独婦と美魔女

　独婦と美魔女


　あら、バカな女もいたことだわ。

『……、容疑者……○○子は、青酸化合物を使って、夫を毒殺した疑い……』

　青酸化合物だって？！　なんて馬鹿なんでしょ。そんなの足が付くのに決まってんじゃない。検死すれば出るもの……。

『……結婚や交際をした男性少なくとも7人が死亡……』

　まっ、そんなに。馬鹿ね。安物狙いするからよ。そんなに殺しちゃ誰だって気味が悪いわ。まして殺人なんていけないことだわ。

『……五億から十億……』

　へーーーー、結構な稼ぎじゃない。でも”もっとお金持ちー玉の輿”を狙うべきよ。でも、見てくれが"あれ"じゃね。贅沢は言えないってことかしら。

『……関西圏の十ヶ所の結婚相談所に登録し……』

　少しは頭も使ったわけね。でも調べられて出てくるような”証拠”残してちゃ、ダメよ、ダメダメ！　

　完全犯罪はパーフェクトってことよ。こいつ、ただのバカよ。私は二人で三十億よ。　今のダーリン……、タコを合わせるなら、五十億を超えてしまうわ。あははは……。そうよ。私の場合”不審死”じゃない。すべて証人がいるし、全て死因が”成人病−生活習慣病”とはっきりしているもの。

　


　私だって燃えるような恋をしたわ。そう十代の頃にね。何も知らない”ねんね”だったわ。憧れの先輩に抱かれたの。そしてお腹が大きくなったの。そうよ、私は何も知らなかったのね。

　彼も私も、学校をやめたの。友達のカンパで部屋を借りて、そして彼は働いてくれた。でもあんな時代でしょ。リーマンショックだったっけ。稼ぎは少なかったの。彼は昼も夜も掛け持ちで働いてくれたわ。三人の”愛の巣”を守るんだって言ってくれたわ。そんな彼を、私はもっと深く大きく愛したわ。

　私は大きなお腹でしょ。ただひたすらに彼の帰りを待っていただけ。そして○雄が生まれたの。二人の愛の結晶よ。でも神様も仏さまもこの世にいないことを知ったのは間もなくのこと。派遣先の工事現場て、彼は４２ｍの高さから墜落死したの。

　私は途方に暮れた。でも泣いてなんかいられない。恥を忍んで○雄を母に預け……、東京に出て銀座のクラブで”お水”の花道を行くことにしたの。だって”お金”が要るじゃない。食べさせて育てていくには”お金”が要るじゃない。そうよ、私は今時アイドルに敗けない”○○○！”なのよ。○○○にそっくりなのね。



　一匹目のタコを、二年目には見つけたわ。そうよ、私はトップだった。まだ二十歳前だしね、こう見えて”お嬢”だったのよ、わ・た・し……。母は「……無理しちゃいけないよ。○雄は元気だよ」ってフォトを送ってくれるの。でも父は堅物……。でも、それを見たら私だって努力しなきゃ。日に日に○雄が彼に似てくるんだから。

　たった一人の、私と彼の分身の○雄を医者か弁護士か外交官に育てなきゃ。そのためにはＴ大よ。Ｋ大じゃダメなのよ。学閥があるから。それは"彼の夢"を叶えるためでもあるんだわ。

　そうよ。企業家もしくは資産家よ。でもって私は不動産王を狙っていたの。年の違いなんて関係ないわ。私を守ってくれるのは男じゃない。”お金”よ、お金。１６棟のビルのオーナー。それがタコの財産なのよ。

　そのタコの為に”お仕事”なんてすぐにやめた。そして、お花・お茶・お料理の”花嫁修業”を始めたの。そして英語とフランス語も始めたの。そのことにタコも熱心だったのね。「お前をファーストレディにする」　ほら、確か映画が有ったじゃない。マイフェアレディじゃなくて……、そうプリティウーマン。彼は”じゃじゃ馬馴らし”したいんだって。



