昼ごはんに季節外れのそうめんを食べた後、小料理屋の二階にある休憩所の窓際で煙草の煙をくゆらす。
煙が冬に限りなく近い秋の空に向かって昇って、そして、消えていく。
女将さんが、正座して洗濯物を片付けたりしている。
建物のせいもあると思うんだけど、昭和っぽい光景だ。
和室の六畳間。
多分、この木造のお店の中でここが一番昭和っぽい。
自宅のマンションには無い、別の落ち着きがここにはあるように思う。
さて、この窓から見る神楽坂の景色も、すっかり冬の一歩手前と言った感じだ。
今晩も熱燗で一杯かねぇ。
でもその後は、たまにはこんなところで寝てみたい気もする。
天井からぶら下がる電球の明かりを眺めながらね。
ふと女将さんに目をやる。
今日も背中が綺麗である。
煙草の火を消し、後ろから女将さんを抱きしめてみる。
首筋から良い香りが漂う。
「まだ明るいからダメよ。」
「いや、そういう気持ちになったんじゃない。」
「じゃあ、どう言う気持ち?」
「この季節に蝉が居たら、何を思うのかなって不意に思ったのさ。」
「じゃあ、私は木の枝か何かなのね?」
「木の枝にしちゃ、少々よく喋るけどね。」
女将さんから離れ、僕はお茶を二つ入れてみる。
「今晩ここに寝てみたい気がするんだよ。」
「あら、どう言う風の吹き回しかしら?フフフ。」
「たまには飲んですぐゴロンしてみたいなーって。」
「でもあなた、しょっちゅう小上がりで飲んだ後にゴロンしてるわよ。」
「うん、そう言われると何も否定出来ない。」
「でも、良いわ。今日はゴロンしよっか。」
「え?女将さんもここに寝るの?」
「嫌なの?」
「いや、女将さんは嫌がるかなってちょっと思った。」
「私この部屋好きなんだもん。勤めてた頃よくここで寝泊まりしてたわ。」
「へえ、じゃあ小料理屋から職場に行ったりしてたんだ。」
「ちょっと素敵でしょ、フフフ。職場が近かったから、いろいろ便利だったのよ。」
そんな話をしていると、窓際に一匹の猫が現れた。茶トラで、赤い首輪をした…あれ?ミー子?僕が学生の頃に飼ってたミー子そっくりだ。
「その子、最近ここによく遊びに来るのよね、昼間。」
ちょっと試しに名前を呼んでみる。
「ミーちゃん。」
「ニャー。」
間違い無い、ミー子だ。
今じゃ生きてる筈の無い、ミー子だ。
お前、やっぱり蘇って俺に会いに来てくれたんだな。
「ね、あなた最近よく来るもんね、テレシコワ。」
「ニャー。」
…テレシコワ?
何故ロシア名。
しかし、テレシコワと言う呼び名に反応するミー子。
もしかして、もしかしたら!
「なーなー、エリザベス。」
「ニャー。」
「あのね、アンジェリカ。」
「ニャー。」
「聞いてるのか?ドミニク。」
「ニャー。」
この猫は、どんな名前の呼びかけにも反応する。
ミー子、ボケちゃったんだろうか。
まあでも、猫が居るとちょっと楽しい。
そんなグダグダした、土曜日の午後の話である。
ログインしてコメントを確認・投稿する