『再会』
「随分暑くなって来たな・・・」
頬の汗を拭い眼下に広がる岩の砂漠を見て、影はつぶやいた。
まだまだ涼しい北の湖の畔の村を出てから数日が過ぎていた。
荷車を牽くガーグァに少し無理をさせたお蔭で、予想より早く大きな街に着く事が出来のだ。しかし、目的地のロックラックまでの道程を考えれば半分も来ていない。
「上手く飛行船にでも乗れたら良いのだけど・・・」
そう考えつつ今まさに飛び立つ飛行船を見送った。
ここは砂漠の北の境界線、巨大な岩壁に作られた街『ノースラック』
ここから北は岩砂漠と巨大な岩山が続き、その先に徐々に緑が見え始める。更に行くと緑が濃くなり、その先には森林や川、人の生活圏もちらほらと点在し、行く行くは北の湖の村等の有る山麓に辿り着く。
逆にここから南は広大な砂の海でその先には影が目指している『ロックラック』があった。
ここノースラックは自然の岩壁の内部を刳り貫き、その中に生活圏を確保している。水は豊富な地下水を汲み上げ、その水を使った農業も盛んに行なわれている。
岩壁の下、砂漠側には砂上船の港が有り荷降ろしや交易商人の声で賑わい、それら水や農作物、狩猟に加え交易の北の中継地点としての物資によりその繁栄と活気に満ちていた。
まさに北のロックラックなのだ。
その岩壁には中央に幅の広い裂け目が有り、この渓谷は主要交易路として、そして緊急時にはモンスター迎撃用の施設として使われていた。
その為、両側の壁にはバリスタや大砲が、そして途中には巨大な門が設置してある。
そんな渓谷の上、街の天井部分には内部から溢れ出した商人達が開いた市で賑わっていた。
その市を食料と水、そして情報を求めつつハンターズギルドを尋ね探している影の背中に突然後ろから声を掛けられた。
「おいっ、影、影じゃないか！」
振り向いた影が自分に向かって手を振る男を見付けた時、なんとも言えない表情をした。
懐かしさと驚きと、困ったという思いの入り乱れた表情。
一瞬気が付かない振りをして逃げようかとも思ったが、見つかった以上は逃げ切れないと諦め、力無く手を振り返した。
溜息１つ。
「ポッケ村以来ですね、お久しぶりです。で、何故ここに居るんです、武流さん」
「それはこっちのセリフだよ！あとこっちでは『ダヌザ』と呼んでくれ」
その目は目敏く荷台の箱を見ていた。
「はぁ・・・」
溜息２つ目。
影は諦めた。この人には何を言っても無駄だろう。
ポッケ村でパーティーを組んでいた頃からこの男は目敏く、特に面白そう事が有ると必ず参加していた。それならいっそ協力して貰った方が良いと判断したのだ。あの巨大なモンスターと闘う事になるのならこの人程頼りになるハンターも居ないと。
そう決めた影だったが、どう話した物かと考えを巡らせる。そして、意を決して真剣な顔でダヌザを見た。
「ダヌザさん！」
「ん、なんだ？」
影の真剣さに少し気圧される。
「伝説の職人が今何所にいるか知ってますか？」そう切り出した影は話を始めた。もちろんラヴィーネの事は伏せてである。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ロックラックを出航して北の湖の畔の村を目指していたギルドの新型中型飛行船『アイランドウインド』は足が速い分航続距離は短く、直接村まで飛ぶには燃料などに少しの不安があった為、ここノースラックで補給を受けていた。
実はノースラックに寄航する前、アルバトリオンが狩猟されたと言う情報は伝書鷹に因って入っていた。アルバトリオンの脅威は無くなった訳だが、その場合でも救護班はこのまま村へ向かいギルドナイト達も護衛と警戒、村の現状確認も兼ねて同行する事が決まっていた。
