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2015年06月11日03:04

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『ナチス・ドイツとフランス右翼』

「ジュ・スィ・パルトゥ」、これはフランス語をカナ表記したものだが、第二次大戦前から戦争期にかけて、フランスで刊行された右翼系の媒体であり、しかもナチスを徹底的に肯定したことにおいて、フランスの右翼の中でも、ある種、異質といえるかもしれないファシスト系の媒体だった。第二次大戦初期、フランスはドイツに敗れ、北部はドイツの占領下に置かれ、南部は非占領地域としてペタンを首班とする対独協力的なフランスの政府が置かれた。『ジュ・スィ・パルトゥ』は、その中で、北部のドイツ占領地域にあったパリで刊行されていた。『ジュ・スィ・パルトゥ』の編集や執筆に従事していたのは、作家のロベール・ブラジャックやリュシアン・ルバテだった。私は、ジュリアン・エルヴィエという現代のフランスではユンガー研究の第一人者とされる人物の『歴史に反抗する二人』というユンガーとドリュ・ラ・ロシェルの併行考察などから、やはりコラボ派の作家であるドリュに関心を持ち、その弟子であり、初期の右翼時代のブランショも参加していた『コンバ』の編集者でもあったP・アンドリューの大部のドリュ伝やW・スーシィの『ファシスト知識人』と題するドリュ論等に接していたが、他にもブラジャックやルバテその他コラボ派のファシスト作家がいることを知り、ブラジャックについてはW・タッカーの『ファシスト自我』という詳細な評伝を読み、ルバテについても、邦訳が出る前から『残骸』等を拾い読みしてきた。
 邦語でブラジャックやルバテについて手っ取り早く知ろうとするなら福田和也の、私見では唯一のまともな著作でもある『奇妙な廃墟』があるが、この度、そのブラジャックやルバテらが参加していた『ジュ・スィ・パルトゥ』についての研究書が出た。南祐三『ナチス・ドイツとフランス右翼』であり、版元は彩流社であり、担当は、このFacebookでも友達になっている河野和憲さんだ。
 日本に、『ジュ・スィ・パルトゥ』の研究者がおり、またその著書が刊行されるということからして、まず新鮮な驚きだった。しかし、彩流社は、以前にも、ルーマニアのファシスト組織であり、宗教学者のエリアーデやエッセイストのシオランも若き頃に関係していた「大天使ミカエル軍団・鉄衛団」についての研究書を手がけており、以前から、それらに強い関心のあった私には実に奇特な出版社であり、また現代日本のファシスト誌である『デルクイ』の版元でもある。
 南祐三『ナチス・ドイツとフランス右翼』は、著者の博士学位請求論文に基づいたものであり、『ジュ・スィ・パルトゥ』というコラボ(対独協力)派のファシスト紙を取り上げたものであり、フランスのコラボ派と総称される現実において、ペタン政府など政府レベルのものと、『ジュ・スィ・パルトゥ』のような知識人による民間レベルの内容の違いに触れ、そしてブラジャックやルバテらが師弟関係的に深い影響を受けたシャルル・モーラスをリーダーとするフランス右翼のアクション・フランセーズとの関係や違いについて精緻に解析している。フランスの右翼は伝統的に隣国のドイツに対しては反独的であり、そのことは、ある意味で普仏戦争の敗北に対する報復を理念にまで高めたモーリス・バレスがそうであり、またモーラスもそうだ。そのモーラスの強い影響下にあったブラジャックやルバテらが、その反独性から離脱し、親独的立場に到る内的な精神構造の変遷の解明が同書のテーマといっていいだろう。その意味では、ブラジャックやルバテらの思想ではなく、『ジュ・スィ・パルトゥ』という週刊紙の思想的変遷の政治思想史といえるだろう。だから、最後までドイツ側に立つことを宣明していた『ジュ・スィ・パルトゥ』だが、同紙のドイツ観や、それとアクション・フランセーズのドイツ観との違いなどには詳細にふれられているが、『ジュ・スィ・パルトゥ』が対独協力主義の媒体として、当時のナチスとの関係や、ナチスに対する認識などについては、あまり触れられてはいない。それは著者もあとがきで「コラボラシオンの複雑性や協力主義者の道筋を少しでも論理的に説明することに努めた」が、「フランス・ファシズム全体の思想内容やその位置づけの検討がじゅうぶんにできなかった」と言っていることに該当しよう。だが、何事にも多くを求めてはならない。過剰な荷物の積載は、船なら転覆を引き起こしたりするからだ。まずは、「ジュ・スィ・パルトゥ」についての研究書が出たことを評価しよう。ひょっとすると本国のフランスでも、まだ無いかもしれない。
 20世紀の思想や歴史において、「ジュ・スィ・パルトゥ」のような、語られていないテーマは山ほどあるといってもいいだろう。ドイツならば、戦間期ドイツにおける「ドイツ魂の最高司令部」と評されたエルンスト・ユンガーがおり、彼が従事したナショナリスト時代の媒体である『軍旗』『新・軍旗』『アルミニウス』『来るべきもの』その他の解析や、エルンスト・フォン・ザロモンが体験記『追放者たち』や『身上調書』にも書いている義勇軍エアハルト旅団やその後継の地下武装テロ組織「コンスル(執政官)」の歴史、また左翼では、「国民共産主義」を唱えて、ドイツ共産党中央と対立し、支部ごと除名され、新たに、国民共産主義ドイツ労働者党を結成したドイツ共産党ハンブルク地区委員会の「ナショナル・ボルシェヴィズム問題等、探せばきりがない。ナチスについてもヒトラー関連の図書は多く出されているが、しかし、ナチスの反ヒトラー派だったナチス左派についての専門書は出ていない。フランスくんだりの所謂現代思想もいいが、私は、現代思想よりも、上記のような、忘れられた思想や歴史の方に触手が動いてしまう。来月、彩流社から刊行予定の拙著のゲラ校正をしているが、そこでは、中野正剛と東方会、内田良平と黒龍会、蓮田善明と三島由紀夫についての論考をはじめ、日本の戦争や1968年闘争においても、従来、ほとんど(あるいは全く)語られてこなかった問題を取り上げており、日本現代の、知られざる思想史となっているかもしれない。
 ちなみに『ジュ・スィ・パルトゥ』が強い影響を受けていたシャルル・モーラス率いるアクション・フランセーズについては、E・ウェバーによる研究書が白眉だが、私がまだ東京に居た頃、神田神保町の洋書専門の古書店の田村書店で、メラー・ファン・デン・ブルックの『第三帝国』(第三の国)を購入しようとした時、書名を見た店主が、ニヤリと笑みを浮かべ、「旦那、他に、もっと良いものがありますよ」と言わんばかりに奥から取り出してきたものがあった。それはモーラスの研究書とボロボロになったアクション・フランセーズの機関誌だった。両方共、今、私がいる大阪の自宅の書架の奥にひっそりと置かれている。
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