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2019年03月21日14:00

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その13-1】

【創作まとめ】 
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【前回】
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seen22

 巨大な鍋が欲しい。
 冒険者部隊総隊長リューネ・ハーディからの伝言を伝えにきた隊員はそう言った。
 理由はよく解らないが、総隊長の言うことなら無視は出来ない。
 部隊とはそういうものだとレヴェネラは認識していた。部隊長は常に全体を見て指示を出しており、末端の浅い認識で勝手に判断して動くと、部隊の統率が乱れ、組織の崩壊に繋がるかもしれない。
 だから理由は解らなかったが、総隊長の指示なら無視は出来なかった。
 武器のメンテナンスを一時中断し、工房の奥にあった巨大寸胴を引っ張りだし、料金を立て替えて村の中央広場へ持ってきた。
「で、何をするって?」
「今から炊き出しを作るわ」
 リューネのにこやかなる言葉に、レヴェネラは眉間を指で押さえ、しばし考え込む。
 巨大寸胴の使い方としては正しい。こんなもの、店で大量に作り置きするか、大量に配るための炊き出しにしか使わないだろう。
 リューネは砦に戻ると、カノンに村人の避難誘導を手伝うと約束したことを説明した。その一貫として炊き出しを作ることになったのだが、ずっと工房に籠って武器のメンテナンスをしていたレヴェネラには状況が飲み込めないでいた。
「何で私達が炊き出しを作るのよ?」
「村の人達は避難準備で大忙しで、ご飯を作ってる時間さえ惜しいわけ。だから私達が代わりに作って振る舞うのよ」
「何で?」
「何が?」
 レヴェネラとリューネ、二人の頭上にはてなマークが浮かび上がる。
 かたや炊き出しを作る理由が理解出来ないレヴェネラと、理由が理解出来ないことが理解出来ないリューネ。どちらも悪気は無いのだが、二人の疑問は平行線だった。
「だから何で私達が炊き出しなんて作らないといけないのよ」
「言ったでしょ。村の人達は避難準備で大忙しだから、私達が代わりにご飯を作ってフォローするのよ」
 どちらも真顔で、真剣そのものである。
「私達は竜と戦うためにここに来たのよ。村人の世話を焼きに来た訳じゃないでしょ」
「私、気付いたの。被害を出さないように頑張ることも、竜と戦うことだって」
 リューネはキリッと決意に満ちた笑顔で答えた。
「いやいやいやいやっ! 言いたいことは解らないでもないけど、私達は物理的に戦う予定で動いてたでしょ。だから私も皆の武器のメンテナンスを頑張ってたんじゃない」
「そうね。それはそれで頑張ってちょうだい。私達もこれはこれで頑張るから!」
 リューネは炊き出しを作ることに関しては、頑として譲らないようだった。
(周りには村人もいる。ここでは細かい理由は言えないのか?)