そして予定通り補給を受けている間、気分転換を兼ねて外に出ていたダヌザが運良く当事者である影と出会い、より詳しい情報を得る事となったのだ。
「で、ギルドとしてはどうする？」
『アイランドウインド』内の一室でダヌザは同行していたギルドナイトの副隊長クインの顔を見た。艶やかな黒髪を揺らし、少し思案した。そして鋭い眼光が影を見据える。
「その巨大なモンスターが逃げたのは確かなんだね？」
ダヌザの隣に立つ影が頷く。
「その場から居なくなったのは確かです。その後傷付いたハンターの救護をしていましたが戻っても来ませんでしたし、気配も感じられませんでした」
「うん・・・、そうか」
更に考え込んだ後クインは顔を上げ、ダヌザと影を見た。
「我々は、予定通り村に向かおうと思います。あとから出てきた巨大なモンスターも気になりますし」と考えを述べた。
「ダヌザ殿はどうしますか？」
「俺は影を連れてロックラックに戻るよ。アルバトリオンの脅威も無くなったし、急用も出来たしな」
「そうですか、ではギルドか王国の飛行船に同乗出来る様に手配します。この船程速くはないですが・・・あとギルド長への詳しい報告をお願い出来ますか？」
「ああ、それは間違いなく」
そう答えて影を見る。影はその目が少し子供っぽく笑っている気がした。
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ダヌザと影がクイン達と別れて５日程経った頃、ロックラックの工房では１つの防具が完成していた。
「ふぅ、やっと完成じゃて」
額の汗を拭きながら伝説の職人と呼ばれる竜人族の老人は愛用の槌置き、完成したばかりの防具を後ろで見守っていた女性に見せた。
「これがあの娘の・・・」
新緑色のロングヘアー、炉の炎で照らされた雪の様に白い肌は幻想的でこの場に似つかわしくない美しい女性が澄んだ空の様な瞳でその防具を見詰めた。
伝説の職人の手にある頭部用防具はキリン装備に似た角が特徴的だが、キリンの物より見た目強固に見えた。堅い甲殻で出来た額当てにはその中央からキリンの物より鋭く長い角が伸び、耳と側頭部を庇う様に施された翼の形をした飾りが側面にあった。後頭部も丈夫な素材で覆われていたがその上から白銀の毛が植え付けられ、被ればその者の背中を完全に隠す程の長さがあった。そして何よりその輝きは神々しさすら感じる程である。
「まったくとんでもない物を作らせおって、じゃがこれはわしが今まで作った中でも間違いなく最高の一品じゃ。これ程の物はもう作る事は無いかもしれんのぉ」
伝説の職人は完成した頭部装備を満足気に人の頭を模した台に置く。
「素材を集めるのも苦労しましたからね。なによりもうあの子の素材は手に入らないでしょうし」
優しく、少し懐かしく頭部装備の白銀の毛を撫でる。
「確かにのぉ・・・初めて手にした素材だけに苦労したがコツは掴んだ。今度作る時は随分楽になるじゃろうが、全身分作れなくて残念じゃて」
「カカカ」と笑う伝説の職人の笑い声を男の声が遮った。
「そいつは頼もしい」
「カ？」
いつの間にか入り口に現れた男がニッと笑う。
「ダヌザ」
「おっ！エリアも居たのか、丁度良い」
そう言いながら入って来る。
「お主、いつ帰った？」
「たった今だよ」と答えた後、後ろの人物に「入れよ」と声を掛ける。
伝説の職人とエリアがダヌザの後ろに視線を向けると、入り口から大きな木箱を抱えた男が入って来て、そしてそのまま頭を下げた。
「始めまして私はダヌザさんの知り合いで影といいます」
「影！？」
「エッ、エリアさん！」
意外な人物の登場に驚く影。あの事件の後ポッケ村に戻ると聞いていたが、まさかここロックラックで再開するとは思いもよらなかったのだ。
そんな中、伝説の職人は影の抱えている箱を見て神妙な顔をした。
