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2020年01月17日07:51

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こちらに 今アメブロに書いている兄弟コミュの未来像を転載します。

 まずは、「和登ダンスを楽しみに楽しむ教団」の ビジョンです。(一昨日書いたもの)



今日は 10コミュの兄弟教団コミュの内の「和登ダンスを楽しみに楽しむ教団」の紹介です。
2020-01-15 00:09:52
テーマ:ブログ

 一応 今日は本教団と 紹介する兄弟教団コミュのURLだけリンクしておきます。

本教団 「華友希徳教団(げゆうきとくきょうだん)」

(色文字を押せば中が見れます)
この本教団は、 すでに これからのための整備が整っているのですが、 それでもそれはまだ もちろんこれから 発展させてゆく内容の出発点にすぎません。 

本教団コミュは、 あくまで世界一の質(クオリティ)を直接求めるコミュです。  解りやすくを心がけていても 中身の質は落とさない形となります。    逆に ゆるい部分もあるのですが、それもまた「人の幸せのための質」の内なんです。  

  ともかく、 実際には 楽しいはずなんですが、 入る前には 敷居が高く感じられてしまう人も多いかと思い  その意味と対機説法(相手にあわせて法を説く)の意味から まずは10教団兄弟コミュを創ったわけです。 

今日はその中の 一つをご紹介する形になります。



和登ダンスを楽しみに楽しむ教団和登ダンスを楽しみに楽しむ教団

(色文字のところを押していただければ中が見れます)

この教団も もちろん、(他の兄弟教団コミュと同じく)宗教の深みを宿すものなのですが、  同時に、「まずは元気になってもらう」というコンセプトがその軸になるものです。

本教団では さらに先に進んでゆきますので そのためにも 頭や体が元気になっていることが そのパワーとなるわけです。

では、この「和登ダンスを楽しみに楽しむ教団」それ自体の内容は どういう内容のコミュなのだろうか。


中を覗いていただければ解りますように、 和登ダンスの 和登というのは、 和登さん
という、 手塚治虫の「三つ目がとおる」という漫画に出てくる「おてんば娘」の名前を借りた形になっています。

普段は 無邪気でかわいらしい「三つ目がとおる」という主人公の少年は、 おでこに絆創膏がはってあり、 その絆創膏をはがすと もう一つの目がおでこに現れるのですが、

それは 古代人が 現代にやって来た 人類の過去の文化を一度すべて破壊してしまい、その上で古代の優れた文化を創造しようとの使命から(私達から見れば 敵^^) 地球の悪と闘う超能力の人に変身してしまう事を意味します。

おてんば娘の和登さんは、 その少年に秘かに
かわいらしい恋を抱いているという設定にもなっています^^。

この教団の中での「和登」というのは、 「和の登山」という意味合いのものでもあるのですが、

ほんとうの「和」は、 そんな和登さんのような 元気がまずあってこそ、生まれるものだということを  暗示する形へと進めていくんです。

けっきょくは、自分のための 人前での「いい顔」が 本当の「和」の世界ではないですからね。

その詳しいことは やがて解ってくるように 徐々に進めていくわけです(^^♪。


また、 「三つ目がとおる」の、三つ目の意味も、 この教団コミュ自体の中では、 それこそ 昔からいろいろな宗教でも言われている「自分の心や物事を見つめる」心の目のことを意味します。

ヨガスートラ系の宗教では、 これをピラミッドパワー瞑想に工夫して 物事や心を見つめる目を深める方法が編み出されていたりします。(これには、神秘を装った偽物も多いようなのですが、 あくまで本物は 深いそのパワーを目指した瞑想として存在しているのだと思っています)

もともと、人類は、(猿が地上に降りてきて苦労したことで知能が発達してか、あるいは突然変異か、またほかの何かがあったのか、それは解らないのですが)

その猿か類人猿の脳の中に 物事や心それ自体を「みつめ 俯瞰する」脳が宿った時から、人間と呼びうる生物となったのであり、

がゆえに、 物事を分類し そのどちらが得か^^、またどちらが目的にかなうか、反省できるようにもなり、  進歩してゆくという価値を 始めて生物は そこに獲得していったわけです。

やがては、 そこに 「見つめられた」物事や心を 言葉として 発音するようになり、 そこからさらに 人間は進歩という宝を手に入れ始めるのですが、

実は、この時に なんと、 心を見つめる目の方(ほう)は どんどん失わて手行ってしまったんです。

これこそが、 私達人類にとって 最高の価値であり 最重要な能力だったのに、 言葉も発展し 心に関する言葉も豊かになって来たのにも関わらす、  その言葉を生かすパワーも やがて消えてきてしまったのが 現代文明社会なんです。

だから、本来の宗教は、いつもそのことにそれぞれ言及してきたんです。

アダムとイブの、本当の楽園に帰ろうというユダヤ教の意味合いも その本来の「心を見つめる」能力があった素朴な時代への回帰を訴えたものであったはずなんです。

キリスト教もイスラム教も それぞれ別な解釈をしていますが、 本質はみな同じなんですよ。

本能から始めて解放される その能力が 生物の脳に宿った時、  始めて 人はそこに命を守る本能からの「仲間」ではなく、  「友」という感覚を 友という字を知る前から深く感じ、「「見つめ」」ることが出来ていたんです。

その友と友は、始めて 心に 青空や そよ風や 水のせせらぎの音や、緑や 太陽や、流れゆく雄大な雲や 夕焼けや 一番星や、 夜の静けさや 星々を   この宇宙で始めて   始めて  新鮮なそのエネルギーで見たんです。 見つめたんです。

そうして 友と友は 見つめあい、 恋人のように 心は喜びでふるえ、 うれしくなって踊り始めたんですよ。  歌い始めたんですよ。 歌なんて知らないときから 心はそれ以上の命の喜びの歌を歌い始めていたんですよ。


それが ほんとうの古代の「もう一つ」の目の意味です。

文明を破壊する必要はないです^^。  「三つ目がとおる」君は、まだ 人の心の奥には誰の心にも、 同じもう一つの目が存在していることまでは見えていないんです。

和登さんが それを、そっと そっと 教えてくれている  それを手塚治虫は、 生き生きした絵でこそ これもそっと そっと 我々にその何かを伝えてくれている。

この秘密を解き問い説いてゆくのが、 この教団の世界であり、

こうして 和の、本当の登山が 始まってゆくんです。

「和」の国 日本の太古の世界の 本当の姿も ここに浮かび上がらせても行きます。

1万年以上も 武器や 争そいによる傷の見られない 考古学上の奇跡は平和な世界が続いてきた、そんな「和の国」の原点の世界が  ここに「見つめ」直される時が来るんです( `ー´)ノ。

私達の手で そんな日本を取り戻す使命感を生み出していこう、 新鮮な 生まれたてのあの踊りをこそ 踊れるようになり 歌えるようになり  最高に生き生きとした ダンスをここに楽しみに楽しむ教団を作り上げてゆこう、

ここに

 この「和登ダンスを楽しみに楽しむ教団」の誕生した意味があるんです。




そこから さらに 前に進んで、本教団へと入ってきてほしいわけですが、 けして 単なるその宣伝のためのコミュなんかでは無いわけです。


おっと、今日も12が近づいてきてしまいました^^。

このへんで この「和登ダンスを楽しみに楽しむ教団」の説明を 終了しようと思います。

詳しくは 今後の展開をどうぞ お楽しみにしていてください。



以上です。


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