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2015年06月13日15:03

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自分に負けるということ

> 自分は女性にもてず、仕事もない。家庭を持って幸せそうな女性を狙った。
> 自暴自棄になり、殺すつもりだった

↑  
はい、腰抜けの言い訳。
いかにも、自分でなにかを変えようもしない、腰抜けの馬鹿が好んで使いたがる言い訳ですね(笑)

俺は、小一から厨二までの間休み時間になると複数のクラスメートから袋叩き(というよりもうリンチ)にされ、授業中はうしろから針谷画鋲で背中を刺され、下校時間になると
野球シューズ(裏に金具付き)の入った袋で頭や腰を殴られたり、崖の上から突き落とされ
2mほどの大きな石が転がる斜面を転がりいつも砂ぼこりと擦り傷だらけ。

誰も助けてくれず、先生に言っても『忙しいから』とあしらわれ
親に言っても『自分で解決しろ』と見捨てられ、他のクラスルートは関わりたくないのかいつも遠巻きに見てクスクス笑うだけ。

そのせいで対人恐怖症や視線恐怖症、暴力恐怖症、人間不信、自信喪失、いじめられてもいない時でもその場面がまざまざと蘇って怖くて痛くて体が動かなくなるフラッシュバックに悩まされ続け、中二の時はじめて我慢で来なくて椅子を振り回し暴れ、いじめていた奴の
背中をシャープペンシルで刺してやってようやくいじめは収まった。。。

けど成人しても、症状は収まらずずっと死ぬことばかり考えながら生きてきた。
そんなころ彼女ができようやく幸せになれると確信できるようになって
交際から5年が過ぎた頃、式を目前に彼女が事故に遭い死去。わずか24歳だった泣き顔
お腹の中の俺たち二人の子も母親とともに..........
またどん底に逆も戻りした俺は、十何年も引きこもり状態に
なった挙句自殺未遂を繰り返し、本当にあの頃は苦しくて苦しくて生きていることが、
一瞬一瞬息をすることすら苦しくて死にたかった。
そうこうしているうちにボランティアの仲間の支えで助けられ、生きようと終えるよう
になった...........38歳の時、自身がアスペルガー症候群という発達障害をもっていることが判明。

『もうどうにでもしろ』と怒りがふつふつと湧いてきて、体力向上も兼ねて
筋力トレーニングとランニングを始める。
はじめてから7年。現在ずいぶん体に筋肉もついたし自信もついた。
前は 人の視線を怖がって下を向いたまま通路の端を歩くことが多かったけど
今は堂々と胸を張って生きてる。
2日に一度、15kmを5分40〜6分/kmで走ってる。上腕周りも30cmになったし
胸板も段差がはっきりわかるぐらいにまでなってる。握力は約56kg。
あると思う(44歳の男性の平均的握力は約45〜48kg。女性は28〜29kg)
スチール缶を片手で二つ折りにできる(笑)
あんまり上体に筋肉をつけすぎると走りにくくなるから、今の状態をキープ。

結婚もせず家族も持たず、親しい友人はよ俺を支えてくれる陽気な・・・・・
馬鹿ばっかり(笑) 
ネットの友達にも、頼りない姉分が約一名.............あせあせ(笑)
『体が弱い子だから、ちゃんとご飯は食べれてるかな?』 
『それにそそっかしいから怪我はしてないかな?』
『ストレスを溜めこみすぎて倒れてないかな?』って心配しつつ......あせあせ

『まだまだ自分が生ききることで、人を助けてあげられる機会があるのかもしれない』
『まだまだ自分が生ききることで、勇気や生きる希望になれるのかもしれない』
『伝えられることがあるのかもしれない』と思う毎日............
そして、毎日を楽しく生きてるよわーい(嬉しい顔)

冒頭で言ったけど、自分でなにか変えようと思えば変えられないことはないんだ。
たとえそれが変えられない事実であったとしても他の方法で克服することはできる。

人生には『早すぎる』ということはあっても『遅すぎる』ということはないんだから


■「もてず仕事もない…」面識ない女性刺した疑い 名古屋
(朝日新聞デジタル - 06月12日 21:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3464253
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