「その箱は・・・？」
「嫌な予感がしますね」
エリアも少し困惑の色を見せる。
木箱を抱えたまま影は伝説の職人の顔を真っ直ぐ見てもう１度頭を下げた。
「この素材を使って最高の女性剣士用防具を作って頂きたい」
「ふぉ！？」
嫌な予感は当たるもの。
「出来るだけ早く」
しかも更に注文が付いた。
影は頭を下げた姿勢のまま動かない。
「まてまて、最高の防具と言ってものぉ・・・」
伝説の職人の反応は当然だった。防具はハンター本人が自分の戦闘スタイルと経験、闘うモンスターの特性、狩場等色々な情報から考察して何を用意するか決めるものだ。
「どんな武器でも使う人ですが、今回使う武器は恐らく双剣です」
「双剣・・・」
「そして闘うモンスターはウカムルバスに酷似した超大型のモンスター」
「それはウカムルバスとは違うの？」
エリアが疑問を投げかける。ウカムルバスに似ているといえばアカムトルムだが酷似しているとまでは行かない。そして、そんなモンスターは他に思い当たらなかったからだ。
「恐らく普通のモンスターとは違います。あの黒い姿、細部の形状も違いましたし・・・」
「黒いってまさか・・・」
エリアの顔色が変わる。うわさくらいは聞いていたのだろう。
その横ではダヌザも渋い表情になっていた。
「あの黒い痣か・・・」
ダヌザは以前黒い痣に覆われたイビルジョーとも闘っていて、その異常さは目の当たりにしていた。だが形状まで変わったものは見た事が無い。
「ふむ・・・、とにかくその箱の中身を見させて貰おうかの」
一瞬の躊躇いの後顔を上げた影は木箱を土の床に降ろし、固く厳重に打ち付けられた蓋を工具を借りて外した。
「やはりの・・・」中身をまじまじと確認した伝説の職人は愛用のハンチングを取り汗ばんだ頭を掻く。
そこには数種類のモンスターの素材が入っており、その中の１つは先程完成した頭部装備と似た雰囲気の物もあった。
「こいつのお蔭で加工のやり方は分っておるがの・・・」
そう言って先程完成した頭部装備を見る。
「じゃがこいつの加工にはより多くの時間と希少な素材が必要なのじゃぞ」
「素材は僕が必ず集めます！」
この答えは予想していた。影が申し出なくてもやらせるつもりだった。勿論エリアにもである。
「エリアも居るし、それは問題無いだろう」と完成したばかりの頭部装備をまじまじと見ながら、他人事の様に言うダヌザ。
「あら？貴方は手伝ってあげないの？」エリアが意外そうに尋ねる。それは直接的には手を出さなくても手伝いはするだろうと思っていたからだ。少なくともポッケ村に居た頃は影では色々と動いていた様子がある。
「ん〜、俺も用事が出来てな。少し遠出をしなくちゃいけないんだよ」
「あの娘の為？」顔を近付け少し悪戯っぽく聞くエリアに「さぁな・・・」と素っ気無く答えた。
「まぁ、この防具が誰の物かは察しが付くがの・・・あの娘は今１７〜１８といった所じゃろ」
「はい」
本来防具はハンター１人１人に合わせて作られる。きっちりとサイズを合わせ、しっかりと装備する事で動きに支障が少なく、頑強な装備になるのだ。
「ワシは１５位の頃のあの娘しか知らん、この年頃の娘は成長が著しいからの、作ろうにも寸法が分らんのでは、作り様が・・・」
「それは大丈夫じゃないかしら」
「多分問題無いです」
視線を逸らし、同時に答えたエリアと影の意見が一致する。
「ひょお？」
驚く伝説の職人。
「あはは・・・」と乾いた笑いをする２人を見て勘付いた。
「不憫な話じゃのぉ・・・」思わず顔を覆う伝説の職人。その横、後ろを向いたダヌザの目尻には光るものがあった。
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