　そうよ。お料理に拘ったのよ。”医食同源”て言うじゃない。食事一つで毒にも薬にもなるの。”フグの毒”だって。ダメよ〜、ダメダメ！　そんなのすぐにバレちゃうわ。もっと頭を使わなくちゃ。バレる毒なんて作るの簡単よ。漂白剤だって毒になるもの。でも、造るまでもなく、道に落ちてたりするわ。おっと、これは言い過ぎね。森にハイキングに行けば”トリカブト”や”毒キノコ”が有るわ。

　”生ガキ”だって腐らせておけば食中毒に出来るし、体力がなければそれで死んじゃうかも。”貝毒”ってスパイなんかが使うらしいわ。でも、検死で痕跡なり証拠なりが出るでしょ。それは下手なのよ。　

　『じゃ、どうするんだ』だって。”料理は愛情”っていうでしょ。それと時間と機会を使うのよ。要は死ねば良いんじゃないの。美味しい料理をどんどん出せばいいのよ。セックス？！　ご奉仕するわよ。ただ妊娠線は隠せないわ。でも彼は納得づくだから。女々しい事なんて言わせない。もうプロレスなみよ。ははは……。

　糖尿病や腎臓病や肝臓病じゃダメなのよ。時間が掛かりすぎるでしょ。誰かの前で、みんなの前でコロリと行くのが理想的。ピンピンコロリが理想なの。だから"腹上死"も可能性として残るけれど、医者を呼ぶだけ面倒だし、また見られるのも嫌でしょ。彼がどこか他所で、誰かとするなら問題無しよ。



　私？！　私はプロポーションの為に節制するのよ。彼に食べさせればいいのよ。よしんば糖尿病にでもなれば病院へ行けばいいのよ。要はあせらないこと。ここが大事。そのための"玉の輿"だから慌てないでいいのよ。

　「お前の料理は日本一だ」そう言って彼は誉めてくれたわ。そして彼もスポーツジムやボクシングジムに通っていたのよ。彼は四十代だったけど"男"を意識してたのよね。よせば良いのにリングに上がってスパーリングの真似事したのよ。ううん、その時は何も無かったの。リングから降りる時に足を滑らせたんだって。ジムの人が話してくれた。初めは「脳震盪でも起こしたんだろ」って皆が思ったんだって。けれど事実は脳卒中を起こしてたんだって。

　どう？！　これって事故死でしょ。みんなの前よ。私が何か関与していたわけじゃない。これは彼の不運なんだわ。そりゃ私だって初めはジョギング、そしてランニングには付き合ってあげたのよ。それを見て近所の人は"おしどり夫婦"とさえ言ってくれてたわ。

　"遺産相続"だって？！　そりゃ結婚したんだから籍も入ってるわ。そのために結婚式も披露宴もしたんだから。これは先の彼とは無かったんだから。女だからウェディングドレスは着てみたいわ。金襴緞子の帯もしてみたいものよ。



　お葬式？！　きっちり”涙に暮れる”わよ。そう、”泣き女”以上に泣いて見せるのよ。「私はこれからどうすりゃ良いの……」大げさに泣いて見せれば良いじゃない。親戚だって私の献身ぶりはどこかで見てるわ。遺産相続なんて、お金のことなんて何も言わないの。だって”あっち”で勝手にやってくれるわ。話がこじれれば”腕の良い弁護士”に頼ればよいのよ。

　何のための八年なのよ。彼の死因は明確なのよ。法定相続で何の文句が私にあるの？！　それより問題は”次のタコ”をどうするかってことだったわ。

　結婚相談所……ノンノン！　八年彼と暮らしてて、何度かパーティーにも”御呼ばれ”してたの。それにお上品な”お友達”もいるじゃない。部屋で一人泣いていたら、皆がいろいろと「遊びに行こう」とか、「合コンしよう」とか。「良い人を世話したい」なんてね。誰かが言い出すのよ。

