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2019年04月03日14:02

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その26-1】

【創作まとめ】 
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【前回】
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「以上が今回の依頼に関する報告です」
 社長室に凛とした声が響き渡った。
 ブックマンは机に両肘をついた状態で両手を目の前で組み、報告に対して静かに耳を傾けていた。
 彼の傍らに控える社長秘書のアルトリアも、表情を変えること無く黙して聴いていた。
「まずはお疲れ様。とても大変だったみたいだね」
「……ありがとうございます」
 労いの言葉にリューネは車椅子に座したまま、頭を下げた。
 竜との激闘から七日の時が過ぎ、リューネ達は中央都市カザリアにある冒険会社へ帰還していた。出発から数えて十一日目の会社だったが、竜との戦いに敗れ、二度と戻ってこれないと感じていた彼女達には、数年ぶりくらいの懐かしさを感じていた。
「竜との戦いは激しかったみたいだけど、無事に帰ってきてくれて一安心だよ」
「いえ…………」
 小さくかぶりを振り、リューネは車椅子から降りると床に片膝をついて深々と頭を下げた。そして押し殺すような低い声で言葉を続ける。
「私の指揮が未熟だったゆえ、偵察に出したリリアナ隊とエレナ隊の十人が帰ってきませんでした。おそらく…………」
 そこから先は、自らの未熟さに対する無力感と、十人の戦友への悔しさで圧し潰れて続けられなかった。
 風の竜シュトルブラムとの激戦の後、リューネ達は偵察から帰らぬ仲間を心配して、動ける者を集めて捜索隊を出した。
 捜索範囲は竜が出現したと言われていた森の奥地周辺と、そこに繋がる道中。村から出現ポイントまでの直線ルートと、それぞれ左右に迂回することで自分達の拠点を眩ますルートの合計三ルートを重点的に捜索した。
 竜との戦いを前にして怖じけつき、失踪した可能性も考えられるが、さすがにそれは無いとリューネは考えていた。
 当初の考えでは、村に来た竜と行き違いになり、そうと気づかず森を彷徨っているだけだと思っていた。しかし一日が過ぎ、二日目が過ぎ、三日目になっても見つからなかった時、新たな可能性が頭をよぎっていた。
 既に竜に倒され、彼女達が発した恐怖の感情を辿って村に飛来したのではないかと。
 三日目の夕方、その考えを裏付けるように、森の中でリリアナ達の武器が発見された。
 その周辺の地面には、おびだたしい量の血が染み込んでおり、激しい戦いがあった事を物語っていた。
「彼女達を死に追いやったのは、少数で偵察に向かわせた私の責任です。いかような罰も受け入れる所存です」
 リューネは床の一点を見つめ、悔しさに歯噛みする。
 仲間に起きた悲劇も知らず、竜の脅威が去ったことに歓喜していた自分の愚かさと間抜けさに。
「どうか罰を…………お与えください」
 その言葉に、黙っていたブックマンが静かに告げる。
「その罰は、君が楽になるための罰かい?」
「自分を戒めるための罰です」
「なら罰を与える事は出来ないね。リューネ君、罰を与える事で君の心に刺さる罪の杭を抜いてしまうと、戒める事が出来なくなってしまう。罰を与えない事が、君に対する今回の罰だと思ってくれ」
 罪を請うリューネを、ブックマンは残酷な言葉で厳しく戒める。
 彼女の望むままに罰を与え、心に刺さる罪悪感を消してしまうと、もう隊長として立ち上がる事は出来ないと。
「そんな…………私は死なせてしまった仲間に償う事も許されないんですか?」
