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2015年06月01日12:36

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夢の小料理屋のはなし 46

「女将さんさあ。」
「ん?どうしたの?」
実は、カウンターから呼びかけた時に、決まって右側から身をよじって振り返る女将さんの姿が、僕は好きでたまらない。
それは、菱川師宣の有名な絵のようでもある。
もっとも、女将さんはもう少し現代的な佇まいなんだけれども。

ふと、思うのだ。
僕は、あとどれぐらいこうして女将さんと飲めるのだろうかと。

いつか、僕も女将さんも歳を取って老人になる。
でもさ、もしそうなって互いに皺くちゃになったとしても、こんな風に女将さんの背中を見ながら酒を飲んでいたいって思うんだよね。
それは、僕が女将さんの一番のファンだから。
でも残念な事に、大概は男ってのは女より先に死ぬ。
僕も、恐らくは女将さんに看取らてて死んで行くだろう。
そうなる事に、僕は悔いは無い。
僕の何十年かの人生の最後を女将さんの手を握りながら終える事が出来るならば、男としてそんな幸せな人生も無かろう。
その時、いろんなことを思い出すんだろうな。
ここでこうして一緒に飲んで笑ったこと。
ドライブに行ったこと。
旨いものを食べに行ったこと。
背中を掻いてミーちゃんに笑われたこと。
この店でみんなと過ごした時間のこと。
それから勿論、二人だけの汗の匂いのことも。

その女将さんが最期の時を迎える時に、女将さんの人生の後半に僕が居た事が良かったと思って貰えるような男でありたいと思うのだ。

まあ、随分先の話なんだろうけれど、さ。

「女将さんさあ。」
「ん?どうしたの?」
「あ、いや、何でもないんだけどさ。」
「変なの。」
「でも、今日も綺麗だと思ってさ。」
「まあ、石田純一みたいな事を言うわね、ウフフ。」
「じゃあ、革靴を履く時は靴下を脱いだ方が良いのかな。」
「そうね、でも、あなたはあなたらしければそれで良いわ。」
「僕らしさ?」
「あなたらしさ。」
日本に男と女はそれぞれおおよそ60000000人居るとする。
と言う事は、男と女が出会い、そして、結ばれる確率は3600兆分の1と言う事になる。
結構衝撃的な確率である。
そんな確率の中、僕は女将さんを選び、女将さんは僕を選んだ。
「ねえ、女将さんは、僕が僕らしいのが好きなの?」
「そうね。」
「僕らしさ、って何だろう?」
女将さんは仕事の手を止め、そして、笑いながら振り返って言った。
「それは、そうやって無防備な顔で人のお尻を眺めてる佇まいじゃ無いかしら?」

驚くべきことに、3600兆分の1の確率の決め手は、脱力の先にあったようだ。
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