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2020年03月30日15:51

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男達の闘い

……「缶けり」
おおよそ、昭和50年代に子供達が夢中になった、純然たる男の子の遊びだ。
ルールは地方によって様々だが、簡単に説明すると「かくれんぼ」に空き缶を加え、更に鬼は空き缶を死守しながら敵を探しだし、見つけた場合は空き缶まで戻って、空き缶に片足を乗せて、見つけた敵の名前を言う。
空き缶に片足を乗せる前に空き缶を蹴られると無効になり、更にそれまで見つけ捕まえた敵も再度逃げてしまう

つまり鬼が不利で、過酷な戦いになる。
子供の遊びとはいえ、心理作戦や陽動作戦、騙し合い、不安と恐怖に満ちた、弱肉強食的な戦いだ。



3月28日(土)深夜01時過ぎ……
天候は曇。気温5℃
富山県魚津市にある「魚津市役所前公園」で今、7人の男達がこの過酷な戦いに身を投じている。
男達は皆、子供ではない。
40代後半の……「おっさん」だ。
社会的立場や家庭的立場もある、大人だ。
そんな一般的なおっさん達が缶けりを始めて、既に2時間が過ぎていた。
公園の街灯しかない暗闇で、しかも寒い……

既に鬼の奸策に引っ掛かり3人のおっさんが捕まっている。捕まったおっさん3人は、空き缶の近くで正座をし項垂れている。仲間の救出を祈るかのように……泣いている……

実はこれまでに2度、空き缶を蹴られ捕虜が逃げてしまっている。
1度目は、囮を使った陽動作戦で。
2度目は、3人同時に空き缶めがけ突進され、名前を言う前に蹴られた。
そのたびに鬼は泣き叫んだ。

鬼は必死だった。
周りに気を配り、気配を探す。
その両目は、ギラつき血走っている。
その両耳は、どんな小さな音も逃さない。
その鼻は、どんな臭いでもかぎ分ける。
まさに鬼そのもの。
腰を低くし猫足立ちでジリジリ、ジリジリ探索範囲を広めていく。

(あと3人……絶対に捕まえてやる、捕まえてやるぞ)


空き缶より北側
隠れおっさんAも必死だった。

植木の影に隠れ、息を殺す。
草木の隙間から鬼の姿を見張る。そして捕虜の3人の安全を確認しながら作戦を考えている。
空き缶までの距離を計り、鬼の隙を見つけて捕虜を助ける
そう、捕虜救出に使命を感じていた。
冷静に、慎重に、心臓の鼓動と呼吸を小さく長くして待つ。
(空き缶まで約5m。遠いな……焦るな。恐れるな)


空き缶より南側
隠れおっさんBも必死だった。
暗闇を利用し芝生の上をほふく前進していた。しかし音と気配を殺すため、わずか1cmずつしか進めない。
額から顎にかけて、汗が滴る……
幸い、彼の服装が黒色だったため、暗闇に上手く溶け込んでいる。
それでも油断は禁物だ。
芝生は濡れている。衣類も濡れ体温を奪っていく。
(服が……嗚呼、またカーチャンに叱られるな)
空き缶まで4m……


空き缶より西側
隠れおっさんCもまた過酷な状態だった。
彼もまた、暗闇を利用し芝生の上をほふく前進していた。
しかし彼は衣類を着ていない……素っ裸なのだ。
彼の衣類は明るい色合いだった。暗闇には不利だったから彼は衣類を脱ぎ捨て、全裸で芝生の上をほふく前進していた。
(……この姿は女房子供、部下には見せれないな……)
空き缶まで7m


説明しておこう
この缶けりは純然たる「子供の遊び」だ。
決して金銭などのペナルティなど無い。純粋に遊びだ。
しかし40後半のおっさん達は
本気だった……
必死だった……

遠くから、車の音や酔っぱらいの歌声、若者の嬌声が聞こえている。
そう、この公園の外は普通の平和な時間が流れている。
この公園だけが異様なのだ。
まさか公園の暗闇の中、おっさん達が息を殺し、気配を消し、全裸でほふく前進しているとは誰も気づいていない……


鬼は考える……
(小便がしたい……最近、頻尿なのだ。くそっ!いったいどこに隠れているんだ)
鬼はジリジリ辺りを探索する。気配を探す。臭いを探す。しかし尿意は限界に近い


隠れおっさん達は見ていた……
明らかに鬼は焦っている。長い付き合いだから判る。鬼は焦っているのだ。落ち着きのない奴は、子供の頃から変わっていない……
1mm、1cmと少しずつ、少しずつ空き缶に近づく

その中、状況が一変する
警察だ。3人の警察官が北側の公園入り口から入ってきた。
どうやら巡回中らしい

隠れおっさん達は思う
(ま、まずい!)