「それは違うよ。忘れない事が、胸に刻み続ける事で忘れない事が償いなんだ。そしてこれからは仲間を死なせない隊長になる事が彼女達への弔いになるんだ」
 一転して優しい言葉でリューネを諭す。その苦しさを忘れてはいけないと。
「それに罰を受けるなら、今回の依頼を君たちに丸投げした僕の方だよ。もっと竜について調べるべきだった。国が公表する話を鵜呑みにせず、あらゆる手段を使って情報を集める。これが今回の僕の教訓だ」
 そう言うとブックマンは椅子から立ち上がり、机を回り込んでリューネの前に身を屈めた。
「不甲斐ない指導者でごめんね」
 リューネの肩を両手で押し上げ、その顔に笑顔を向ける。
「僕には竜殺しの英雄なんて大役を果たした社員を、責めることなんて出来ないよ。難しい仕事をやり遂げてくれて、本当にありがとう」
 笑顔と一緒に向けられた竜殺しの英雄という言葉が、またもリューネの心を深く抉った。
 何故リューネが竜殺しの英雄と呼ばれるのか。
 屈辱にまみれた記憶が甦る。

「竜を倒したのは、お嬢さん方三人って事にしといてくれませんかね」
「…………私達が?」
 竜の脅威が去った余韻に浸り一息ついたところで、情報屋がそう持ちかけてきた。
 各国の軍隊でも倒せぬ竜を倒したとあらば、間違いなく英雄として讃えられるだろう。多額の報酬に加え、竜殺しの称号と名誉、人々の信頼と称賛、他国からも一目置かれる存在となることは間違いない。その栄誉を人に譲るとはどういうことなのだろうか。
「俺っち達は訳あって、ある目的のために旅をしているんです。今回はたまたま近くに居たからつまみ食いに来ただけで、別に竜を倒すことを目的としてるわけじゃない。むしろ竜殺しとして有名になって騒がれたり、目立つことは避けたいんですよ」
 竜殺しとしての栄誉よりも優先される目的とは何なのか。目立つことを避けたがっているということは、何か良からぬ目的ではないのだろうか。
 だとすれば、いかに好条件を提示されたとしても、悪事の片棒を担ぐわけにはいかない。
 それに他人に譲られた栄誉など、どのみちボロが出るに決まっているのだから。
 そこまで考えた時、リューネの思考を読んだかのようにカノンが真意を確かめようとした。
「私達にピエロを演じろと仰るのですか?」
「悪い話じゃないと思いますよ。竜の脅威から人々を守った聖女、今後の支援活動に役立つと思いませんか?」
 情報屋の言う通り、竜を倒した聖女として名を上げれば、救助活動をする際に彼女の言葉に耳を傾ける者が増え、素直に協力してくれる人も増えるだろう。彼女の活動に大きな影響を与えることは間違いない。
「鎧とドワーフのお嬢さん方も同じです。今のままでは冒険会社には、大半の戦力を投じたにも関わらず竜に負けてしまった、という頼りないイメージが付いてしまいます。でも、竜殺しの英雄が在籍する組織ならどうです? お嬢さんの人気も評判も急上昇で、依頼が殺到すると思いませんか?」
「悪い話ではないのかもしれません。ですがそれを受け入れてしまいますと、再び竜が現れた時、また討伐してくれと依頼されてしまいます」
 実際に竜を倒したのは情報屋の仲間である銀髪の女である。もしリューネ達が倒したと偽ったのならば、カノンが憂慮するように、新たな竜が出現した時に討伐の依頼が来てしまう。そうなれば、実際に竜を倒す力を持たないリューネ達では対処出来なくなってしまう。
 だけど情報屋は気にする事もなく、提案を続けた。
「だーかーらー、お嬢さん方三人にお願いしているんですよ」
「どういうことですか?」
「普段全く違う活動をしているお三方が、力を合わせてたまたま上手く倒すことが出来たって事にしておくんです。これなら聖音術のお嬢さんも、鎧とドワーフのお嬢さん方も、三人揃わないから倒せないって言い訳が出来るでしょ」
「そんなに上手くいくものかしら」
 レヴェネラは納得出来ない様子で疑問を呈した。
