以前に 同じ題名で書いたお話。趣旨も同じで表現方法を変えております。
オレスイッチ。
昨年の夏、オレスイッチという物が発売された。
当初、コマーシャルもなく地味に売られていたが、その効果が話題となり、その年の冬には国内で知らない者はいない程になっていた。
人の望みはそれぞれ。
若者には、理想の異性を得ることである。
男性なら、グラマーな女。
女性なら、ハンサムで優しい男。
子育てに忙しい夫婦には、子供の健全な発育。
子育てを終えた夫婦には、楽しい夫婦の体験の時間（旅行をしたり、知的好奇心の探求、など生きているという喜びの体験を、共に積み重ねる事）
金持ちになりたい。
有名になり名を残したい。
政治家。スポーツ選手。学者。
などなど、それぞれが、様々な欲望を抱く。
オレスイッチは、人の欲望をかなえるアイテムである。
欲望の内容に制限はない。
但し、宇宙原理を変える事はできない。太陽を二つにしろとか、人間の寿命を永遠にしろとかは無理である。
グラマーな女を彼女にしたい、という欲望は、宇宙原理に関係ないから、その欲望はかなえられるのだ。
人々はオレスイッチを、手に入れると欲望を満足させる為に、スイッチを押した。
欲望は次々にかなえられる。
だが、他の者と欲望の内容が衝突する場合がある。その場合は欲望する思いの強弱により、決せされる。
ある女を彼女にしたい。
しかし他にも多くの男が同じく思っている。
男達の中で、思いの一番強い者が、女を手に入れる。そのとき、他の者達のオレスイッチは壊れてしまう。
オレスイッチは一人に一つだけという制限がある。
人々は、壊れてしまう事を考え、慎重にオレスイッチを使っていた。
しかし、人の欲望は止まらない。
人の能力は様々である。
勉強のできる人。足の速い人。歌の上手な人。お金儲けの得意な人、などなど。
欲望を願う能力が優れた者。
これまでの社会（オレスイッチ登場以前）では、そういう人間がいても、人間は社会的な生き物だから、よからぬ欲望である場合は、社会的な圧力を受けて、その欲望が現実化される事はない。
（但し、社会を構成する人々の歪んだ判断により間違う事はある）
しかし！！
オレスイッチは、個人の欲望を直接、現実化する装置である。他者と欲望が衝突して負けない限り、欲望は叶えられるのだ。
オレスイッチが発売され、一年経った夏の日。
欲望トーナメントが開かれた。
オレこそが、欲望能力一番、という自慢の者達があつまり、欲望の強さを競ったのだ。
当然、勝ち残ったの一人だけ。
優勝者は、その日より、勝ちマン、と名乗った。
勝ちマンは、欲望トーナメントにより、欲望能力が強いことを証明できた事で、それまでは、もしかして壊れてしまうかもと心配して慎重に使用していたオレスイッチを、乱用するようになった。
欲望トーナメントでの優勝は伊達じゃない！
勝ちマンは、商売を始めた。当然様々な場面でオレスイッチを押しまくり、会社の利益は急増。一年もしないうちに莫大な利益を稼ぎ、世界的な企業に成長した。
プライベートな面でも、オレスイッチを押しまくる。
女は選び放題。
金もある。女もいる。
まさに、名前のとおり、勝ちマン、である。
しかし、勝ちマンの欲望は、他者の欲望との勝負により、それに勝つことで得られたものである。
勝ちマンが手に入れた幸せの分は、誰かが不幸になっているのだ。
それが幸せの構造である。
人類の誰もが、この幸せの構造の中でくらしている。
ただ、幸せ側、不幸側、どちらにいるかだけの違いだ。
（限りある資源の取り合い、などなど）
そんな勝ちマンの、一人勝ちの状態が続いていると、オレスイッチを捨てる者もでてきた。
また、捨てるぐらいなら使えるだけ使おう。壊れるまで、つまらない欲望でもスイッチを押しまくる者もでてきた。
交通違反をなかった事に。
人を殺して無罪に。
預金額を二倍に。
浮気が、ばれないように。
おっぱいを大きくする。
顔のシワを無くす。
ＳＥＸの感度を上げる。
などなど、つまらない欲望。かなわない欲望を願いスイッチを押しまくった。
オレスイッチ
その２
やがて、辻スイッチが登場した。
駅前や人の集まる場所で、勝負と札を掲げ、オレスイッチで勝負する連中のことをいう。
辻スイッチは、全国に出現した。
そして気づいた！
辻スイッチで勝った連中は、それぞれが衝突しないように協定を結んで、自分たちより弱い連中とだけ、勝負し欲望を満たせばよいと。
世の中は乱れた。
オレスイッチを使い勝者となった我欲のままの連中が、社会の中では支配的な地位を締め、他の人々を隷属させた。
やがて、我欲の勝利者連中は、単なる欲望ではなく、他者の不幸を欲望の目的とするようになった。
