mixiユーザー(id:1418555)

2019年01月17日03:42

183 view

24回目の震災の日

来年で四半世紀が経過する阪神淡路大震災。
被災したとき20歳やった人は今年で44歳、50歳やった人は74歳。
33歳やった自分も57歳になってしまう。
記憶はどんどん風化し、体験した人もどんどん減っていってる。

それで思うのは、昭和44年の世相。
まだ子供すぎてちゃんとは覚えてないけど、翌年に万博を控えて、なんやようわからんけどまわりの大人たちはやたら元気で、世の中もえらく浮かれてたことはなんとなく印象に残ってる。
うちの家に14インチの日立キドカラーがやってきたのも、冷蔵庫が入ったのもこの頃。
電話もお風呂もまだなかったし、電子レンジはお金持ちの家にしか置いてなかったけど、次から次へといろんな電気製品が家の中に入り込んできてたのが終戦から24年目のあの時期やった。

どこそこのだれそれは戦争中はどこどこに行っててとか、あそこのおっさんは戦地で片足なくしてやとか、戦争体験者がそこら中にごろごろおったし、戦死した人や戦時中の話をする人もどこにでも居た。
太平洋戦争は国をあげての戦争やったけど、前線で戦った人の多くは30歳以下の若者で、その人たちが中心になって復興を遂げ、その象徴として行われたのが昭和39年の東京オリンピックと45年の大阪万博やったんやね。

震災の場合、0歳から100歳まで、すべての年代が体験してるけど、戦場ではなかっただけに、復興を担ったのは少し上の世代やったので、終戦から24年後のあの頃と比べても急速に記憶の風化が進んでいる。
それに、2011年に東北で大きな震災があったことが関西でのそれへの印象を薄めている。
震災と言えば関西でこそ95年のを指すけど、日本全体やと11年のあれやもんね。
でも、それやからこそ、実際に体験した関西人はいつまでも忘れたらあかんし、それぞれの体験を語り継がなあかんのやと思う。

またいつかどこかが次の震災に見舞われるかも知れへん。
そのとき、少しでも犠牲になる人が少なくなるよう、被害を受ける人が出ないようにね。
関東大震災の日が100年以上たっても記念日になってるのもそういうことなんやし。

それにしても、不思議なことに日本が大災害に見舞われるときって、なぜだか決まって政権に問題があるときなんよな。
関東大震災のときは内閣解散直後で、首相が不在。
阪神のときは連立政権で社会党の村山クズ首相が自衛隊の出動要請を躊躇したせいで被害が拡大。
そして、東北のときは民主党政権で管抜け殻首相が我を忘れる。
これって、なんでなんやろね。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する