「仮に三人揃わないと倒せないと口裏を合わせても、国が竜に襲われたら三人揃えようとするんじゃないかしら」
「だとしても今のお嬢さん方を見れば、誰も楽勝だったとは思わないでしょ」
 リューネもレヴェネラも、竜との戦いの中で何ヵ所も骨を折られている。竜と直接接触の少なかったカノンでさえ全身傷だらけ。誰が見てもギリギリのギリ、薄氷の勝利だったと疑わないだろう。
「今回は様々な偶然も重なって奇跡的に勝てた、だけどこんな危険な依頼はもう二度とゴメンだって言っておけばいいんですよ」
「そんな単純な話で上手くいきますか?」
「それはあなた達次第ですよ。どんな好条件を出されても命の方が大事だろ? 割に合わない仕事を断るのは当然の権利だ。堂々と断ればいいんですよ」
 冒険会社は多くの社員を雇用している事もあり、利益重視な部分も多々ある。
 後の利益を見込んで、最初の依頼を安く受ける事もあるが、基本的には社員の命を優先して考えてくれている。事情をきちんと説明すれば、ブックマンも達成不可能な竜討伐の依頼を上手く断ってくれるだろう。
「上司に…………社長に相談させてください」
「それは出来ないっす。俺っち達は次の目的地にすぐにでも発たないといけないんです。相談結果を待つほど暇じゃないんで、今すぐ決断してください」
「そんな…………」
 情報屋の提案は一方的過ぎる。
 いかに今回の竜討伐に関する全権を任されているリューネとはいえ、この条件を相談も無しに決断することは難しい。
 提案を断れば冒険会社の信用は地に落ちるかもしれない。しかし受け入れれば竜殺しの英雄として名を馳せ、冒険会社の役にも立てる。
 カノンにしても竜を制した聖女として箔を付ければ、今後の活動がやりやすくなることは間違いない。
 そう、この提案を受けて困る人物は居ないのだ。
 情報屋は旬順するリューネの後ろに回り込み、耳元でそっと囁く。
「幸い、姐さんが竜を倒した事実を知るのは、お嬢さん方三人だけです。お三方が口裏を合わせれば、バレることはありません」
 竜殺しの称号を得て箔が付くのはカノンだけではない。軍隊さえも倒せぬ竜を倒した英雄として名を馳せれば、リューネの名を出すだけで様々ないさかいの抑止力になるだろう。それは守る戦いをするために冒険者となったリューネにとっての理想でもある。無駄な血を流すこと無く様々な事件を抑止出来るのなら、それに越したことはない。
「むしろお三方以外の人物には知らせないでください。情報ってのは何処から洩れるかわかりませんからね」
「それって上司に報告することもダメってこと?」
「そういうことです。その社長さんが嘘の英雄を祭り上げることを拒んで、事実を公表すればどうなります? それを知らない聖音術のお嬢さんが、人々を騙した偽りの聖女として誰からも信用されなくなってしまう。その逆も然り、お互いのためにも秘密を知る者は少ない方がいい」
 互いに目の届かない場所で別々の活動するからこそ、互いに共有する嘘で縛り合い、裏切ることが出来なくなる。
 はたしてそんな状態で提案を受け入れたとして、上手くいくのだろうか。
 情報屋は有無を言わせぬ圧力を発している。糸目から表情は読み取れず、それがかえって不気味に感じられた。
 情報屋も自分達が竜殺しとして騒がれる事を避けたがっている。提案を通すためか、今まで提案を受けた時のメリットばかりを話してきた。
 そこに一つの疑問が生まれた。
「もし断ればどうなるんですか?」
「その時はこっちで適当に処理しますよ」
「どうやって?」
「それこそ、お嬢さん方の知る必要の無い情報です」
 情報屋は肩を竦めることで、断った時のプランを話すことを拒絶した。
 だけど提案を受ける、受けないを決める材料として、断った時の内容を知らずに判断することは危険に思えた。
 情報屋は、断れば自分達で処理すると言った。処理とは何なのか?
