「 月の雫 」 (小さな娘たちの為に)
1.
遠い遠い昔の話 遠い遠い「お国」の話
遠い遥かな昔の話 遥かに遠い「お国」の話
誰も知らない秘密の話 そっと貴方に教えましょう。
真白な雪に、冷たい雪に、その旅人は囚われたのです。
「これじゃ、いけない。死んでしまう」
道を外れて旅人は、深い森へと逃げ込みました。
深い深い森の中、大きな大きな樫の木の、木々の茂った草むらの下、恥ずかしそうにあくびして、小さな「うろ」がありました。
雪に吹雪かれ旅人は、吹雪きを避けて大きな木、裏へ回るとその木の根本、小さな口を見つけました。
「ややや……、こいつは助かった。まだ生きろとの神様の、これはきっと、おぼしめし」
旅のマントの雪払い、それを褥(しとね)と旅人は、大きな袋で口に蓋、体を小さく丸くして、吹雪の終わりを待つのです。
空がだんだん暗くなり、吹雪いた雪も治まって、夜の帳(とばり)は落ちました。
空には丸い、お月さま。漆黒の空に浮かびます。じっと見てるとお月様、群青色の≪笠衣≫ケープを巻きます。星はキラキラ耀いて、でも少しだけ恥ずかしげ。雪に大地は覆われて、真白な世界が生まれます。さすれば夜の帳さえ、景色を少し見せてくれます。
月の光の子供たち。真白な雪に散らばって、飛んだり跳ねたり遊んでは、森のけものも眼を覚まし、神の御業(みわざ)を褒め讃えます。
晴れ渡る空、冬将軍。吹雪が止んでも風は吹きます。深い大きな森の中、しんしんしんと冷えてゆき、幹も梢も大きな岩も、全てのものが凍ってゆきます。
この星眺める月の女神。いつも「みんな」を見ています。皆が見上げているように、女神も皆を見ているのです。月の涙の一滴(ひとしずく)、森の中へと落ちてゆきます。
それは小さ月の精、月の女神の言い付けを、皆に伝えて廻ります。まずは大きな樫の木に、雪はふんわり受けてくれます。
枝を伝って、とんとんとん。「はい、どなた」リスが返事をいたします。
「リスさん、リスさん。助けてください。月の女神の願いです」
「ややや、そいつは一大事。おいらに出来ることならば……」
「この木の下の洞(うろ)の中、凍えて一人旅人が、今にも命を落としそう……」
「それは大変、一大事。でもどうやって助けましょう」
「この森一番、力持ち、灰色熊に伝えます。その旅人は凍えています。どうか添い寝で温めなさい」
「なるほど、そいつは名案だ。でも、灰色熊は土の中。どうして私に出来ましょう」 熊は雪の下、土の中で一冬を眠ります。
リスの頭は小さな頭。月の妖精拙(つたな)くて、けれども額を寄せ合って、あーだ、こーだと、話します。
「そうだ、小さなアリさんがいる。アリさんならば土の中、この木にだって遊びに来るよ」
一目散に駈け出したリス。月の妖精、リスの背中に。外は淡い雪景色。けれども暗い森の中。
枝から枝へと飛び移るリス。逆さまになり、木の幹さえも駆け降りるリス。途中で洞の裂け目を見つけ、躊躇(ちゅうちょ)もせずに飛び込んだ。
しんしんしんと凍える旅人。二人の来たのに何も気づけず。二人はそれを見たならば、リスが朽木(くちき)に歯を立てました。ガリガリガリ……。
小さな小さな赤いアリ。大きな音に驚きます。二人の大きな珍客を、兵隊アリが迎え撃ちます。
「ありゃりゃ、こいつは大失敗。失礼、ごめん、許してください」
「そう簡単に、許してたまるか!」 小さな小さな赤アリ隊長。大きな声を出してみせます。
「小さなアリの隊長さん。どうか赦して下さいな。私は月の女神の妖精です。この度、使者となりました。どうか話を聞いてください」
「月の女神……。それならそうと、早く言え。おいらは冬でも忙しい」
月に女神がいるのなら、この星・地球に「大王」がいます。二人は双子の兄弟です。人間たちは忘れても、生き物たちは忘れません。見上げる空の星たちは、宇宙を彩る神々なのです。
「ほら、この旅人が、寒さに凍えて今にも死にそう。月の女神は知っています。この旅人は善人なのです。愛する妻と二人の娘、村の皆に届けるための、大きな『みやげ』が、大きな袋。月の女神はこの旅人を助けることを決めたのです」
「ややや、こいつは大きな袋。中の宝は何なのだろう……」
「月の女神の頼みが先でしょ……」
「おっと、そっちが一大事。私がどうして断れましょう。女王様に伝えます。伝言、どうぞ、なんなりと」
「いいえ、大事な女神の言葉、私も一緒に参ります」
あらら、不思議。いや不思議でもない。みるみる妖精は小さくなります。ほら、もう赤アリさんと同じです。見て驚いたのはリスさんだけです。そして勤めの終わりを知ったのです。
「さてさて『ねぐら』に帰ろうか。いや、まて、ここに旅人がいる。義を見て施ざるは、なんとやら……」
リスさんは旅人の懐に潜り込みます。旅人の心臓を温めようとの考えです。冬の夜空に、外では月が輝いています。
つづく
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