鬼はほくそ笑みを浮かべる
しかしどちらも動けない……


警察官3人は何も知らず公園内を歩いていく。
隠れおっさんA
(こっちに来るな!頼む)

しかし警察官3人は暗闇の植木の影に隠れている、隠れおっさんAには気付かず横を通り過ぎた。
そしてまず異変に気づいたのは、約5m離れた暗闇に人影を見た。
警察官はライトを照らすと、そこには3人の男性が芝生の上で正座をし、その近くで腰を低くし野生の獣の様に獲物を狙う臨戦態勢の男性を見た。

警察官3人は、あまりの非日常的な光景に一瞬呆然としたが、恐る恐るその4人に近づいた。
3人の正座をしている男性を見ると、顔を見られまいと伏せている。しかも寒さか恐怖か震えている。

獣の様な男性は、警察官には目もくれず辺りの暗闇を凝視している。

警察官の1人が獣の様な男性に声をかけた
「貴方たちはいったい何をしている?」

鬼「…………」無視をし暗闇の中を、臭いを探る

警察官3人は異様な雰囲気な、危険を感じていた。しかし警察官は、その獣の様に身を構える男性の腕を捕まえようと動いた、その瞬間!
獣は初めて警察官を見据えた。高圧的で、攻撃的な飢えてギラついた目をしている。
警察官の手が拳銃を握る。警棒を握る。身を構える。
数秒間、鬼と警察官が睨みあった……


空き缶より南側、空き缶よる3m
隠れおっさんBは見ていた。息を殺し気配を消しながら……
今、奴は(鬼)は背中を見せている。
警察官のライトのお陰で、鬼の位置と空き缶の位置、捕虜達の位置もはっきりした。
思わず勝利の笑みが浮かぶ。
今、奴は警察官と対峙し、後方の自分への警戒心が薄れている。
(やるなら今か……)
静かに静かに上体を起こし、走る構えに入る……


鬼は見ていた。
警察官3人の表情を。いや、表情の変化を。
今のこの状況を、奴ら(隠れおっさん達)が利用しないはずがない。きっと動く。

鬼と警察官3人、どちらも動かず黙って睨みあった。
その時、鬼は見た。
警察官3人のうち、後ろにいた警察官が一瞬、視線が動いた。俺の僅か右側後方を。何かを見つけたのだ。

鬼は笑みを浮かべる。
隠れおっさんBも笑みを浮かべながら、裸足で走る。空き缶に向かって!
空き缶からの距離
鬼は2m
隠れおっさんBは3m
警察官は3m

警察官は条件反射で銃を抜く
隠れおっさんBは、勝利を確信した。

しかしその瞬間
鬼は振り向きざまに、隠れおっさんBの顔面にドロップキックを喰らわした。(本来は反則)

「ぎぃゃぁぁぁああああっっっ!!」
暗闇の中、隠れおっさんBの悲鳴と、鼻から鮮血が宙を舞う……
そして鬼は、空き缶に片足を乗せ、高らかに隠れおっさんBの名前を叫ぶ……

また一人の勇者が捕虜になった。


警察官3人はその瞬間、動けずにいた。
悲鳴を聞きながら、全てを悟ったのだ。

(缶けりだ。そ、そんな馬鹿な……)
警察官3人は互いに視線を合わせ、頷く……
そして獣の様な鬼にも目を合わせ、黙って頷いた。

警察官3人は、銃を構えながら静かに、そして音を立てずに後ろ歩きをし、少しずつ少しずつ距離を取る。
そして空き缶から3m北側の、ベンチに座り、銃を締まって両手を挙げる。
鬼はそれを確認し、警察官への警戒心を解く。
そして観客化した警察官達に向かって、呟く……

「あと2人……」

警察官3人
(あと2人……)


隠れおっさんAは驚愕していた。
警察官3人の登場と、隠れおっさんBがやられている間、彼も動いていたのだ。
植木の影から、気配を殺し、呼吸を殺し、裸足で音を消しながら移動していた。
そう、空き缶から北側のベンチ後ろに。
今、目の前には警察官3人が座っている。

(まずいまずいまずい!)


遠くからサイレンが聞こえてきた。
間違いなく公園に近づいてくる。2台、いや3台のパトカーだ。
悲鳴を聞いた人が110番したのだろう。
わずか数分で公園西側入口付近に到着した。
さすが優秀な魚津警察署だ。通報から迅速な対応だ……

公園内のベンチに座る警察官が無線をした。小さな、虫の鳴く声で。
「こちら○○、現在公園内にいる。応援人員は公園外で待機。繰り返す、待機だ。」

パトカー応援部隊から返信
「こちら○○、状況の説明求む」
公園内警察官
「こちら○○、現在、公園内で缶けり。対象者7名、捕虜4名。残り2名。」

公園外がざわつく
(か、缶けり?)
公園外警察官
「……邪魔してはいけない。」

公園内警察官
「……了解」

しかし警察官はまたもや失態を犯す。
ベンチに座っていた警察官1人が一瞬、背筋に緊張が走る。
そう、背後の隠れおっさんAに気づいたのだ。
隠しようがない緊張感が、警察官の表情に出た。

鬼はそれを見逃さなかった。
鬼は目を血走り、笑みと咆哮をあげベンチに向く。
じわりじわり
じわりじわり
ベンチに近づく。

警察官3人は思った。
(く、喰われる)

隠れおっさんAは思った。
(ウチの会社の、警察のポスターを捨てよう)

西側公園外警察官
(……まずい)
(逃げる準備を……)
(撃つか?)

