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2016年03月02日14:36

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『上海のシャーロック・ホームズ』

樽本照雄編訳『上海のシャーロック・ホームズ』
国書刊行会 2400円+税
http://www.amazon.co.jp/dp/4336059918/

20世紀初頭に中国語で書かれたホームズ譚のパロディ、パスティーシュの翻訳を7編収録。

パロディ4編は上海を舞台にしたホームズ失敗譚。ホームズの合理的精神をもってしても、稲、合理的であるがゆえに当時の清国に蔓延した不条理のために見当違いの結果にたぢりつくという内容。内容が清国政府への風刺ということもあって中国語でありながら初出誌の印刷出版は日本でなされていたりする。

パスティーシュについては興味深い問題がある。中国の書誌ではホームズ・パスティーシュはドイル作、つまり正典として扱われる傾向があるという。

もちろんドイルの書誌にあたればそれらがドイルの作品でないことは明らかなのだが、中国文学の研究者は翻訳は中国文学ではないとして研究対象とみなさず、外国文学の研究者は訳本には関心を持たないため、ホームズ・パスティーシュは書誌において機械的にドイルに分類されてしまうわけである。

個人的に面白かったのは『福爾摩斯最後の事件』、文体は明代白話文学から引き継いだ講談調(樽本氏の訳はそのリズムを生かすよう気を遣っている)、内容は貴公子と美女が災難に遭うメロドラマ、パリが舞台だというのに作中の司法・警察制度は非西洋・前近代的(なにせ犯人を逮捕した警察署長が自ら判決まで下してしまう)、それでも書誌上はドイル作の正典扱いだったというから中国側の無関心ここに極まれりw

もっとも翻訳とされるものがあれば対応する原語テキストがあるかどうかに関心持ったないというのは漢訳仏典と偽経の関係についても見られる傾向だから、近代中国特有の問題というわけではなく中華文明の歴史を貫く特長なのかも知れない。

樽本氏はこれまでも中国におけるホームズ受容史についてすぐれた業績を上げてこられた方だが、ここに中国伝来の「幻の正典」を読む機会を与えて下さったことを感謝する次第。

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