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2017年01月21日22:37

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書評 小林多喜二「工場細胞」

今回はプロレタリア文学の代表格、小林多喜二の作品について。先日、ネットのニュースで「実は読んだことない文豪の名作小説!」という記事があって、1位が「蟹工船」でした。蟹を読んだことが無い人が多いのか・・・と思いつつも、ここはあえて蟹ではなく、「工場細胞」について書きたい。このごろ文アルの影響で、タッキーの本を読み直したんだけど、「一九二八年三月十五日」の書評を書くのはちょっとなぁと思って、こちらの方に。

小林多喜二「工場細胞」

蟹缶の「蟹」を捕る船の話が「蟹工船」に対して、蟹缶の「缶」を作る工場の話が「工場細胞」なのだ。(どちらの話も蟹や缶はどうでもいい扱いである。)

最初タイトル見た時、サイバーパンクっぽい、SFチックだなぁと思ったのは大きな勘違い。最初、工場の末端としてこき使われる労働者を意味するのかと思ったら、この本の中では、比較的ポジティブな使われ方をしているからちょっと吃驚した。登場人物の森本が、「工場細胞」として働いてもらおうと思うんだと言われた時の反応。

―工場細胞! 彼はそれを繰り返した。繰り返しているうちに、ジリジリと底から興奮してくる自分を感じた。

え?何、、嬉しいの!? 工場細胞になるって嬉しいものなのか?
元々は生物学の単語cellから来ているそうが、生物学の細胞に擬えて、政治弾圧で「組織」がバラバラになっても自己修復し、増殖するというイメージで「細胞」が使われているようだ。この「細胞」って単語は、生物学のそれでは無く、政治活動組織の単位としての「細胞」を意味するのだ。

「蟹工船」が、搾取に対して反乱を起こす方法が暴力に対して暴力で対抗しようとするのに対して、「工場細胞」での搾取に対する反乱はすごく地味だ。森本は先輩から「これらの運動は、街へ出てビラを撒いたり、演説をしたりすることではないんだぞ」と言われるとおり、工場新聞の発行(数枚しか発行されないで、ほぼ回覧板状態)と、細胞(仲間)になりそうな人物に目星を付けることであったりする。細胞たちの静かな反乱は秘密裏に進行する。会社の吸収合併に伴う人員整理(リストラ)の危機に面した際、工場の労働者を集めた集会が開かれ、専務に対して工場委員会(経営会議みたいなもの?)の委員選出を指名制ではなく選挙制にしてほしいという要望がかなえられる。森本たちの活動は成功したかに見えたが…。


小林多喜二が「文学」にカテゴリーされているのに、ちょっと首をかしげたことがある。確かにプロレタリアートの話ではあるけど、作品数が少ないし、活躍した時期も短いし、文学なのかな…と思っていたし、今でも正直疑問はある。タッキーは文豪なのか?とかね。(文豪の定義って何?って話になってくるので一旦、止めよう。)

ただ、何かを取材したルポルタージュではないし、労働者をテーマにきちんと創作されているのだから、やはりプロレタリア文学なんだなとは思う。プロレタリア文学そのものも1920年代から1930年代前半にしか存在しなかったものだし(弾圧により消滅)、(「実は読んだことない」ランキング1位ではあるものの)現代でも読まれているのは「蟹工船」だけなので、プロレタリア文学も確立した「文学」の一派と言えるのかもちょっと疑問に思う。政治活動の一手段だとは思うけど、「文学」だったのかは、よく分からない。
(今度は、文学って何?って話になってくるので、やっぱり止めよう。)

「工場細胞」の大半は細胞たちの緊迫感のある活動の様子、信頼と裏切りが描かれた物語だが、工場で働く女性たちが生き生きと描かれている点も魅力だ。中でも、お君の描写が素敵だ。

―おいしい! あんた喰べない?
林檎とこの女が如何にもしっくりしていた。
―そうだな、一つ貰おうか・・・・。
― 一つ? 一つしか買わないんだもの。
女は堪えていたような笑い方をした。
― ・・・人が悪いな。
― じゃ、こっち側を一噛りしない?
女はもう一度袂で林檎を拭うと、彼の前につき出した。

このシーンを読んで、隠喩のつもりが隠しきれていない直球な描写と思いつつも、文学っぽいとも思った。お君は売られている林檎、夏蜜柑、梨子の中から「林檎喰べたいな。」とりんごを選び、森本に一口かじったりんごを差し出す。そして、戸惑う森本に、さらにお君は悪ふざけで、自分のかじった方をむける。

性行為の隠喩が食事のシーンだというのは昔から言われているとおりだし、林檎というのは知恵の実、禁断の果実だ。知恵の実を食べたアダムとイブは、自分たちが裸であることを恥ずかしいと思うようになる。森本は、先輩から女のことは気を付けろ、運動を変にしてしまうことがあるからと注意されていたことを思い出し、後ろめたさを覚えるのである。
この後ろめたさが「工場細胞」では様々な形で出てきてキーになってくる。

残念ながら、時代背景や労働運動がよく分からないので、しっくりこない部分が多々あるが、信頼と裏切りの物語の面からみると楽しめると思う。
続編の「オルグ」の方はまだ読んでいない。…が、さらに裏切りの話が続くみたいなので楽しみでもある。
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