「原発雑考」第３４５号の転載です。
2017・ 4・5
発行 田中良明
転載自由
連絡先 豊橋市富士見台二丁目12-8 E-Mail tnk24@tees.jp
春、原発事故
1979年3月28日スリーマイル（TMI）、1986年4月26日チェルノブイリ、2011年3月11日フクシマ。どういうわけか、原発過酷事故の発生は3、4月に集中している。
日本では3、4月は年度の変わり目、教員だった私にとっては学年の変わり目である。そのせいもあって、これらの事故は私にとっては人生の節目に起きた、あるいは人生の節目を形作ったできごとになった。
1979年の3月末に、私は4月からの勤務に備えて豊橋に転居してきた。その直後にTMIが起きた。7年後にチェルノブイリ。このころには地域にもある程度なじんでいたので、ごく自然に地域の反原発運動に係わるようになった。それから25年後、定年の2年前にフクシマ。大学教員にとって定年２年前というのはもう「お役済み」に近い状態だから、私の教員生活は、実質的にはTMIとともに始まり、フクシマとともに終わったようなものである。
チェルノブイリの後、原発の是非をめぐって安全性と経済性を主要な争点にした論争が起きたが、たちまちにして推進派が反原発派を論破しえないことが明白になった。そこで推進派は、原発推進の正当性を立証、説得する努力を放棄し、代わりに安全神話の宣伝に全力投入するようになる。
その安全神話もフクシマで破砕した。原発よりもはるかに優れたエネルギーである再生可能エネルギーの利用が飛躍的に進んだこともあり、いまではまっとうな原発推進理由は何一つ存在しない。そうであるがゆえなのか、推進派はかつてよりもさらに強圧的に原発推進を謀っている。昨年来の、再稼働、運転期間延長、新高速炉建設計画、国民負担による東電救済、被災者支援の切り詰めなどは、その現れである。
定年退職に際して記した文の末尾に「これからは、……たんたんと生きたい」と書いた。残念ながら、淡々、坦々、湛々、眈々のどれを当てても、たんたんとは生きられていないのが、退職から4度目の春の現実である。
脱原発派は負けたのか
福島原発事故から６年。原発推進勢力が政権を掌握し、脱原発は実現せず、その具体的道程も明らかになっていない。このような状況を反映してか、脱原発派は負けたという主張が散見される。
たとえば、『核の世紀 日本原子力開発史』（東京堂出版、2016年）のなかで編者の小路田泰直氏は、
� ＾打楡�権の存在が脱原発派の敗北の証明である
�◆＾汰簡歉磴魎泙牾北簑蠅料澗里紡弍�しなければ脱原発は不可能である
�� 歴史的に脱原発派はそれをやってこなかった
という主旨の主張をしている。この３点とりわけ�，鉢△蓮⊂�路田氏以外の脱原発派敗北論にも共通し、その中心的主張と見なすことができる。
以下では�，鉢△砲弔い道筝�を示す。��についてはスペースの関係でここでは論じないが、掲出書における��の検証はまったく不十分で、論証に成功しているとはとうてい言いがたいことを指摘しておく。
�，砲弔い董� 各種の世論調査が示すように、脱原発指向は依然として日本社会の多数派である。その過半は段階的脱原発指向であるが、彼らも再稼働など個別の問題では政府の推進政策に明確に反対の態度を示しており（これは偶然ではない）、即時脱原発指向との間に断絶があるわけではない。
3.11以前においても、安全であること（＝過酷事故は起きないこと）を大前提にした原発推進が多数意見だった。その安全が神話にすぎないことが明らかになって脱原発指向が多数意見になったのであり、3.11以前と以後で社会全体としての原発にたいする姿勢には論理的一貫性がある。
安部政権の存在は、何よりも旧民主党の自滅の結果であり、原発政策が支持されたからではない。そもそも原発政策は、国政選挙でも立地自治体の首長選挙でも争点化されていない。争点化されないのは、選挙技術的には自民党の争点隠しが功を奏しているからだが、本質的には国民の意思を政治に反映する回路が不全だからであろう。
とはいえまったく争点化されないわけではない。昨年の新潟県知事選では争点化に成功して、柏崎刈羽原発再稼働反対を掲げる候補が圧倒的に不利な力関係をはねのけて見事な勝利を収めている。原発政策の争点化の技法を究めるために新潟の成功は深く研究されるべきだろう。
