『天寿国の末裔』「陸奥国蝦夷反乱−長屋王」��
鎮荻将軍・小野朝臣牛養は語る。
―――軍卒達の妻子の救出の模様を私が報告致します。
建築途上の多賀城に着いて、その何日か後に私たちは拉致された「軍卒達の妻子」達の居場所を突き止め、救出に行ったのです。
我等は妻子の救出を第一として、一挙に攻め込むことはありませんでした。そこより幾つか離れた山の裏手に身を潜め「間者」を放ち、様子を伺いました。間者は捕われた女一人と接触することが出来て、救出の用意のあることを女に知らせたのです。後に間者と女は落ち合う所を決めて、また会うことにしました。
女は救出の話を捕われの仲間に告げ、相談したようです。ただ結果としては我等の予期せぬ返事でした。それは時の過ぎてしまったこともあり、また一度は捕われの身となったことを恥じて、一部の女達が我等の救出を断ったのです。そして傷ついた軍卒達もそこにいて暮らし、数人の男達もそこに残るとの返事でした。
あるいは、これは予想してはおったものの、これが私たちの判断を誤らせてしまいました。
私達は協議して「捕われた者の事情」を斟酌して、「残る者」放置して「帰りたい者」だけを連れて帰る、そのようなことにしたのです。これは大きな誤りでありました。
間者は女と話し、みんなを逃がす手立てを考えました。手立てとして、大勢が逃げ出せばすぐに気付かれて追われて戦となり、その場に何人もの死傷者が出ることになる。よって女が軍卒にこのことを告げて、軍卒がこのことを村の長に告げて「人質と身代金」を交換する、このように図りました。妥当な方法だろうと私たちは納得しました。
次の日の朝早く「綵帛（あやぎぬ）・絁・真綿・麻布」を、人質交換の身代金として持って出たのです。村の長は身代金を喜び、人質を解放してくれました。いえ、これは誤りであるかもしれません。彼らにしてみれば敵としての「客人」であったのかもしれません。彼らは捕虜を奴隷化する事は無いようです。私は人質を無事に連れて帰り、大おきな任務を無事に果たしたつもりでありました。昼には我等の陣地に戻ったのであります。
昼を過ぎて一時もしたころに陣地内より騒ぎが起こりました。三人の軍率が馬を使い、皆の止めるのを聞かずに蝦夷の集落へと駆け出したのです。捕われた多くの者は帰ることにしたものの、結果として七人の女と五人の兵士が残りました。しかしまずいことにこの中に二人の軍卒達の妻子がおったのです。もう一人はその弟であるとのことです。その内に軍卒の仲間が何人か、これも馬を使い仲間を止めに行ったのか、討ち死にの覚悟で仲間と妻子の救出に向かったのでした。
しばらくして、部隊の中より「蝦夷を討つべし」の声が起きました。それは皆に移りました。「蝦夷討つべし」の大声を私は抑えることができなかったのです。いえ私も無理な戦を避けるため部隊の先頭に出ようとしたのです。
しかし私が蝦夷の集落に到着した頃には、時は既に遅く、三人の軍卒は血まみれになり、何人もの蝦夷を道連れの後に息切れておりました。救出に向かった先鋒はそれを見て逆上し、もう集落の蝦夷に切り込み始めています。ここで兵士を引き上げれば、彼らを見殺しにする事になります。私は見方の損失を抑えるため、私も切り込んだのです。もう馬を駆る兵士の全てがここに向かっていたのでした。
阿鼻叫喚の地獄図はここに始まりました。私は何かのはずみで馬から落ち、かかってくる者を切り倒しました。恐怖に勝つために刀を振り、切って切りまくりました。男・女・老人・子供の区別などできません。後には人質さえ区別がつかずに、かかる者、動くもの全てを切り倒して、その中には味方もいたかもしれません。
集落にいた者達は思った以上に多く、私達は少数でした。私はすでに自失しながらも戦っていたのです。ただ生への執着が私の体を駆り立てていたのです。
戦闘の終息は、わずかに甲冑を着た者達のみを識別して、動ける者を助け出し、そして後に火を放ったのです。
私は傷ついていましたが、兵士を城に連れて帰る義務があります。馬を集めて兵士を連れ帰りました。砦に着き深い眠りに落ちました。その後の事は覚えてはいないほどです。
副将軍・高橋安磨呂の語る。
―――次の日に私は一隊を連れて実況見分と兵士の遺体の埋葬に向かいました。勇敢な兵士達の菩提は弔わなければなりません。
まだ火がのこるのか煙があたりを包んでいます。そこは焼け野原であり、人肉の、斃れた馬の焼け焦げる匂いがします。血の匂いが立ち込めています。馬でさえそこを恐れるのか二の足を何度も踏みます。よってまず私は集落を一周しました。
そこにあるのは一面の地獄図でした。掘建て小屋のあとはまだ燻っています。倒れた柱の下に黒く焼けた裸体が見えます。大小様々に、あたりには遺体がころがります。中には矢の刺さったもの、刀の切っ先のあるもの、甲冑をつけたもの、頭をなくしたものさえ見えます。
集落を回り、馬が慣れてきた頃に中へと入ります。甲冑を着けた者の遺体を回収するためです。兵士は語らず。ただ仲間を識別し、黙々と遺体を回収するのですが、見知った者の顔を見つけると、やはり泣き出します。あたりの悲惨な光景に、そこには情が見えました。しかし遺体の回収は続きます。
私は、失った兵士の数と遺体の数とを合わせていました。思ったとおり遺体の数は合いません。しかしここにいつまでも居るわけにもゆかず、遺体を馬車に積み上げ引き上げようとしました。
その時、山の中から男の叫ぶ声がしました。彼は何を叫んだのでしょうか。その男は何者でしょうか。兵士達は身構えました。が、その声は一度きりでした。
それは我等の所業をなじる蝦夷の声なのでしょう。その声を聞いた時、背筋の凍りつくのを私は覚えました。このことの「仕返し」は必ず起きるでしょう。仕返しには仕返しがあるでしょう。そして「憎しみの連鎖」が延々と続くのでしょうか。そして「蝦夷を殺し尽くす」まで、これを行い続けるのでしょうか。
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