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2015年10月01日14:17

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◆ 「積極的平和主義」で戦死者を出し、安倍首相が窮地に立たされる日

◆ 「積極的平和主義」で戦死者を出し、安倍首相が窮地に立たされる日

【ダイヤモンド・オンライン】10/01
田岡俊次



 新安全保障関連法案は9月19日に強行採決により参議院で可決、成立し同月30日に公布され、来年3月末までに施行されることとなったが、現実の問題が発生するのはその後だ。



 他国の部隊などが襲撃された際の救援に出動する「駆け付け警護」で自衛隊員に死傷者が出たり、危険の大きい「治安維持」や「補給・輸送」の任務を引き受けざるをえなくなり、安倍政権と自民・公明党が窮地に陥る可能性は低くない。

無理な減量をしてなんとかリングに上がったボクサーが試合開始のゴングを待つのに似た格好だ。





★ 停戦合意が崩れた南スーダンで自衛隊に犠牲者が出る可能性大



 まず危険に直面するのは南スーダンに派遣されているPKO部隊だ。

2013年1月から施設部隊(工兵)を中心に約330人(のち410人に増加)が派遣され、道路などのインフラ整備を行う予定だったが、同国でクーデター未遂事件が起こるなど、治安情勢は悪化して工事どころではなくなり、避難民の救護に力を入れざるをえなくなった。



 エジプトの南、ナイル川上流にあるスーダンは1899年からイギリス・エジプトの共同統治下に置かれ、1956年に独立したが、北部はアラブ系のイスラム教徒が圧倒的に多く国の主導権を握り、南部は黒人地域でキリスト教徒になった者も少なくなかったため内乱が頻発した。



 特に1983年からは激しい内戦となり200万人以上が死亡した。

2011年7月にスーダン政府は南部10州(人口約1000万人)の独立を承認し「南スーダン共和国」が成立した。

だが、今度はその内部で最多のディンカ族と、それに次ぐヌエル族との対立が起こり、2013年7月にディンカ族のキール大統領がヌエル族のマシャール副大統領を解任すると、軍の一部が反乱を起こして激しい内戦となり、50万人が国外難民、150万人が国内避難民になったとされる。



 避難民は戦闘を逃れて国連施設の駐屯地に逃げ込むことがあり、2013年12月には韓国の工兵部隊が避難民を守るため、日本の部隊から小銃弾1万発を一時借用する事態にもなった。

兵士が避難民と共に駐屯地に逃げ込み、それを追う側の兵士と戦闘になったこともあり、「PKO部隊が反徒をかくまっている」と南スーダン政府から非難されることすら起こる状況だ。



 PKO協力法での参加条件「紛争当事者間の停戦合意」は南スーダン内で別の内戦が始まった時点で崩れ、日本はPKO部隊を撤収させるべきだったろうが、政府は「現在の事態は武力紛争ではない」として派遣期限を延長した。



 今年8月26日、国連などの圧力を受けていたキール大統領はマシャール前副大統領が率いる反乱軍との停戦協定に署名したが、それにある「首都ジュバの非武装化」などに異を唱えており、部族間の紛争が収まる可能性は低いだろう。



 この状況下では日本の部隊の駐屯地に救いを求めて逃げ込んだ避難民を、その相手側の襲撃から守るため戦闘をせざるをえないとか、他国の部隊に救援を求められ「駆け付け警護」に出動して戦闘する事態は十分考えられ、それで死傷者を出さずにすめば奇跡的だ。



 南スーダンだけでなく、自称「イスラム国」との地上戦に米国の次の政権が乗り出せば、輸送、補給、治安維持に自衛隊の参加を求められ、一層の危険を負う可能性もある。



 もし棺桶が戻ってくれば、政府は「英霊」の無言の帰国をできる限り荘重に迎えるだろうが、新安保法制には、産経・フジ系列の世論調査ですら合憲論は21.7%、違憲論はその2.7倍の57.7%だから、死傷者が出れば国民の間では「だから言わんことではない」との政府批判が高まるだろう。

「戦死者を鞭打つような言論は許せない」と首相が叫んでみても、かえって不信感を浸透させる結果になる。

「靖国神社に祀るべきだ」という右翼の主張も出て、政府を一層苦しめかねない。





★ 自衛隊が築き上げてきた信頼は「違憲論」再燃で破壊された



 憲法9条を起草したマッカーサー大将自身が1950年に朝鮮戦争が始まるとすぐに警察予備隊の設立を命じた自己矛盾による正当性への疑問に自衛隊員は長く引け目を感じ、実態以上に「継子扱いをされている」との不満を抱いてきた。

だが、東日本大震災など多くの災害派遣での献身的活動と、戦後70年が経過し旧軍の横暴と惨敗、戦禍の記憶が薄れたことも手伝って、国民の自衛隊に対する支持は高まり、今年1月の内閣府による世論調査では自衛隊に「良い印象」を持つ人が41.4%、「どちらかと言えば良い印象」が50.8%で、支持率は計92.2%に達した。



 これほどの支持率は日本のどの官庁も組織も期待できず、自衛隊はついに念願の「国民的合意」を得た感がある。

今回の新安保法制に反対する人々も大部分は「自国の防衛のために個別的自衛権を行使するのはやむをえないが、他国の戦争の手伝いをするのはいかがか」と言っており、自衛隊の存在を違憲とする人は、純粋な法理論は別として、現実問題としてはごく少なくなったと見られる。



 ところが安倍首相らは新安全保障法制で「違憲論」を再燃させてしまった。

今後集団的自衛権行使や武力行使を伴うPKOに部隊が派遣される際、「違憲、反対」を唱える人々は世論調査を見れば少なくないだろうし、積極的行動はしなくても内心そう思う人は国民の半数を超えるだろう。