　何も自分で走ることはないのよ。果報は泣いて待つだけのことよ。二匹目のタコは「彼の弟」が話を持ってきてくれたのよ。ほらティッシュペーパや紙おむつでＣＭしてる○○製紙よ。西日本の山林王でパルプで財を成した山林王よ。これは”後添いさん”だけど……。でも、こっちも”Ｘ２”だもんね。玉の輿なら文句は言わないのよ。爺なら逆に楽なもんじゃない。もち、”婚前契約”なんて無用よ。見合したなら誠心誠意尽すだけ。私の若さと美貌で爺なんてイチコロなのよ。



　セックス？！　あんたも好きねェ〜。相手が爺なら、ただ恥じ入って寝てればいいのよ。後はどうぞ、ご自由に……。女に料理は武器なのよ。けれど、爺って、あっちへこっちへと観光旅行に出かけるのよね。これなら私も楽なんだから。だって豪勢な料理が毎回出てくるもの。それで付いた贅肉は一人の時に落とせばいいの。爺は一人であの世に駆け足しだすのよ。

　彼の場合は”仕事一筋”だったわ。だけど可哀そうに……。「失われた２０年」よね。その最後の年に組合と揉めたのよ。ほらデフレ不況で人が溢れた時。ほら、ブラジル移民たちがみんな馘首されて追い出されたり派遣切りで失業者の溢れた時、こっちはこっちで大変だったの。彼ったら組合幹部と取っ組み合いの喧嘩して……。還暦過ぎた爺なのに……。高血圧なのに……。

　そうよ。組合と揉みあって脳溢血起こしたのよ。啖呵切ってて、組合相手に大声で罵ってる最中に……、プッツン起こしたみたい。そう、いい女が男を掻き立てるのよね。あはは……。でも、いけないのは本人よ。組合幹部もいけないけれど、彼の漢気がイケナイんだから。

　そして、あの手を使うのよ。お葬式で「私はこれからどうすりゃ良いの……、ヨヨ与……」なんてね。そして果報は寝て待てばいい。それ相応の弁護士を雇えばいいの。



　今のタコ？！　そうね。何かステータスがあってもいいわね。もう”お金”はたくさんよ。でもいくらあっても困らない。置き場が無ければ銀行が有るじゃない。それも、幾つも有るじゃない。逆に”取られないか”の心配も出てくるわ。

　だから、それなりの大き目の金庫は必要よ。マンションは保安員がいるやつよ。だって豪邸に一人って危ないでしょ。人もいて不経済でしょそれが理由よ。豪邸は親族にさっさと譲ったの。だってお金は便利でしょ。少々目減りしても文句なんか何も言わない。それは弁護士に言わせればいいもの。

　”傾城・傾国の美人”とか言われ出すと、いい気はしないわ。でも二人も死ぬと、私に何の罪が無くても言いだす女がいるのよね。勘の良いのが何人か出て来たわ。それって嫌でしょ。不味いでしょ。

　だから私は、あ・わ・て・な・い。聖女と後家に専念するの。そしたら”人の噂も七十五日”とか、なんとか。でもそれじゃため。何年掛かっても良いの。だって私は魔女だもの。綺麗を続ければ、タコの方からネギ背負って来るのよ。



　ほら、テレビに出てる某代議士。「興産あるを恥とせず」なんだって。東京に凄い豪邸持ってるんだって。お庭が広いの。まだ葉山と軽井沢と阿蘇にも別荘があるんだって。
　
　そういうふうに「タコが言うのよ」わ・た・し、じゃないわよ。……。……。



　　　阿保らしいので、ここらで拍子木！　

　　「いい年して」鼻の下伸ばすのが”好かんタコ”なんだよ。

　　　老境に入れば、わてのように、タバコふかして「仙人」になるがよろしい！　



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ではでは