鬼は確信している。
ベンチの後ろ、警察官3人の後ろに隠れている。
しかし、他1人が何処にいるか解らない……

(ベンチまで3m。落ち着け、落ち着け。)

その時、鬼の股間が濡れる……かすかな湯気と尿臭を放しながら……

小便だった。鬼が覚悟を決めた瞬間だった。
もう恐れる、恥も自尊心も無い。
目をひんむいて辺りを確認し、少しずつベンチに近づく……
警察官を睨み、牙をむき出し、爪を構え、腰を低くしながら近づく。
じわり
じわり
じわり

警察官3人が固まる。金縛りのように……そして恐怖のあまり、涙と鼻水が垂れ流れた
全身が震えている……

隠れおっさんAもまた覚悟を決めた。
(あいつ、漏らしやがった……終わりだ)
静かに、アキレス腱を伸ばす……


ベンチまで 20cm
手を伸ばせば警察官の頭を握り潰す事ができる……
涎を垂らし獲物を狙う

空き缶まで3m

公園内外の空気が変わる
気圧も高まる
風も止まる
息が出来ない

鬼がベンチに触れる
警察官1人が気を失う

とその時!
空き缶の東側から音がする。

鬼が反応し、東側を睨む……
ベンチの警察官も見る
隠れおっさんAも見る
公園外の警察官も視線を送る

隠れおっさんCだった。
空き缶まで5mまで近づき、一気に走ったのだ。
その姿は
全裸だ。

身長は約170cm
体重90kg

お腹の脂肪を上下に揺らしながら、全力疾走している。雄叫びをあげながら、空き缶に向かう。
(明日からダイエットだぁぁぁあ!)

鬼が素早く反応する。
全裸の豚、いや隠れおっさんCに向かって!

その時、ベンチ後ろから隠れおっさんAも立ち上がる!

鬼が驚愕する。
ベンチ警察官も驚愕する

公園外警察官から歓声と悲鳴が起きる
捕虜達は固唾を飲む

空き缶まで
隠れおっさんCは3m
鬼、2m
隠れおっさんAも2m

隠れおっさんAが鬼の腕を捕まえる。(反則)
その瞬間、隠れおっさんAの顔面に膝蹴りが入る。(反則)
悲鳴が上がる

隠れおっさんCは鈍足だ。
せっかく隠れおっさんAが自分を犠牲にしてくれたのに……
焦る。足が絡む。腕が重い。腹も重い……
息が苦しい
隠れおっさんAの返り血を浴びた、恐ろしい形相の鬼が向かってくる。
怖い……
(ガキの頃から奴には敵わなかった……殺されるかも)

空き缶まで1m

苦しい
腹が憎い
鬼の咆哮に狂いそうだ
早く
早く
早く

空き缶まで30cm……

目の前には鬼がいた。
息を荒げ、牙を剥き出し、薄くなった頭髪が天をついている。両目が黄色だ

捕虜達は泣いている
ベンチ警察官も泣いている
公園外の警察官は、鬼を応援している

自分は?
泣いている
絶望している
(もう駄目だ……)

ベチィぃぃぃぃ!
鬼の平手打ちが飛んだ。
隠れおっさんCの巨体が飛んだ……

同時に


空き缶も宙高く飛んだ……

隠れおっさんAだった。
鼻と口から血を流しながらも、小、中学のサッカーで鍛えた蹴りで、渾身の力を振り絞り、仲間の想いを乗せ

空き缶を蹴った!

カッコーーーーーーーーーォォォォォォォォン

彼方に飛ぶ空き缶を見て

鬼は
「し、しまったぁぁぁぁあ!」
捕虜は
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
隠れおっさんC
「ありがとう!ありがとうありがとう」
ベンチ警察官3人
「お、終わった……」
公園外警察官
「空き缶は朝専用缶珈琲……そんな……」
「素晴らしい缶けりだった……」



遥か遠く、朝日岳から朝日が昇る頃
この魚津市役所前公園は静寂に戻っていた。
犬を散歩している女性がいる。
体操をしている高齢者がいる。
ランニングをしている若者がいる。

魚津警察署内は、何もなかった様に公務を続けている。少し疲れ気味みたい


鬼と他勇者の7人は?




魚津駅前の、朝までやっているスナックで
楽しく笑い合い、肩を組んで仲良く酒を飲んでいた…………



追伸
この話はもちろん
フィクションです。どうもお疲れ様でした



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