 譲らないということは、何かしらの理由があるに違いない。まさかリューネが本心で言っているとは思っていないレヴェネラは、自分を納得させる理由を考えた。言えない理由、隠さなければならない理由があるのだと。
 ならば、レヴェネラの取る行動は一つしか無かった。末端は総隊長を信じて動くのみ、と。
「わかったわ。で、何を作るの?」
「カレーよ!」
「カレー? 聴いたことのない料理ね」
 聴きなれない料理名に思わず聴き返してしまうレヴェネラ。
 ドワーフ族である彼女は、人間社会に疎い部分が少しあった。
 特に採掘や加工といった技術が得意なドワーフ族の食文化は、作業しながらでも片手間に食べられる、現地で手に入る山菜や木の実や果実をメインとした携帯食が多かった。ドワーフにとっての火や熱は、加工する金属と対話する為のものであり、食事を作る為の道具という認識が無かった。
 だから冒険者になるべく人里に降りたレヴェネラは、人の食文化の多様性に驚いたものである。
「そうよ。以前、社長に聞いたの。社長の故郷では、老若男女問わず誰にでも愛され、作り置きして、寝かせれば寝かせるほど美味しくなる魔法の国民食だと!」
「時間を置けば置くほど美味しくなる? そんなのあり得ないわ。料理ってのは、どんなものでも冷めれば不味くなるものよ。いくら私が食文化に疎いドワーフ族だからと言っても騙されないわよ」
 どちらも得意気に胸を張り、火花を散らす。
「ならば見せてあげるわ。私の変幻自在のイリュージョン・カレーを! 食べればきっと腰を抜かすわよ!」
「お手並み拝見ね。常識を覆す奇跡の料理、作れるものなら作ってみなさい!」
 かくして、謎の勝負が始まった。
 リューネは隊員とともにテキパキと動き出す。
 村人の多くが近隣の村へ避難したとはいえ、まだまだ残っている村人も多い。その全員分の炊き出しを作るとなれば、相当な労力と時間、そして材料が必要になってくる。
 リューネが最初に手に取った食材は芋。それをオロビア村二丁目のローエンハイトさん家(ち)から借りてきたまな板に置く。そして一丁目のハインリヒさん家から借りてきた包丁を両手で正中に構え、目を瞑って意識を集中させ呼吸を調える。
「チェストォォォォォッ!」
「させるかあああああッ!」
 目をカッと開いて気合いの一太刀を閃かせようとするリューネに、レヴェネラは水平チョップを繰り出して制止を試みる。
 手刀は唸りを上げて空気を切り裂き、速くしなやかに伸びていく。体重を乗せた一撃は、包丁を振り下ろすために前傾姿勢になっていたリューネに、交差法気味に命中してのけ反らせた。
「目がッ! 目がああああああッ!」
 尻餅をついたリューネは、水平チョップが炸裂した両目を、両手で覆いながら身悶えする。
「お前はまな板ごと両断する気か!」
「だって包丁とか使ったこと無いしんだもん」
 レヴェネラの抗議に、まだ目を擦りながら渋々こたえる。
「だからって酷過ぎるわよ。刃物を扱う素人でもあるまいし」
「だからと言って目はヤメテ。あと刃物使ってる時の攻撃も」
「そういうところは常識あるんだ」
 レヴェネラは呆れながら、まだ尻餅をついたままのリューネの手を掴んで起き上がらせた。
そして右手を差し出す。
「包丁を貸しなさい。私が調理するわ」
 その言葉にしばし固まるリューネ。
 しかしすぐに我を取り戻すと左手を振って断った。
「いやいや、ドワーフ族に料理任せるとかあり得ないわよ」
「どの口が言ってんの?」
 左手の人差し指と親指でリューネの頬を挟み込んで、その頭部を揺らすレヴェネラ。
「ドワーフ族は料理に疎いのは認めるけど、道具の扱いに関してはあなたより百倍上手いわ」
「ふ、ふぁい」
 その言葉に項垂れつつも包丁をレヴェネラに手渡した。
 レヴェネラは調理台の前に移動して立つと、台は彼女の胸元ほどの高さがあった。
「ちょっと高いわね」
 ドワーフ族のレヴェネラは、人間よりも背が小さい。
 鉱山を採掘する際、小さな穴でも掘り進められるように、ドワーフ族は小さな身体でも人間の倍以上の力を出せるように進化したとされている。それ故にドワーフ族は、その小さな身体に誇りを持っている。