美人な奥さん。グラマーな愛人。賢い我が子。多額の財産。名誉ある社会的地位。
があれば満足していたのに。
それだけでは、満足しない！
他人の不幸を望むようになった。
あのやろうには、昔の恨みがあるから、苦しめてやれ。
オレより、ハンサムだから、失業させてやれ。事故で顔をつぶしやれ。
などなど、なんら利益のない欲望を願い、オレスイッチを押しまくった。
そんな、めちゃくちゃな、時期が数年続いたある日、欲望トーナメントが、開かれた。
かつて、勝ちマンが、勝利した一回目から、１０年以上が経っていた。
しかし、誰も参加する者はいなかった。
それもそのはず。
我欲の勝利者連中は、今の状態で満足していたから、オレスイッチが壊れてしまう危険をおかしたくない。
参加者のないまま、その日は終わった。
が、トーナメント会場に張られた、宣伝ポスター
には「開会日時〜」とだけ書かれていて、閉会日時は記載されていなかった。
我欲の勝利者連中は、欲望能力者のリストを持っている。欲望の強さのランキングを明確にし、互いに現在得ている、社会的利益を適正に確保するためである。
そうすることで 我欲の勝利者連中は、欲望リストに従い、他の多くの人々から不当に利益を奪っていたのだ。
ある日、欲望リストでは、下位にランキングされる者が誘拐された。翌日には、無事解放されたが、その者のオレスイッチは壊れていた。このとき誘拐された者が持っていた、欲望リストも奪われていた。
欲望リストの、下位から順番に、事件が起こった。
町を歩いているとき、家族で食事しているとき、愛人とよろしくやっているとき、突然、一人の男、エトスが現れて対決を申し込んできた。
「オレスイッチを押せ、どちらが強いか勝負だ」
とだけエトスは言った。
なぜだか、断れない。エトスの意志、欲望の意志は強大であることを感じさせる、凄みがあった。すでに勝負は決していたといえる。
欲望リストに記載される、我欲の勝利者連中、は次々に、エトスと対決し勝負に負けた。
やがて我欲最強の男、欲望リストの最上位に記載される、勝ちマンだけが残った。
勝ちマンは、オレスイッチで勝負するまでもなく、殺し屋に暗殺を依頼したが、エトスは生き残った。
エトスがオレスイッチを使い、危険をさけたのかはわからないが、どの様な手を使っても無駄だと、勝ちマンは理解していた。
勝ちマンは、様々な分野の知識人を雇い研究させた。
なぜ、エトスは勝ちつつづけるのか？
エトスの欲望はなんだろう？
不思議な事に、オレスイッチによりエトスが勝った分だけの幸せと、不幸せの存在が確認できなかった。
自己が幸になる分だけ他者を不幸にする。幸せと不幸の総量は同じでなければならない。
それが、オレスイッチによる「幸せの構造」である。
「幸せの構造」では我欲の能力の強い者が、勝利者となる。
一番の勝利者が、勝ちマンである。
勝ちマンに雇われた知識人達にも、エトスに勝つための方法は見つけられなかった。
唯一、エトスに追われいる消極的な立場で勝負するよりも、自分から積極的に勝負に望んだ方が、我欲の内容として、条件がよい、勝つための可能性が高くなると、結論された。
勝ちマンは、欲望トーナメントの会場を訪れた。
そこには誰もいない。
宣伝用ポスターが、壁に寂しく張られている。
勝ちマンは、その壁のポスターに近づき「開会日時〜」に続く未記載の部分に、閉会日時として、本日と今の時間を書き込んだ。
オレスイッチ
その３
しばらくして、エトスが現れた。
二人の間に緊張は無い。久しぶりの友人の再会。そんな雰囲気で、ごく自然に二言、挨拶を交わし、互いに懐からオレスイッチを取り出した。
我欲の強さは、一定ではない。
タイミングを会わせ、もっとも強い状態でスイッチを押すのが、本当の勝負だ。
ホームランを打つ絶好のタイミング。
体調を整え万全の体勢で、入学試験を受ける。
てな具合である。
エトスは、突然、「３、２、１」と叫んだ。
「１」と同時に、勝ちマンもエトスもスイッチを押していた。
このタイミングの合わせ方、偶然にも勝ちマンも同じ方法であった。
最高のタイミングで、勝ちマンの我欲は最高値に高められていた。
数秒後。
勝ちマンの、オレスイッチは壊れた。
手のひらで砂状になり指の間から虚しく落ちる。
「なぜ」
と勝ちマン。
「もう、勝ちマンはいない」
とエトス。
そしてエトスは、その場に自分のオレスイッチを置いて、去った。
後、勝ちマンはホドーと名を変えた。
ホドー（勝ちマン）は、エトスとの勝負に負けたが、それまでに築いた財産や社会的地位いは失わずにすんだ。
しかし、ホドーは、オレスイッチにより、不当になんら根拠無く、築いた財産や社会的地位であることを承知していた。
