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2019年02月27日20:37

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“市場原理論”を振りかざす属性は、この状態を前にどう考えているのか。

本件での、球団に拠る手法の是非、経緯については別途考察・評価され得るものだけど、
あえてそれとは少し離れて、そして当記事にて改めて思うこと・・。

こうした手法を取らざるを得ない状態・・即ち「転売事情」。
これが如何に問題か、そして肥大化してここまで来てしまったことについて、
今の段で今更言うまでもないことなんだが・・

スポーツ分類やコンサート前売り券など種別に関係なく、「二次流通」なんぞの
屁理屈で、市場原理論なんかを取って付けて正当性を主張していた
(今も尚している)連中は、この状態を前にしてどう考えているのか、だ。

単にやり方に問題があっただけだ・・とするなら、とんでもない「逃げ口上」だろう。

細かい手法の中身についての検証は行うべきも、球団が第一義としているのは
転売行為による「公平性が損なわれること」を防ぐ目的であって、
数多のファンに出来るだけ均等に楽しんでもらおうとする、純然な動機があるからだ。

「公平に」は、多くを対象にしている“催事”の特殊性が前提にあるからで、
およそ一日程度、しかも「商品価値」は毎回中身が変わるがゆえに、
市場原理論なんぞにある理屈とは合致しない要件が幾つもあるからだ。

とりわけ記事にある、
「枚数制限はない。これには、子供会や少年野球団など地域コミュニティー単位でも
購入できるようにする市民球団としての配慮がある」 という骨子。

ここに何を観ることが出来るか。言わずもがな「公益性」だろう。
エンタメ産業ど真ん中、営利行為ど真ん中でありながら、公益性をも重んじている。
ある面では両者に矛盾しがちな要点を僅かに内包しているものの、
こと日本のプロ野球興行が、別途歴史経緯の是非があるとはいえ、どうであれ
スポーツ産業全体から見れば、現代でも「庶民文化の中心付近」に存在している。

だとした時。公益性をまるで無視するなんてことにはならないし、それを
市場原理論なんかで薄弱化、または排除されてしまうことになるならば、
プロ野球が今後も発展や多くから受容されるはずがない。

その時々の個人利益だけ考えるに、単に一回こっきりの催事ならまだしも、
永続的に展開され繋いでいかねばならない性質にある以上、個人利益を重視なんぞ
出来る道理がない。子供からお年寄りまで、属性に関係なく誰でも気軽に楽しめる・・
それを目指し模索するのが提供当事者としての当然な務め。

ファンが多く存在し、その状態を出来るだけ維持しながら尚も増加を目指す・・
そこに市場原理論なんぞ適用しない、または適用させたらエンタメ産業なんて・・
特に日本の風情全体からしてそもそも成立しないし不適当なこと。

その辺を、市場原理論を振りかざし正当化する連中は勿論のこと、
そうではない多くの属性やファンも、この状態を前に今一度考えるべき出来事と
した方がよいだろう。。

広島がチケット大量購入者に身分証&誓約書にサイン
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5516493
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