 レヴェネラは辺りを見回すと、瓶詰めの飲料水を入れた木箱に目をつける。瓶が割れないように調理台の端に丁寧に並べ、空になった木箱を逆さにして調理台の前に置く。そしてその上に飛び乗ると、調理台の高さがレヴェネラの腰より少し上くらいになった。
「これでよし!」
 レヴェネラは満足げに頷くと、あらためて包丁を手に取った。そして手の中の包丁を愛しむように目線の高さまで持ち上げる。一族の文化を支え発展させた金属に感謝を示し、加工した技術に敬意を示し、人の生活を支えてきた道具と言葉無き会話を交わす。
「いい包丁ね。強くしなやかなガルバール鋼で出来ていて、手入れも行き届いてる。この子の持ち主は、道具を大切に使う素敵な人に違いないわね。こんないい子を剣みたいに扱おうとするなんて、どうかしてるわ」
「だってー」
 リューネは不満げに声をあげるが無視される。
「まずは皮剥きね」
 レヴェネラは左手で芋を持ち、右手の包丁の根元を深く持った。
「刃は浅い角度で寝かせて、包丁を持つ手の親指で回転させるように芋を送る。左手は芋を支えるだけね」
 慣れた手つきで芋の皮を剥いていくと茶色い芋は、夜のベッドで愛する男に身を委せる生娘のように、白くきらびやかな肌を晒け出した。
「キャー、誰にも見せたことのない裸なのにー。くっ、こんな辱しめ耐えられないわー」
「変なアテレコはやめて」
 手持ち無沙汰のリューネを嗜めるレヴェネラ。どちらが上司なのか解らない状態である。
「あなた、こんな技術を何処で学んだの?」
「学んでないわ。この子が全部教えてくれるのよ」
 レヴェネラは右手に持った包丁を愛しそうに視線を送る。
 芋をはじめとする野菜はレヴェネラの手によって、みるみるうちに皮を剥かれていった。
「次に食材を切っていくわけだけど、押さえる手は指を切らないように、サーベルニャンコの手を作るの」
 サーベルニャンコとは、長い牙を持つニャンコ科モンスターである。体長は小さく、人懐っこい性格でもあり、近年では牙をヤスリで丸く研磨して、ペットとして飼うのが富豪層の間で流行っているらしい。
 そのサーベルニャンコの手を模すように、拳を軽く握って芋に添えた。
「刃は軽く当てて前後にスライドさせることで切っていく」
「体重はかけなくていいの?」
「戦闘と一緒にしないで。体重なんかかけたら刃が痛むじゃない。これだから力任せに突くか凪ぎ払うしか考えない槍使いは脳筋って言われるのよ」
 レヴェネラはやれやれといった感じで肩を竦めた。
「なに言ってんの? 槍ってそういう武器じゃない。ドワーフ族なのに、そんな事も知らないの?」
「皮肉の通じない脳筋槍使いに馬鹿にされる屈辱……」
 左手の拳を強く握り締めて怒りに耐えるレヴェネラ。
「ほら、サーベルニャンコの手にするんでしょ?」
「うっさい、黙れ!」
「なに怒ってるのよ」
 レヴェネラは気を取り直して食材を切り分けていった。
 今回の炊き出しは、避難準備で忙しい村人のためのものである。さっと食べられるように、一口大にカットしていく。
「ぐわーっ、たとえこの身がバラバラになろうとも、俺たちは負けはしないぞー!」
「だから変なアテレコはやめなさい」

「あっち、楽しそうですね」
 かしましく調理しているリューネとレヴェネラに、カノンは冷めた視線を向けていた。
「リューネがうるさくして申し訳ないです」
 カノンとトッティの二人は、炊き出しを食べるためのテーブルと椅子を用意していた。
「いえ、重く沈んだ空気よりも、陽気な雰囲気の方が村の人達にも活気が伝わっていいでしょう」
 既に避難を済ませた家から拝借したテーブルを丁寧に並べていく。使い終われば元の家に返す予定なので、タグを貼って誰の家の物なのか判別できるようにしていた。
「これは四丁目のバーゼルハイトさん家(ち)のテーブルで、こっちは五丁目のルードヴィッヒさん家の椅子っと」
 一つ一つ丁寧にタグを貼っていくカノン。
「なんかこの村の人達って、貴族みたいな名前の人が多いです?」