 情報屋という立場を考慮すれば、何らかの情報操作をするに違いない。問題はどうやって竜の襲来をうやむやにするのか、である。
 仮に別の誰かを竜殺しの英雄としてでっち上げたとしても、リューネ達が真実を明かせば意味を成さなくなる。
『幸い、姐さんが竜を倒した事を知るのは、お嬢さん方三人だけです。お三方が口裏を合わせれば、バレることはありません』
 先ほどの言葉が甦る。
 そう、銀髪の女が竜を倒した事実を知るのは、彼らを除けばリューネ、レヴェネラ、カノンの三人だけ。つまり三人の口を封じれば、事実が外に洩れることはない。
 そうなれば、この場で竜の生態に詳しい者は、情報屋以外には居なくなる。
 竜が何処から来て、何を目的に暴れ、何処に去るのか、誰も知らない。
 リューネ達が竜に殺された後、竜が何処に去ったのか、誰も推測出来ないということになるのではないか。
 つまり、この提案を断れば口封じとして、銀髪の女に殺されるということだ。そしてそれは竜に殺された事にされ、真実は闇に葬られる。
 この思考に至った瞬間、リューネは背筋が凍り付くような感覚に身震いする。
 気がつけば、レヴェネラやカノンも同じ結論に達したのか、顔を青ざめさせていた。
 断った場合、間違いなく銀髪の女との戦闘に入るだろう。竜を相手に手加減をし、本気になった途端一撃で倒した銀髪の女と。
 数的にはリューネ達の方が勝っているが、傷だらけの今の状態で勝てるとは思えない。
「どうする?」
「そうね……」
「ええ……」
 三人が目を合わせるものの、全員歯切れの悪い様子で深く考え込んだ。
 だけどレヴェネラは何かを決意したかのように一つ頷き、リューネを正面から見つめた。
「私は隊長であるリューネの決定に従うわ」
 それは無責任に決断を押し付けたものではなく、覚悟を決めた目だった。
 提案を受け入れるなら、リューネと一緒に重荷を背負い、断るならたとえ死ぬこととなろうとも一緒に抗うという、決死の覚悟を秘めた目だった。
「そうね、私もあなたの判断に委せるわ」
 レヴェネラの決死の覚悟を見て、カノンも決心が付いたのか、同じように頷いた。
 生きて偽りの英雄として重責を担うのか、死して真実に殉じるのか、三人の行方を託されたリューネは目を瞑り静かに考える。
 一つ、二つ、三つ、と時を数え、静かに開けた目には決意の色が灯っていた。
 リューネは情報屋に向き直り、決意の言葉を告げる。
「その提案、受けるわ」
「賢い選択、心より感謝します」
 情報屋は仰々しく、演技がかったしぐさで頭を下げてきた。
 三人で偽りの英雄を死ぬまで演じる。
 カノンとレヴェネラがリューネとは違った信念を持って行動している以上、ここでリューネの一存で人生を終わらせるわけにはいかない。たとえ三人が屈辱にまみれ、泥を啜るようになろうとも生き抜かなければならない。自分達の想い描く未来のために。
 最初から選択肢は決まっていたのだ。

「三人の竜殺しの英雄のうち、二人がうちの社員だなんて、社長として鼻が高いよ」
 ブックマンの言葉に意識が現実に戻される。
 自分が経営する会社から英雄が誕生きたということもあり、ブックマンは興奮気味の様子である。
 その様子を見れば見るほど、恩義ある大切な人を欺く罪悪感がリューネの胸を貫き、心のざわつきに息苦しくなった。
 リューネはまだいい。同じ苦しみを共有出来るレヴェネラが近くにいるのだから。
 しかし同じ重荷を一人で背負っているカノンの事を想うと、申し訳ないという引け目を感じてしまう。彼女の意思でリューネに決断を委ねたとはいえ、自分の選択が正しかったのか、もっと他の方法があったのではないか、一人で重圧に苦しんでいるカノンは自分を恨んでいないか。ネガティブな考えが心を闇の牢獄に繋ぎとめる。
 もちろん、過去の選択の正否に答えてくれる者など居ない。
 理不尽な暴力に虐げられ困っている人を守りたい、そういった戦いをするために冒険者に転身したことに後悔はない。
 だけど情報屋の提案を受け入れた瞬間、自分の中にあった槍のように真っ直ぐな信念が折れたように思えてならなかった。
「そのカノンさんだっけ。彼女にも会ってお礼をしたいね。僕の大切な社員を守ってくれてありがとうって」
「彼女なら、また何処かで人を助けるために頑張っていると思いますよ」
 そう言って彼女との別れを思い出す。

 リューネの守る戦いと似て非なる考えを持つ、古エルフと人間の血を持つハーフエルフの少女と別れたのは三日前のことである。
「私はもうしばらく、村の復興のお手伝いをさせてもらいます」
 カザリアに戻る旨を告げた時の会話である。
