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2018年07月12日01:09

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元気はつらつ男子大生

元気はつらつ男子大生

初対面時の第一印象は、人見知りが激しい人…というより、やや人間不信気味の人物だというのがすぐに分かった。そして症状は浅いがノイローゼを経て鬱っぽい過去も経験済みなのは、明るげな声とは異なる強張った目で確認できた。
幼少時代のいじめられっ子といったところか、言動が少々おかしい。
取り柄は持ち前の明るさなのか、自己自然治癒でここまで回復したようだが、それでも人間関係は気難しく考えてしまう傾向にあるのか、隠せる筈も無い図体で気づけば隅っこの方で作業する印象は今なお強い。
ただ、明るさに足した彼の持つ『人間好きというか、人間に対する興味』のような性格は声に十分出ており、彼のややおかしな接客用語が周囲に笑みを振りまき、それに対して気恥かしそうな照れ笑いは、俺が持つ内心の心配事を毎回和らげてくれた。
彼に残る問題は過去の決着と、彼を理解する友人の出現といったところか。
話していて分かる事は、彼がそうなったのは彼の持つ『優しさ』に足して、きっと『反論できない』ところがそんな結果をもたらす事になったのだと思う。
表向き『元気はつらつ男子大生』は、常に何かを悩むように作業に取り組んでいた。
打ち明けたい相手が居るが、タイミングが分からない。…そんな感じだ。学生の身分で不規則なバイト時間を設ける彼が、わざわざ深夜に食事をとる為にすき屋に来るという事は、相談相手が俺である事はすぐに理解できた。あとは彼の勇気次第であり、こちらから触れてはいけない話題だと確信していた。

彼が勇気を奮い立たせられたのは、同じシフトの時だった。俺はそのまま深夜時間帯を乗り切る日で、彼の時間は少し前に終了を迎えていた。
まかないを終えた彼が、食器を持ったままの姿で厨房に立つ俺の姿を直視できないような感じで立ちつくしている。大柄な彼だ。横目で簡単に窺えた。
物言いたげで、話を出すタイミングを掴めない。そんな感じだ。彼なりに孤独に生きてきたのだろう。『仕事』という面では人との接触は避けられないが、『個人』という意味では接触するための小細工が必要と感じてしまうのは、孤立した人間に起り易い勘違いだ。

意を決した彼が放った言葉に要した時間は7分だった。彼なりに今後のやりとりを考えたのだろう。思考がマイナスに傾いた筈だろう。異常なほどに長く感じた7分の筈だった。
俺も彼の方向を見ないように必死だった。