「なんでも中立国ミスバリエ建国の際に階級制度が廃止されて、一般人も好きな名前を名乗れるようになった時に、いつか貴族みたいなお金持ちになって、優雅な暮らしをしたいっていう発展の願いを籠めてご先祖様が付けたらしいですよ」
 アレストリア大陸では昔、七つの国が領土を主張し合い、戦争の絶えない幼き時代があった。自国には無い、他国の資源を求め奪い合い、多くの血が流れた。
 小競り合いが終わって領土の支配者と所属国が変わるたびに人々の心は疲弊し、平和を望んだ。
 しかし、資源と利益を望む王族や一部の既得権益者は、自らの懐を肥やす為の戦いをやめなかった。
 戦いが繰り返されるたびに人々の心は国への忠誠心を失い、民の平和を守らぬ国々に愛想を尽かした。そして平和を望む人々が集まり、七つの国々に反旗を翻した。
 不戦の志を胸に平和を謳い、誰でも分け隔てなく受け入れる為、七国から誰でも亡命出来るように、七国全てに隣接する八番目の国を、大陸中央に作り上げた。
 それが中立国家ミスバリエの起源だとされている。
 故にミスバリエには貴族制度は無く、いわゆる平民と言われる一般階級しか存在しない。
 マギアルクストで初めて、平民選挙による国政議会を発足させ、平民による国家運営を実現したのである。
 そして平和を求めてミスバリエに移住し、市民権を得た人は、新しい人生を迎えるべく、種族に関係無く一度だけ好きな名前に改名することが出来る。この村のご先祖様は、その改名制度を利用して、ちょっとお高いイメージの名前を付けたということらしい。
「お高く気取った生意気な名前だと思ってたですが、その話を聞くと素敵な名前のように思えるです。人間って名前一つに意味を求める不思議な種族です」
「そうかもしれませんね」
 エルフ族のトッティは、不思議そうにタグを見つめた。
「カノンさんの名前にも、何か想いが託されてたりするです?」
「ありますよ。カノンは古代語で《音の輪》という意味があるそうです」
「音の輪……です?」
「ええ、音って発生源から輪のように広がっていくでしょ。私を中心に広がった音の輪にに触れた人と、新しく人の輪を作りなさいって意味らしいです。母に意味を聞いて、父が名付けてくれたって」
 カノンは両手を胸に当てて、思い出を懐かしむ。
「おお! 気取ってない普通の、どこにでもある名前だと思ってたですが、その話を聞くと素敵な名前に思えるです」
「あ、ありがとうございます」
 トッティの独特な言い回しに戸惑いつつも、カノンは感謝の意を述べることが出来た。
(悪気があるわけでは……ないのよね?)
 トッティというエルフは、どうもカノンに興味があるようである。しかし、カノンとは初対面ということもあり、上手く距離を詰めれないでいるようにも見えた。
 カノンは薄々そう感じながらも、敢えて気付かないふりをした。カノンと冒険会社の間には何もなく、ただの行きずりの関係でしかない。積極的に関わる気もなければ、気をつかってこちらから距離を詰める義理もない。
「音の輪……聖音術を使うカノンさんにぴったりな名前です」
「ありがとうございます。でも私としては、こういった竜害の被災者たちと心の輪を広げる意味であってほしいと思っています」
 カノンの心は常に被災者と向き合っていた。それは母親を見殺しにしたという罪の意識から来るものなのか、純粋に困っている人を助けたいだけなのか、カノン自身でさえ理解していなかった。
「それに聖音術は人を傷付けるための術ではありません」
「嘘つけです。たった一曲でボク達を全滅させた破壊力は忘れないです」
「あれはあなた達が話を聞かずに攻撃してきたからですよ」
 カノンとトッティを含む冒険会社の面々との出会いは、戦場だった。
 竜の出現により棲み家を追われたモンスターは、オロビア砦へと逃げてきたのだが、そこに居合わせた冒険会社の面々は、モンスターが砦を襲撃していると判断して激戦を繰り広げた。
