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2015年06月21日05:32

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元大関貴ノ浪の音羽山親方死去、「とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ」とは言え早過ぎる!

元大関貴ノ浪の音羽山親方死去
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3477118

 関取の若死には常識だと言われているがーーーー

 「大相撲の元大関・貴ノ浪(たかのなみ)の音羽山(おとわやま)親方=本名・浪岡貞博(天19、人17、地21、外23、総40、三才は水金木)(なみおか・ただひろ)=が20日、急性心不全」

 関取の、また過激なスポーツ選手の若死には常識だが、43歳はないはね? 早過ぎる。

 お悔やみ申し上げると共にご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

 名は体を現す、また「とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ」 と言うが矢張り本当だね。

 また何故通夜、葬式が何故名古屋なの? 先代、元大関・貴ノ花に倣って彼女を、奥さんを名古屋から貰ったの?

 奥さんの名前が判ると後家運だったと言う事も判るのだが、多分、奥さんの影響もあったと思うがどうなのだろうか?

 転ばぬ先の杖、良き姓名は「お守り」、悪いとされる姓名の人は改名することで大難を小難に出来るとされるのですが、信じる者が救われている!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1935680097&owner_id=8712738#comment

 と以前に書いているが、本名・浪岡貞博(天19、人17、地21、外23、総40、三才は水金木)(なみおか・ただひろ)は人気運もあり、財運、更には指導力もあったと思うが、命名で一番大事な三才に大問題があり、更に智力胆力が備わり発展もしますが、波乱浮沈の暗示の通りの人生を歩んだと名前が教えています。

 先に何度も、何度も書いていることだが、−−

 『姓名を、先人の智慧をバカにすること勿れ! 今一度言う、また書く、「信じる者が救われているのです。」』

  「とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ」

 「転ばぬ先の杖、赤ちゃん、孫には良い姓名の命名を、運悪く、姓名の構成が悪い人は改名をお奨め致します。」

  蛇足
 
 関取や過激な運動をされる方は水素の錠剤を呑まれる事を奨めます。 尤も良き姓名はお守り、いい名前も考慮されることを併せて奨めます。

 > 長身を生かしたスケールの大きい相撲で人気を博し、大関から2度陥落しながらも現役を続けた大相撲の元大関・貴ノ浪(たかのなみ)の音羽山(おとわやま)親方=本名・浪岡貞博(天19、人17、地21、外23、総40、三才は水金木)(なみおか・ただひろ)=が20日、急性心不全のため、滞在先の大阪市内で死去した。43歳。通夜は21日午後7時、葬儀は22日午後0時半、名古屋市守山区苗代2の1812の平安会館守山斎場。

 青森県三沢市出身。元大関・貴ノ花が師匠の藤島部屋(当時)に入門し、1987年3月の春場所で初土俵を踏んだ。91年には3月の春場所で新十両、11月の九州場所で新入幕を果たし、貴乃花(現親方)、若乃花といった後の横綱や貴闘力、安芸乃島(現高田川親方)らとけいこを重ねて実力を伸ばした。94年1月の初場所後、同じ71年生まれで新入幕も同時だったライバルの武蔵丸(元横綱、現武蔵川親方)とともに大関に昇進した。

 96年初場所では14勝1敗で並んだ同部屋の横綱・貴乃花との優勝決定戦を制し、初優勝を飾った。97年九州場所でも貴乃花との優勝決定戦に勝ち、2度目の優勝を果たした。

 しかし、99年9月の秋場所で足を痛めて途中休場し、カド番だった九州場所も負け越して陥落した。2000年初場所で10勝を挙げて大関に復帰したが、春、夏と2場所続けて負け越し、再び陥落。その後も現役を続けたが、04年夏場所中に引退を表明。年寄「音羽山」を襲名し、貴乃花部屋で後進の指導にあたっていた。

 06年に心臓を患い、緊急入院したこともあったが、復帰後は日本相撲協会で広報部などに所属し、今年春場所からは審判部に移り、勝負審判などを務めていた。【村社拓信】
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