元気:『………あの…』
てぃ:『7分!』
元気:『え?』
てぃ:『キミがソコに立ってから、話を切り出すまでの時間だ。…話があるんだろ?』
元気:『…はい。…てか、気付いてたんスね?』
てぃ:『キミを始めてみた時からね。『ん?』って思ったよ。何回も深夜に顔を出して、…早く言えば良かったのに』
元気:『いやぁ…、実際に腹も減っちゃっていて…』
てぃ:『まあいい。相談事だろ? 俺は本気で答えるよ。嫌われてもいい覚悟で答えるよ。キミが今後を前向きに歩けるように、キミを傷付ける勢いで話に乗るよ。誰にでもそうしてるけどね。…それでもいい?』
元気:『はい。…お願いします。…えっと、自分、昔いじめられてたんスよ』
てぃ:『知ってる。大変だったね。何回も泣かされたろう? 何回も死にたくなったろう?』
元気:『え? 知ってるんスか!?』
てぃ:『知らないよ。でも、キミは素直だからね。とても優しい人だ。行動が正直なんだよ。いつも『助けてくれオーラ』が全身から出ているよ』
元気:『………』
てぃ:『キミをいじめていた人は今も付き合いがあるのかい?』
元気:『いえ…』
てぃ:『キミをいじめていた人と似たような人が、この店に居るのかい?』
元気:『いえ…』
てぃ:『…なら、何を気にする必要がある? 同じ事を繰り返す事に怖さはあるかい? 繰り返すんだったら、それはキミが悪い。昔を気にしたまま生きているキミが悪い。逃げ出したいなら死んでしまった方がいいね』
元気:『ずいぶん言ってくれますねぇ…』
てぃ:『当たり前だ。そんな悩みを持ちながら延々生き長らえて俺の視界に入り込み続けられるのはとても迷惑だからね』
元気:『………』
てぃ:『これは俺の予想だけど、キミは一人きりになりたくてアパートに住んでんじゃないか? 地元がどこか分からないけど、そこに居るのが嫌で』
元気:『その通りッス』
てぃ:『そこまでの行動力があるんじゃん。貧乏まっしぐらで腹減った腹減った。…でも、こうやって仕事にありつけ、まかないも食べる元気があって、学校だって行っている。…キミ自身がどう感じているかまでは分からないが、すごい事じゃん』
元気:『そうなんスか?』
てぃ:『ああ、凄いと思うよ。俺なんてバカだから、きっと今頃生きていないか、刑務所の中なんじゃないのかな?』
元気:『どういう事ッスか?』
てぃ:『キミが知らなくてもいい俺の考えだよ。話し戻すけど、キミが一番必要としなければいけない考えは、人を信じることだよ。そしてそれがもう出来ているってことだよ』
元気:『自分、なんかしましたか?』
てぃ:『俺に相談してきたじゃん。こうやって。キミと俺との接点は何だ? すき屋クルー以外で何かあるのかい? なにも無いでしょ? キミからみれば、俺という存在は『偶然この店に存在しただけの赤の他人』の筈だ。違うかい?』
元気:『その通りッスね』
てぃ:『そんな赤の他人に過去の悩みという重要な内容を話そうとする決断がつくってことは、並大抵の決心じゃないと思うよ。相手を間違えれば利用される可能性だって生まれるんだから』
元気:『…………』
てぃ:『いいかい? 確かに暗い過去がキミにあったみたいだけど、今はあくまで昔の話なんだ。『忘れろ』とは言わない。…でも、『忘れろ』!』
元気:『えぇっ!?』
てぃ:『笑って行こうじゃないの。そうすれば、昔なんて時間とともにいくらでも小さくなるし、重要なのは今とか先なんじゃないのかな? キミは過去に執着し過ぎた今を送っている。それじゃイケナイと思うんだよ。俺みたいになると思うんだよ』
元気:『どういう事ッスか?』
てぃ:『何でもかんでも逃げてばかりじゃ目標すらまともに守れない。…で、34歳にもなって、アルバイト生活だ。最悪でしょ?』
元気:『…でも、それでこうしててぃーのさんと逢えたわけですよね?』
てぃ:『…かもね。でも、とにかく、キミはキミが思うほど情けない人間じゃない事は俺が保障する』
元気:『自分、『情けない』って言いましたっけ?』
てぃ:『言ってないよ。でも、いつも毎日、下手するとどんな時にもそう思っているでしょ?』
元気:『……お見通しなんですね』
てぃ:『俺がそうだからね』
元気:『嘘ですよね?』
てぃ:『本当だよ。毎日がハリボテの強がりだ。『俺』という存在が嘘つきなんだ。…でもね、そんな嘘つきにでも、みんな仲良く接してくれる。みんな俺を気にしてくれている。キミもだ。なんでだと思う?』
元気:『分かりません』
てぃ:『だろうね。実は俺も分からないんだ。…でも、これだけは言えるんだ。俺は出会いを大切にしているって。それこそアホみたいに、過剰に』
元気:『出逢いッスか?』
てぃ:『そう、出逢い。決して誰もが好感持てる人じゃなく、誰もがいい人じゃない。でも、そんな出逢いも含め、全員を大切にする気持ちを持つ。全員が彼女で全員が彼氏だ』
元気:『極端ッスね』
てぃ:『…かもね。でも、キミから見た俺ってどう思う? 対人関係』
元気:『モテますよね』
てぃ:『嬉しい表現だね。…でも、そうじゃない。俺が気遣う分だけ相手がお返しをくれるだけの話なんだ。もちろん、全員が全員じゃない。…でも、そうじゃない人も周囲に共感して勝手にそうなっちゃう。そんな俺という存在をキミはモテるって思い込んでいただけの話だ。キミは出逢いを大切にしてるかい? …していないね? もっと自分の視野を広げるべきだ。キミに攻撃する人は誰もいないだろ? 仕事の注意はべつとして』
元気:『はい』
てぃ:『…てコトは、全員を味方につけるチャンスなんだ。それをキミが気付かないだけの話なんだ。キミの過去を知る人はいない。なら、どうしてそんな知らない人に対してキミが怯える必要がある? 向こう側から近付こうと考える人はそうそう居ないよ。キミが近付こうとしないようにね』
元気:『意識的に近付いたら迷惑じゃないんスか?』
てぃ:『みんなでそう思っているから誰も接点を見出せないだけなんだよ。気になるけど近付けない。…でも、そんな規則事は無いでしょ? 自分からそんな思いを崩さなくっちゃ、結局どこまで進んでも仲間なんて可能性も生まれやしない』
元気:『可能性ですか?』
てぃ:『そ。『可能性』…。もしも嫌な相手と悟ったら離れればいい。それだけの話だ。…子供の頃を思い出せ。友達なんか考えて作らなかっただろう?』
元気:『はい…』
てぃ:『自然と出来ちゃうもんなんだ。言葉さえやり取りできればね。難しく考える必要なんてないんだよ』
元気:『少し安心しました。お話出来て良かったッス』
てぃ:『そう? じゃあ、明日のまかないちょうだいね!』
元気:『そりゃダメッスよ!』
てぃ:『おいおいケチるな。金出して250円の相談なんて聞いたこと無いぞ?』
元気:『いやいやいや、でも話が…』
てぃ:『そういったノリで良いんだよ。…すぐに自分を立て直すのは無理だろう。…でも、毎日…そうだな、毎日7分くらいずつ、暗い考えを持つ時間を減らしていこう』
元気:『どうして7分なんスか?』
てぃ:『今回、俺を待たせた時間が7分だったから。やったな、『ラッキー7』だ!』
元気:『へへ…』
てぃ:『どーでもいいけど、まかないの食器をシンクに入れてくれ。カピカピになって洗うのが大変になるんだ』
元気:『あ…。えへへ…』