 そしてモンスターの事情を察したカノンが止めに入ったのだが、冒険会社を率いるリューネはカノンがモンスターを操り砦を襲撃させていると思い込み、カノンに敵意の刃を向けて戦った。カノンは話を聞かないリューネ達を諌める為に聖音術を使い、リューネ達の体内アニマを刺激することで急性魔力中毒を発症させて倒したのだ。
「火や水といった目に見えるものではなく、目に見えない音で相手の肉体を蝕むとんでもない術です」
「たしかに音は目に見えませんが、逆に火や水といった魔法みたいな力は使えないんです。使えるのは、あくまでもアニマに作用した内容だけですから」
 カノンは周りを見回すと、炊き出しの話を聞き付けた村人が数人集まってきていた。
「たとえばこういう風に……」
 腰に吊るした星奏剣スターライトを引き抜き、左腕は肘を前方へ突き出すように折り曲げ拳を握って顎の近くに添えた。その動作により、左腕に装備された手甲、幻響器ヴァイオリニオンは水平に構えられる。
「まさか……こんなところで聖音術を放つ気です?」
 トッティの瞳は限界まで見開かれる。
「その、まさか、ですよ。奏でなさい、心を照らすメロディを」
「ダメです。こんなところで術を放つと、村に大被害が出るです!」
 トッティはカノンを止めるべく掴みかかろうとするが、軽くかわされてしまう。
 カノンは星奏剣スターライトの峰を幻響器ヴァイオリニオンに張られた糸に対して十字
に交差させ、小刻みに押し引きした。すると短く区切られた旋律が小気味良く連続し、心踊るような陽気な曲が辺りを満たした。
「いやー、カノンさんの演奏する曲は、いつも元気をくれるよな」
「ああ、身体の芯から力が湧いてきて、昼からも頑張ろうって気にしてくれるよ」
「俺なんかこの曲で踊りたくなっちまうぜ」
「ははっ、やめとけ。お前の盆踊りじゃ、曲が台無しになっちまう」
「はははっ、ちげえねえな」
 村人達から楽しげな会話が溢れ出す。どうやらカノンが曲を披露するのは初めてではないらしく、村人を元気付ける為の恒例行事となっているようだった。
 避難準備で疲弊した肉体と、長年過ごしてきた村を出なければならない不安を癒し、村人に笑顔が灯る。 
「せ、聖音術にこげんば凄か効果があっとうと!?」
「え?」
 トッティの急な口調の変化にぽかんと口を開けてしまうカノンだったが、それでも曲は途切れなかったのはさすがと言えるだろう。
「凄か〜、ばり凄かばい。みんな笑顔になっとるけん。なあ、キスティアも聴くっちゃよ」
 目を煌めかせたトッティは、たまたま通りかかったキスティアの服を引っ張って同意を求めた。
「だーっ、スカートを引っ張るな。見えちまうだろ。それよりお前、エルフ方言出てるけどいいのか?」
「あ……えと……こほん。キスティアのスカートの中が見えたところで誰も興味無いです」
「お前、照れ隠しでヒデェこと言うよな」
 キスティアは食材を届けに来たようで、両手には大量の食材が詰まった紙袋を抱えていた。そのため、肩だけ竦めて呆れてみせた。
「私は方言? の方が可愛らしくて好きですけどね」
「だってさ。方言で生活してみたらどうだ?」
 カノンの言葉に便乗して、キスティアは悪戯っぽく笑っている。
「それはダメです。冒険者たるもの、田舎者と嘗められるわけにはいかないです」
「そういうもんかねえ。アンタはどうなんだ?」
 遺憾だと言わんばかりに腕を組んで怒った風に抗議するトッティをよそに、キスティアはカノンに気さくに訊ねた。
「私ですか?」
「ああ。アンタ、ハーフエルフなんだろ?」
「キスティア、それは繊細な問題であって……」
 人間とエルフの間に生まれた子供。人とエルフ、両方の血を受け継ぎ、両方の特徴を持ち、両方と違う存在。
 人間よりも長く、エルフより短い寿命。エルフのように自然と対話する力と、人のように何にでも興味を抱く好奇心を持つ特異な存在。
 長い寿命の中で、変化を嫌うエルフの文化から疎外され、長過ぎる寿命が人の世での生活では妨げになる。自分達とは違う存在を、畏れ拒絶する文化は、人とエルフの間にある少ない共通認識だった。
「バッカ、違う種族だからこそ興味があんだろ。知りたいから聴く。そうしないとお互いに理解なんてできねえだろ」