オレスイッチを無くして、ホドーは気がついた。社会的地位には、責任が伴う。地位いが高い程、責任は重い。
（以前は、すべてオレスイッチで解決できたが、スイッチを失い、自分の能力で解決しなくてはならない。しかしその能力はない）
財産は単なる、個人的な物ではない。
財産は、適正に配分され、社会の中で循環する事で、その役割を果たす。
利益と不利益はバランスが大切であり、バランスが崩れると、利益状態を作り出している基盤が消滅してしまう。
（ホドーは、オレスイッチを失うことで、得ている財産と社会的地位が、自分にふさわしくない事を自覚した）
ホドーは、社会的な地位を捨て、財産の全てを、様々な分野の研究費に寄付した。
エトスとの勝負に負けて、いろいろと理解したホドーだが、一つの謎にとらわれていた。
それは、エトスの欲望の内容である。
エトスの望みはなんだ？
欲望の強さなら、自分（勝ちマン）が負けるはずはない。なぜ、負けたのか？
である。
ホドーは、エトスとの勝負の後、その場所を買い取り、公園を作った。公園の真ん中には、エトスの残したオレスイッチが置いてある。これが最後のオレスイッチである。
勝ちマンとエトスの勝負がついた時、エトスのオレスイッチを除き、現存するオレスイッチは全て壊れ、消滅していた。
ホドーは何年も調べた。エトスの欲望の内容について。
そして、ホドーは１０８歳まで生きて、死んだ。
オレスイッチ
その４
後年、ホドーの研究ノートが発見された。オレスイッチの仕組みについて、書かれていた。
その内容は次である。
オレスイッチのカラクリ（仕様）について。
オレスイッチは、人々の総意である。
総意とは、人々の心の状態と同じで、流動的なものである。
総意の内容は、人々が「これで善い」と考える、幸せについての方法である。
私が、オレスイッチを使い勝ちマンとなった時、人々の総意では、我欲は許されていた。
多くの人々は、個人主義であり、社会全体と個人は無関係であり、個人の幸せと、他者は何ら関係ない、と考えられていた。
しかし、個人が幸せを、オレスイッチにより、現実化してみると、個人の幸せと社会とは無関係で無い事が、表面化された。
社会全体に悪影響を与えてしまう内容の「個人の幸せ」には限度を設けなくてはならない。
しかし、オレスイッチは直接欲望を現実化できてしまうから、幸せの構造として致命的な欠陥を含んでいる。
言い換えれば、人々の総意には、致命的な欠陥が有ると言う事だ。
エトスの欲望について、明確な証拠で確かめる事はできない。エトスの欲望が、当時の人々の総意に則しているのは確かであろう。
でなければ、勝ちマンとの勝負に勝つ事はできなかったからだ。
エトスの欲望の内容について、�´△瞭鵑弔凌簑�が成り立つ。
�．�レスイッチの仕様について変化があったとする場合。
勝ちマンが登場した時には「個人の欲望を善し」とする人々の総意があった。が、やがて人々の総意は変化した。社会的な安定へと総意は変わり「個人の欲望は制限的」となった。
そのため、勝ちマンの個人主義的な欲望は否定され、勝負に負けたのだ。
�▲�レスイッチの仕様について変化は無い。
勝ちマンが登場した時と同じくエトスとの勝負の時にも、人々の総意は「個人の欲望を善し」としていた。
その上で、エトスの欲望の内容が、それまでの多くの人々とは違う事を望んでいた。（個人の欲望を超える欲望を願っていたのだ）
エトスは、彼個人の欲望として、他者の幸せを望んでいたのだ。
エトス以外の多くの人々は、オレスイッチを手にすると「全く個人的な欲望」を欲した。
そのため、個人的な欲望が一番強い、勝ちマンが勝利者となるのだ。
しかし、他者の幸せをも含んだ、欲望を持つエトスと、勝ちマンが対決した時、オレスイッチの勝敗の仕組みは、「個人的範囲に限定された欲望」と「他者を含んだ無限の広がりを持つ欲望」とを比較して、その勝敗を決したのである。
当然、無限の広がりを持つ欲望の方が勝者となる。
�／諭垢料躇佞�変わったのか、または�⊆�分の欲望の中に他者を含むエトスが登場したことにより、勝ちマンが勝負に負けたのか、確かめる証拠はない。
かつて、勝ちマンを名乗った、私としては「人々の総意が変わった」と思いたい。がその可能性は低いだろう。
だが、エトスのような「高い人間性」（他者を含んだ欲望）へ向かい、少しずつ人類は進化している。このことは確実だ。なぜなら、それは私自身が証明している。この研究ノートにそれは示されている。
おしまい。
作 しらじこうてん
アドバイザー よはなたかし
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