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2016年02月17日13:40

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夫婦別姓について考えた

夫婦別姓について考えました。

我らミュージシャンかぶれは
だいたい自由を求めてきたものです。
苗字だって自由でいいじゃないかという論調は
わからんでもないと思います。

ちなみにリバーフェニックスのフェニックスは
ヒッピーで南米なんかを渡り歩いた両親が
歴史や家族に囚われず
勝手に名乗った苗字らしいですから。
さすがヒッピー。自由ですよ。

ただし苗字は英語でファミリーネームって言うのでファミリーのネームですから
家族全員フェニックスですよね。

これを個人の自由と言い出すとファミリーネームって言う翻訳は間違ってますわな。
名前ですよ。長い名前。
夫婦別姓にするからには、
そこにファミリーネームと言う意味を含まないので
山田太郎とか佐藤花子とかが
苗字の様に聞こえる長い名前だと思う。

個人の自由を親が主張してる訳ですから
当然その子供も何と名乗ろうが自由ですわな。
山田太郎と佐藤花子とその長男がベンジャミンフランクリンでOKって事です。

山田と佐藤だって親のファミリーネームですから、そのまま使うのはいかがかと思います。
ファミリーネームの意義を否定するからには
親のファミリーネームも使ってくれるなと思います。

長男が言うんです。
「俺、山田も佐藤も嫌なんで。ファミリーを押し付けて欲しくないんで。個人の自由なんで。ベンジャミンにします。」

「いいよ!いいよ!大いに結構!あっぱれ我が息子!」

こんくらいのことが言える脳が溶けた親がいても自由だと思います。

あくまで制度としては自由の幅を持たせつつ
夫婦別姓の家族は就職活動や面接で
社会の厳しさでも味わっていきゃいいと思います。

最終的には同じ会社なのに名刺の会社名は自由とか
日本人なのにバルタン星人と名乗ろうが自由とか、そう言うのも同じコンセプトだと思います。

個人の自由。どこにも帰属しない長い名前。

ニールヤングが言いましたよ。
「自由、自由というけれど、いったいどの程度の自由が欲しいんだ?」と。
つまり完全な自由は孤立であり厳しいが本当にそんなもん欲しいのか?と言う皮肉です。

自由なんてないから欲しいだけで
制限があるからこそ自由があるんだと。

個人的には
ウチは夫婦同姓でいいんじゃないかと思います。
孔子曰く国をまとめるのも家族から。
家族がまとまらずそれより大きな組織が纏められる訳が無いと。

会社とか国とか家族に囚われない社会。
いつかくるといいですね。

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