「私達も出来ることなら、もう少し復興の手伝いをしたいと思っていたんだけど……」
「そんな怪我人集団に居座られても邪魔にしかなりません。物資にも余裕はありませんし」
 実際に冒険会社メンバーの被害は大きかった。大半の者は竜との戦いで傷ついており、無事な者など一人も居なかった。
 そんな状態で行方不明になっていたリリアナ隊とエレナ隊の捜索に出ていたため、村の復興にはほとんど協力出来ていなかった。
 リリアナ達の遺品が発見され、メンバーは疲れと喪失感で動けなくなってしまっており、そうなってしまっては復興作業の邪魔にしかならない。
 仲間から犠牲者が出たということもあり、報告をするためにもカザリアへ戻るなとを決定したのだ。
「その……会ったことはないけど、リリアナさん達のこと、残念だったと思うわ。私も事前に偵察を止めることが出来ていれば、助けられたかもしれないのに…………ごめんなさい」
「別にカノンさんのせいじゃないわ。私達は冒険者、常に危険と隣り合わせなのは当たり前なんだから」
 カノン・パルティという少女の信念、助ける戦い。
 脅威となる敵を倒すためでなく、大切な人を守るためでもなく、全員を事前に助けるために最善を尽くす。それが彼女の掲げる信念、助ける戦いである。
 脅威が迫る前に避難を促す彼女の行動は、理解されにくいこともある。助けたいと願う人から拒絶されることもある。
 それでも彼女は一人でも多くの人を助けたいと願い、行動し続ける。
 彼女自身の悲しい過去が強迫観念のように突き動かし、自分と同じ境遇の人を作り出さないようにもがき続ける。
 そんな彼女の行動は、守る戦いを信条とするリューネも感じ入るところがあった。
 守る戦いなどと宣いながら、今回の竜に対して全く守ることが出来なかった。
 銀髪の女が来なければ、何も守れずに全滅していただろう。
 カノンが進めていた避難活動も、今回は間に合わなかった。
 だけど、もう少し早く避難活動を始めることが出来ていたら、もう少し村の人の理解が得られていれば、竜が襲来してくる前に全員避難させられてたかもしれない。
 リューネの守る戦いは、敵がリューネよりも強ければ、守り抜くことが困難になる。
 しかしカノンの助ける戦いは、敵の強さに依存しない。助ける対象の理解を得て、速やかに避難させることが出来れば、敵がどんなに強かろうと全員を助けることが出来る。
 避難した先に敵が現れなければ、という前提条件付きではあるが。
「カノンさんはこれからも、こういった活動を続けられるんですか?」
「ええ、私の聖音術は誰かを助けたり、元気付けたりするためにあると思いますから」
 彼女は愛しそうに左手の手甲、幻響器ヴァイオリニオンを撫でた。
 そこには母への想いも籠められているような気がした。
「会社に戻ったら、社長に村へ支援物資を送るように頼んでみます」
「ありがとうございます。私だけでは限界がありますので、頼りにさせていただきます」
「カザリアに来たら、冒険会社にも遊びに来て下さい。みんなも喜ぶと思いますし」
「…………お心遣いだけ戴いておきます。私達は秘密を共有する身、真に英雄としての力を持たない以上、一緒に居るべきではありませんから」
 彼女の言う英雄としての力とは、竜殺しの英雄としての力を指しているのだろう。
 いつか今日という日を懐かしむ日が来たとしても、偽りの英雄という仮面を被る以上は会うべきではないと。竜を倒したことになっている三人が揃ってはいけないと。
「すまない。私が軽率でした」
「気を付けてくださいね」
 何度も対立し、刃と拳を交えた友は、呆れたような、寂しいような、そんな切なさの残る笑顔を浮かべた。
「では、私達はそろそろ行きますね」
「わかりました。気をつけて帰ってくださいね」
 二人の視線が交差する。
 そして最後に互いの決意を確認し合う。
「私達が二度と会うことのないことを願って……」
「偽りの仮面を一生被り続ける魂の盟友として……」
「「さようなら」」
 二人は握手を交わすことなく、同時に背を向けた。

 彼女はまだ、オロビア村で復興を手伝っているのだろうか。それとも別の誰かを必死に助けようとしているのだろうか。
 二度と会わないと誓った友と、心の深い部分で永遠に消えない罪と友情によって繋がっているとリューネは感じていた。
(いつまでも引きずっていてはいけないな)
 一度頭を振って思考を切り替える。
 リューネは傷ついた身体を、アルトリアの助けを借りて車椅子に戻した。


その26-2へ続く↓
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