こんなやりとりだった。俺は毎回の相談事消化をアドリブで進めるため、自分の言葉の隅々までは覚えていないが、それには反して鮮明に覚えている元気はつらつ男子大生の言葉を繋げれば、まあ、俺の性格だからこんなことを彼に言ったのだろうと思う。

すき屋を離れ、ある程度の期間を経て店舗を横切った際、カウンターで業務に取り組む元気はつらつ男子大生を見る事が出来た。外部から信号待ちの間に見た光景なので細かくは見れなかったものの、取り敢えずは元気そうで何よりと感じたものだ。

今度、荒川沖店にでも行ってみようかと考える。一般の客として赴く行為に考えなんて必要ない事だが、どうしても過去の記憶を開けてしまい、その記憶が逃げ出してしまいそうで怖くなる。
今行けば…、そうか、少なくとも4~5年は経っているのか…。


てぃーのの視野

中学校時代の自分を振り返ると、まさに自分もいじめの場面が浮き彫りになっていた頃がある。
いじめは些細な事から発生する。
仲間内のいじめはスキンシップみたいなもので、数分と経たないうちに次の話題に移行するなどして終了するものだが、そんなやりとりを第三者が目にしていて、それを鵜呑みにされた場合に拡大する…といったのが、俺のケースだ。
全くと言ってもいい程に関わりを持たなかった相手が急に俺に対して強気な姿勢をとってきたのが始まりだった。『お前に言われたらおしまいだよ』という、仲間内のやりとりのその言葉が気に入ったのか、誰が居る前でも関係なしにその言葉を口にされるのが苦痛だった。
しかし、もともとは俺の中の無関係な相手だったので、相手にしない内に飽きるだろうと放っておく事にしたが、相手はこちらが反論しない事に悦を感じたのか、誰それかまわず俺の事を言い始めるようになっていた。これが変な噂となると修正が効かなくなると思い、わずかな警告を促すが聞く耳持たず。何を言っても『お前に言われたらおしまいだよ』…と、言い返される。

最終的には暴力で事を鎮圧する結果になった。無言で手加減なしで頭をつかみ、殺す勢いで廊下に叩きつけてやった。
『執拗に後ろから追って来て、同じ事を連呼するからそうなる』言葉こそ出なかったが、何をされたか理解できない相手の顔に向かって思ったのがそれだった。
そんな相手を見つめたまま言ってやったのが、
『言われたらおしまいの相手に叩きつけられちゃ、お前こそおしまいだよね』
…だ。

次の日から俺に関わる事がなくなった相手だが、こちらに向けて恨みを含めた目線を送っていたのは授業中に何度か確認できた。
どうして俺を下に見たくなったのかが未だに疑問だが、その一方で、どうして人は誰かの上に立ちたがるかが更なる疑問だ。

元気はつらつ男子大生の過去の詳細は知らない。でも、予想の通りだと、作り話のような酷い目を見てきた事はなんとなく分かる。精神的なショックも大きかっただろう。きっと家族も見て見ぬふりといった所だろう。
それでも自分で決起し、独立したその行動は正直言って脱帽というヤツだ。

あの時の勇気を武器に、あの時の俺の言葉を生き長らえさせ、正当な意味で友人を今頃つくりあげられていれば、…と、切に願う。
いずれにせよ強い人間だ。

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