかけた時、シーケンシャルの創業者兼社長だったデイヴ・スミスおじさんは「提携どころか会社ごと買い取って下さい」とヤマハへお願いするはめに。

'87 年にヤマハに買収されたあと、しばらくは同社の北米開発部門としてシーケンシャルは残ったが、やがて同じくヤマハの子会社となっていたコルグの開発部門となり、そこにおいてデイヴおじさんたちは、WaveStation をつくった。
WaveStation では、進化したベクター音源と新機軸ウェーヴシーケンスによって、単なる PCM 音源にとどまらない、オシレーターだけでも動きのある音をつくることができ、さらには音色プログラム単位での動きすら、より複雑にできるようになった。それは、PCM 波形でも時間軸上で変化させられるという点で、それもめくるめく展開をする変化を、しかも意のままにつくりだせるという点で、それはそれまでのサンプリングされた瞬間をとらえただけの、固定されたスナップショットでしかなかった PCM 波形しか鳴らせなかったシンセやサンプラーから、大きく大胆に前へ踏み出したものとなった。つまりそれは、既存の PCM シンセへのアンチテーゼですらあった。

そしてそれは、'90 年にコルグからデビューすることとなる。

なお、同時デビューされた廉価版ベクター音源シンセであるヤマハ SY22 の開発には、デイヴおじさんはかかわっておらず、ヤマハがデイヴおじさんから取材した技術をもとに独自開発した。それどころか、デイヴおじさんは、ヤマハがベクター音源シンセ機種を開発していることすら、知らされていなかった。そんなわけで、WaveStation が発表された '90 年のウィンター・ナムショーの会場にて、デイヴおじさんは友人から
「2機種も開発し、発表できるなんて、さぞかし気持ちいいんじゃないかい?」
と祝福され
「2機種? 1機種しか作っとらんよ」
「ヤマハが SY22 ってのを発表してるけど、あれもあんたが絡んでんじゃねーの?」
「なにそれ?」
「なにそれって、ベクター音源シンセだよ、FM 音源とサンプルプレイバックとを組み合わせたやつだけどな」
と聞かされ、デイヴおじさん、こころの中で
 ー ヤマハからベクター音源搭載シンセ? ほっほーぉ、なんかどっかで聞いたような話の機種だねぇ。(Oh, that sounds familiar.)ー
ってな感じに思ったらしい。

それからの略年表を書いてみると:

'90 年 WaveStation 発表、国内定価 22 万円、61鍵キーボードシンセ
'91 年 WaveStation A/D 発表 国内定価 21 万円、2Uあり、高価な音源モジュールだった
'92 年 WaveStation EX 発表 国内定価 22 万円据置、61鍵キーボードシンセ
'92 年 WaveStation SR 発表 国内定価 13万5千円、1U音源モジュール
'04 年 レガコレ第1弾として MS-20、Polysix とともに PC/Mac ソフトシンセとして復活
'05 年 OASYS にて再現
'11 年 KRONOS でも再現
'16 年 iWaveStation として iOS アプリとして完全復刻

音に動きを、音にアニメーションを与えるべく生まれたベクター音源、そのデイヴおじさんの想いは、ついに iWaveStation にて、その真価を発揮することになる。

しかし同時にそこにはデイヴおじさんの姿は無い。
初代 WaveStation が発表されたあと、ヤマハはウェーヴシーケンスの特許を取得。しかもデイヴおじさんからウェーヴシーケンスの着想を聞かされたときは、ヤマハは
「そんなの実現不可能だ」
と言っていたという。
やがてデイヴおじさんは、コルグからスピンナウトし、Seer Systems 社にて本格的ソフトシンセの先駆者 Reality を開発。それは Windows 95、CPU は Pentium II ないしそれ以上で走り、オシレーターが4基もあるヴァーチャルアナログシンセであり、これでもってデイヴおじさんは、楽器の未来を提示した。しかし、たびかさなる OS アップデートにいちいち追いついていくことに疲れ果て、ハードシンセに回帰、DSI ことデイヴスミス・インストゥルメンツ社を 2002 年にたちあげた。特許のせいなのかベクター音源こそ搭載していないが、デイヴおじさんは DSI 社にて音に動きとアニメーションを与える機種をつくりつづけ、初号機 evolver には prophet-VS の音源波形を搭載し、prophet-12 / PRO2に至っては、ある程度ユーザーがカスタマイズできるウェーヴテーブルを持つに至った。

デイヴおじさんの手を離れたベクター音源は、それでもなお、かつてデイヴおじさんが描いた理想を追求しつつ、年々、進化しつづけている。iWaveStation で音創りしていると、デイヴおじさんは、'90 年の時点で、すでにこんな GUI を持ったハードシンセをつくりたかったんじゃないか、とすら思えてくる。
そんなわけで、さぁ次は外部音声サンプリングしてウェーヴシーケンスできたり、ウェーヴシーケンスをパッチごとに記憶出来たりとか、そろそろいい加減アーキテクチャー自身を進化させてほしいところですなぁ、コルグはん!!!!!


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