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2015年12月27日21:46

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夢の小料理屋のはなし 87

今日で今年の仕事が終わった。

女将さんのお店も、今年は今日が最後の日。
でも、多分常連さんは誰も来ない。
みんな、もう既に帰省したみたいだ。
そう言えば、去年の最後の営業日も女将さんと二人きりで過ごしたっけな。

「ただいま。」
「あ、あなた、今年一年お疲れ様。」
「女将さんもね。今年もまた、二人きりだね。」
「なんとなく、そんな気はしてたけれどね。」
手際良くお燗の準備をする女将さん。
「今日ね、酒屋で今晩飲むお酒を買って来たの。」
「ほう。」
「それでね、酒屋でよくお会いする月島さんって方が、『このお酒は美味いから飲んでみてよ』って勧めてくださったお酒を買ってみたわ。」
カウンターに置かれた瓶は、三千盛。
お燗で旨い純米吟醸、か。
「合うかどうかは分からないけれど、いろいろアテは容易したわ。」

蓮根の天ぷら。
さわらの西京焼き。
いさきのお造り。
豪華、三本立て。
そこに、烏賊の塩辛とあん肝がそれぞれ少々。
「残りものでゴメンね。」
「ううん、上等上等。凄いご馳走。」
「じゃあ、今日は一緒に食べるわね。」

二合徳利をお湯から引き揚げると、それを持って女将さんもカウンターに座る。
お互いのお猪口にお酌し合って、乾杯。
旨味の塊と絶妙な辛さが調和するこのお酒特有の味が、口の中に流れ込んで来る。
「良いね、これ。飲みやすいけど味がちゃんとある。」
「多治見のお酒なんだって。美味しいわよね。」
「食事を邪魔しないし、でも、ちゃんと存在感はある。」
「あら、そう言うとまるで田中ちゃんみたいね、ウフフ。」
うん、確かに。
でも、だ。
「食事を邪魔する大人って、そんなに居ないよね、考えてみたら。」
「ヨネスケさんぐらいだわね、確かに。」
「でも、これを勧めてくれた方には感謝かな。お陰で良い時間を過ごせてる。」
「あら、今度ここへ飲みに来るって言ってたわ。」
「へえ!」
「どんな顔しながらお店に行けば良いのか分からないです、って言われたから、笑えば良いと思うよ、って言ったわ。」
女将さんもアニメなんか見るんだねぇ。
ちょっと驚いた。

今年あった事の話に花を咲かせる我が夫婦。
毎日毎日ここで同じような日々を過ごしているような気になっていたけれど、案外いろんなことがあったんだねぇ。
「時は流れない、それは積み重ねる、なんてね。」
「昔のサントリーのキャッチコピーみたいね。」
「人間もまた、そうなのかもね。」
「私たち、おじいちゃんとおばあちゃんになってもこんな風なのかしらね。」
「それはそれで楽しい老後って気がするけど?」
「まぁ、ね。でも、今はちょっとだけ時間を止めてみたい気分になったわ。」
「どうして?」
「それは、年末の恒例行事だからよ。」

女将さんの顔が近付いてくる。
今年は三千盛の味が入って来た。
三千盛の味を押し返す。
深く、深く…。
ああ、俺、とろけちゃうかもな。

「時間が止まったね、今年も。」
「罪なやつさ、OH、パシフィック。フフフ。」
「女将さん、古いね。」
「時間が止まってるんですもの。」
「もう少し、時間止めてたい気分になって来たよ。」
「そうね、私的にも、もう少し。時間止まる、これ、最高。」
「女将さん、こんな時にどうして矢沢永吉なの?」
「さぁ、どうしてかしら、フフフ。」
「多治見の辛口のせいかな。」
「岐阜のお酒は侮れないわ、ね。」

ちょっと失礼して、僕ら夫婦はもう少しだけ二人だけの時間を楽しむ事にするとして…。

皆様、今年一年ご愛読ありがとうございました。
皆様の次の一年が、今年よりも素晴らしいものになることをお祈りしつつ、今年はこれでお別れしたいと思います。

良いお年をお迎え下さいませ。
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