「そうかもしれないです。けど……」
「ばーか、自分で繊細な問題に仕立て上げてんじゃねーよ。エルフもハーフエルフも人間も他の人種も、見た目は大して変わんねーんだから、もっと歩み寄れよ」
 キスティアは両手が塞がっているため、軽い体当たりでずいずいとトッティをカノンの方に押しやる。
「わりーな、うちのバカエルフが暗い雰囲気にして」
「まだ暗くなってないです。てゆーか、キスティアにバカとか言われたくないです」
「仲がいいんですね」
「あたぼーよ!」
「よくないです!」
 息が合うのか合わないのか、肩で押し合う二人は同時に答えた。
 その様子に、カノンは「やっぱり仲がいいんですね」と呆れつつ肩を竦めた。
「あ……やっと笑ったです」
「え?」
 トッティの指摘の意味が解らず、きょとんとした表情をするカノン。二人はずっと笑いながら憎まれ口を叩き合っていたではないかと。
「カノンさん、ずっと辛そうな表情をしてたです。でも笑ってくれて安心したです」
「笑顔…………私が?」
 演奏していた手を止めて小さく呟くカノン。信じられないと口元を左手で押さえて隠した。
「どうしたです?」
「…………いえ、何でもないです。少し気が弛んでいたようで申し訳ありませんでした」
 戸惑いの表情を浮かべるカノンの豹変ぶりに、トッティも困惑する。笑うという人の感情から来る表情に、何を畏れているのか。
「私、ちょっと別の用事を思い出したので、これで失礼させていただきますね」
 そう言ってカノンはこの場から立ち去ろうとする。しかし、一瞬早くキスティアがカノンの右手を掴んで止めた。
 持っていた紙袋がばさりと一つ地面に落ちて、中から野菜が転げ出た。
「ちょっと待て。アンタの気分を悪くさせたなら謝るよ、ごめん。悪気は無かったとはいえ、少しデリカシーが無さすぎた」
「ボクもです。ごめんなさいです」
 二人の表情は、先程までのふざけ合っていたものではなく、真剣で、カノンを心配しているようだった。
「アンタの事情は知らないけど…………何が悪かったのかも解らないけど、とにかくゴメン!」
「それ、謝ってるんですか?」
 支離滅裂なキスティアの謝罪に眉根を寄せて困った表情になるカノン。
「ああ。アンタの事は全然知らないけど、なんか傷付けたことだけはわかったからな。人を傷付けたら謝る。そこに人種の壁は無いはずだ。違うか?」
「…………違いません」
 カノンは足を止めて二人に向き直る。
 そして二人に深々と頭を下げた。
「こちらこそ申し訳ありませんでした。別にあなた達に気を悪くしたわけではないのです。ただ、自分に行動に驚いて、許せなくて、気が動転してしまっただけですので。こちらこそ気を使わせて申し訳ありませんでした」
 カノンは再度そう言って頭を下げた。
(私には、笑う資格も、人生を楽しむ権利もないのに……)
 カノンの謝罪に、今度は二人が困り顔になる。明らかにカノンを不快にさせたのは自分達だと思っているのに、逆に謝られてはどう接したらいいのか解らなくなっていた。
 カノンは落ちた紙袋を拾い上げ、転がる野菜を袋に詰めていく。
「あの、本当に気にしないでください」
 キスティアはもう一つの紙袋をテーブルに載せると目を伏せ、空になった両手で勢い良く頬を叩く。パァンと渇いた音が辺りに響き、視線を集めた。
 しかし周囲の視線など気にする様子もなく、ニカッと笑う。
「アンタがそう言うなら、オレももう気にしない。重い空気を漂わせてたら、せっかくの炊き出しが不味くなっちまうからな」
「ぼ、ボクも」
 トッティも同じように、両手で自分の頬を思いっきり叩く。
 続いた音に、ますます周囲の視線を集めたが、気にせずニカッと笑う。
「これでわだかまり無しです」
 二人の爽やかな視線がカノンに集まる。
「……え? まさかわ、私もやる流れなんですか?」
 太陽のような眩しい笑顔で二人は頷く。
「「もちろん!」」


その13-2へ続く↓
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