その中で危地に赴く隊員の士気は疑問だ。

安倍政権はやっと自衛隊が築き上げた「国民的合意」を一撃で破壊した結果になりそうだ。





★ 日本の戦争参加を防いできた安保条約第5条の存在



 日本が戦後70年間の平和を保ち、自衛隊が1人の戦死者も出さなかったのは「日米同盟があったため」との説を信じる人は少なくないが、これは変な説だ。

米国自身が第2次世界大戦後、約20回もの戦争・武力行使を行い、戦争をしていない年は稀なほどだ。

現在も「イスラム国」の航空攻撃を行っている。



 このため、米国の同盟国もしばしば戦争に引き込まれた。

例えばベトナム戦争では米国のアジア・太平洋地域の同盟国である韓国、オーストラリア、タイ、フィリピン、ニュージーランドが米国の要請に応じて参戦した。

韓国は5万人もの兵力を送り5700人の死者を出したが、負け戦の中で米国では「危険・警告韓国軍の残虐行為でベトナム人の民心を失った」など責任を転嫁する説も出て、酷い目にあった。



 朝鮮戦争、湾岸戦争のように国連安全保障理事会の承認があって参戦するのは是としても、承認なしに始めたイラク戦争でも、イギリス、オーストラリア、NATOに入ったばかりのポーランドが当初から参戦し、治安維持の過程ではアメリカ以外に39ヵ国(日本を含む)が参加し、うち27ヵ国は約310名の死者を出した。

アフガニスタン戦争ではアメリカ以外の参戦国49ヵ国(同盟国でない国を含む)は約1140名の死者を出している。



 これから考えれば、日本が70年間戦争に加わらず、戦死者を出さなかったのは米国の同盟国だったから、ではなかろう。

それよりは日米安保条約5条で「日本国の施政の下にある領域における」武力攻撃に対してのみ共同行動を取る、となっているため、米国は日本にベトナム戦争などへの参戦を求められなかったことが主な要素、と考えられる。



 1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約と同時に結ばれたいわゆる第1次安保条約は、朝鮮戦争中だったため米軍が占領中と同様に基地を使い、日本国内の騒乱の鎮圧もできる内容だった。

1960年1月19日に改定された安保条約は米国が他の諸国と結んでいた同盟条約に近いものとなったが、それにもかかわらず共同防衛は日本防衛に限るとした第5条を入れることにしたのは当時の岸信介首相の隠れた功績で、少なくとも日本がベトナム戦争に巻き込まれることを防いだ。



 これは実に貴重なカードで、日本は基地を無償で提供する代わりに、米国の戦争への参加を避けることができた。

他方米国にとっても日本の基地を使えることは冷戦時代のソ連との対抗上大きな価値があった。



 米国が財政事情から今後海外への駐兵を削減するとしても、絶対的に優位な海軍力による世界的制海権は確保し、自国の防衛と発言権確保に役立てたいだろう。

艦艇の修理能力が高い横須賀、佐世保の軍港と岩国の海軍航空基地を失えば、西太平洋での制海権は保てない。

米海軍が管理権を持つ海外の港は日本の2港だけだから、他国なみに海上自衛隊が管理し、米軍艦の使用を許せば、それだけでも日米同盟は維持できるだろう。





★ 米国の武力行使への協力を断る口実がなくなった



 アメリカ人の中には日本の基地を借り、維持費まで日本に出して貰っていることを忘れて「米国は日本防衛の義務を負うが、日本は米国防衛の義務を負わないのは不公平、片務的だ」と言う人もいるが、私が「では横須賀、佐世保から去るのか」と反論すると驚いて引き退った経験は何度もあった。



 冷戦時代に潜水艦120隻余(うち50隻余は原潜)を持つソ連太平洋艦隊と向き合うなど今日よりはるかに安全保障環境が厳しかった時期でも、安保条約5条を含む日米同盟は保たれたし、今日でも米国側からそれを改定しようとする提案は全くない。



 国会は1960年6月19日に、共同防衛は日本領域への攻撃に対処する場合だけ、との条件で新安保条約を承認し、批准されたのだから、あえてそれと異なるような行動を取ろうというのなら安保条約を改定して国会の承認を受けるのが筋ではないか、と考える。



 安倍政権は、日米防衛協力の指針(ガイドライン)を改定して「グローバルな協力」 「積極的平和主義」を強調し、それに合わせた国内法を作った以上、米国などから協力を求められた場合、従来のように「集団的自衛権行使は憲法上許されていないのであしからず」と角を立てずに断る口実は使えない。

「危険が大だから」と言えば「他国に危険を負わせ、自分は安全な任務を選ぼうとする」と卑怯者扱いされる。



 より率直に「安全保障理事会の決議がなく、自衛でもない武力行使は国連憲章違反だから協力できません」とか「シリアの反政府勢力への支援は間接侵略の疑いがあるからやりません」などと言えば正面衝突になってしまう。



 さりとて安易に協力して死傷者が出て、作戦全体も失敗に終われば、イラク戦争の開戦責任の追及がアメリカ、イギリス、オーストラリアなどで起きたように、日本でも関係者の責任追及が行われることになり、外務官僚も余計な危険を負うことになる。



 安倍首相は祖父が残した遺産とも言うべき安保条約5条を事実上放棄する決断をしたも同然だ。

武田信玄が育てた歴戦の武将達の諫言を嘲笑して、長篠城外の設楽原で丘の上の織田、徳川軍の陣地に突進した武田勝頼や、パパ・ブッシュの注意を振り切ってイラク攻撃を行った2代目ブッシュ大統領の例を思わざるをえない。
 
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