おかずは問題なかったけど
パンが異常な不味さ
味も匂いもほとんどなくてボソボソ
アレはパンじゃない
あそこまで不味いパンは小学校の給食以外で
後にも先にも口にしたことがない
さらに牛乳を飲むと必ず吐き気が
ご多分に漏れずウチの学校も完食するまで軟禁という
暗黙のルールが蔓延っていたので
何とか飲まないとという強迫観念に威圧されて
無理矢理流し込もうとすると
もう吐き気を抑えきれなくなってトイレに駆け込む
ほとんど毎日その繰り返し
まだ米飯がごく少数だった当時
給食の時間は本当に地獄だった
毎回のように吐瀉する自分は当然周囲から距離をおかれ
完食出来ないので晒し者状態で休み時間も取り残された
4年生の時に自宅からお粥を持参する事を許可されたが
それがさらに奇異の目で阻害されるという負の連鎖
だから高学年になるにつれ学校が嫌いになり
不登校を繰り返し学力も人間関係も破綻していった
多感で大事な時期を滅茶苦茶にしてくれた学校給食という制度
本当に有難う御座いました
給食は時代を映す鏡!小・中学校時代のあるある給食エピソード
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=144&from=diary&id=3728344
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