政治の場から広く社会全体に眼を転じれば、福島原発事故によって司法を含め脱原発指向が広く浸透した。その圧力に押されて、再稼働は難渋し、新設は絶望的になっている。推進派の命脈はしだいに尽きつつある。最近の東芝問題はその一つの現れということができる。現状は、脱原発派が政治的に勝ち切れていないだけである。政治的に勝ち切ることは重要で、そのためになすべきことは多いが、政治的に勝ち切れていないからといって、脱原発派が敗北したわけではない。
�△砲弔い董� この議論は、日本が脱原発を選択すればアメリカは日米軍事同盟（安保条約）を破棄するのかという問題に帰着する。
日米軍事同盟の是非は別にして、そういうことはありえない。日本同様に重要な同盟国であるドイツが脱原発を決定した時にアメリカがそれを阻止しようとしてこの種の圧力をかけたという話は聞いたことがない。この実例だけでこの問題にたいする十分な回答になるだろう。
民主党政権が脱原発の方向を示したときにアメリカ政府は歓迎しなかった。そのことをもってアメリカ政府は日本の脱原発を容認しないのだとする意見もある。しかしこれは誤解である。
核拡散防止を原子力政策の根幹に据えるアメリカにとって、日本の原子力政策で一番好ましいのは「軽水炉（原発）継続、核燃サイクル（＝プルトニウム利用）放棄」で、一番好ましくないのは「軽水炉放棄、核燃サイクル継続 」である。「軽水炉、核燃サイクルともに継続」（従来路線の継続）と「軽水炉、核燃サイクルともに放棄」（完全な脱原発）は、その中間にある。
民主党政権は「軽水炉放棄、核燃サイクル継続」というアメリカがいちばん嫌がる政策を示したから、アメリカは歓迎しなかったのである。日本が「軽水炉、核燃サイクルともに放棄」を決定しても、アメリカが本気でそれを阻止しようとすることはない。上述のドイツの事例がそれを示している。
安全保障にはエネルギー安全保障もある。この面で重要なのは、安全性、供給安定性、経済性、持続可能性、環境親和性が高く、地域発展、平和構築に貢献できることである。「省エネ＋再生可能エネルギー利用」はこのすべてを満たす。これこそが最強のエネルギー安全保障システムである。
逆に原発はこのすべてにおいて十分でないか、劣っている。原発は火力発電に依存しなければ存立不能であるから、そもそも自立性がない。脱原発し、「省エネ＋再生可能エネルギー利用」のシステムに移行することで、エネルギー安全保障はかえって強化されるのである。
�△亮臘イ蓮△い困譴盪�実に反するだけでなく、意図的か否かは別にして、脱原発運動を「脱原発は事実上不可能だ」という敗北主義に誘導する効果を有している。こういう主張が自称脱原発派の一部を含めて存在することは、自発的対米従属性向（事大主義）がいかに根強いかを示すものである。
雑 記 帳
３月まで校区自治会（町内会）の１年任期の防災委員会 委員長を務めた。当番で町内会の役を何かやらねばならなくなり、少し関心があった防災委員を引き受けたら、委員間のくじ引きで委員長に当たってしまったのである。
やってみてびっくりした。仕事は町内会が保有している防災備蓄品の点検だけ。防災に関する問題の決定にはいっさい係われず、意見を述べる機会すらなかった。防災委員会ではなく、防災備蓄品点検委員会だったのである。
それでも校区の防災活動の実態を知ることはできた。その内容は、「わが身を助けるためにまず逃げる」という災害時避難の基本や、地形的に津波や洪水はないという地域の実態などを全く無視した避難方法になっているとか、救援活動を担う要員が全員待機している状態で災害が発生することになっているとか、お粗末を通り越して滑稽にすら感じさせる代物だった。
硬直したピラミッド型組織で、上意下達、旧套墨守でしか考えられず、動けない町内会が防災活動に取り組むと、こんなことになるのだろう。機能しない組織は、いざというときには無益だけでなくて有害ですらありうる。わが校区の防災組織はそうなる危険性が大いにありそうだ。
そのことが分かったのが防災委員長を務めた唯一の収穫だった。わが身は自分で守るほかないことを再確認し、自宅の防災備蓄品を買い足した。
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