医師国家試験受験記（番外編その２）

番外編その２：人生を変えた別れ

今から３年ほど前、恋人と別れました。会う事も連絡を取る事も、きっともうありません。
付き合い始めた頃、彼女は大学で経済を学んでいると言っていました。昔から株や金（白金）を運用していて、ここまで順調に増やしてきた。将来は大手証券会社で主席アナリストになるのだと。僕とは全然違う道だし、僕自身はお金を稼ぐ事には不得手だから、凄いと思ったし、応援したいと思った。金塊や大手企業の株券を見せられた時は、衝撃的だった。
でも、変だった。カラオケやボウリング、映画などデートで学生証があると良いのは明らかなはずなのに、毎回持っていなかった。何度言っても「今日忘れちゃって」の一点張りだった。
付き合って１年あまり経った時、大事な話があると言われた。でも、その日はどうしても話してはくれなかった。翌日になって、スカイプで話をすると言われ、そこでの会話を始めた。不穏な空気だった。トイレの為に一度僕が席を立ち、戻った時には既に通信は切られており、チャットのメッセージが残されていた。
実は大学を中退していたのだと。自分のお金で買ったものでも、彼氏に買ってもらったようにしか思われず、友人から羨ましがられるのが苦痛でやめたのだと。ずっと隠していたけど、耐えられないから別れるのだと。これが自分にとって精一杯なのだと。
訳が分からなかった。だから、手紙を書いたり、直接訪ねたりして、（今思えばストーカーの様なものだけど）何でも良いから話がしたかった。出来る事なら、別れたくは無かったし、辛い思いをさせたなら謝りたかった。その後、具体的に何がどうなったのかは覚えていないけれど、また付き合い始め、今度は別の道を目指す手伝いをする事になった。
僕自身は、塾講師と家庭教師で十分な経験を積んでいるつもりだったから、彼女にもう一度大学に行ってもらう手伝いをしたいと思っていた。中退した大学は文系ではトップクラスだったし、資産運用の話から、能力はあると信じていた。本人は解剖をやってみたいと言っていたのと、僕と同じ道を歩みたいと言ってくれたから、医学部を目指そうと云う話になった。
僕自身の持てる力は全て使った。各教科の考え方も、問題を解く技術も入試の情報も、全てのノウハウを惜しみなく。一度目の再受験は全く良い結果が出なかったけど、始めたばかりだし、元が文系だから、仕方が無いかと思った。でも、一向に真剣にやるような雰囲気は無かった。その内、地道に勉強するよりも、運用した方がはるかに資産は増えるんだから、こんなことをやるのはバカバカしい等と言い出す様になった。前の大学に戻る様に提案しても、拒絶する一方だった。時々、別れたいと言われ、その度に説得した。
でも、このまま一緒に居ても、お互い幸せになれないのは何となく解かっていた。
だから、ある日、別れを突き付けられて、僕は受け入れた。そうしたら『ずっと一緒に居るって言ったのに、嘘つきだ』と憤慨された。明くる日に帰宅すると、郵便受けに『殺しに行きます』とのメモが入っていた。思考が止まった。
だが、その後、玄関の扉を叩く音が聞こえ、覗き穴を見れば彼女の姿があった。チェーンをしたままドアを開けると、包丁が見えた。咄嗟に扉を閉めると、包丁は挟まって下に落ちた。そのまま包丁を取って、室内に入れた。扉を開けると、大泣きする彼女が居た。
そのまま、抱き締め（というか、抑え込み）、必死に宥めた。思い返せば、とても危険な事だったけど。
宥める中で、徐々に別れる方向に持っていかなければならないと悟った。そして、彼女自身がその後の人生を幸せに送れるようにしてやらないといけないと思った。そうでなければ、僕の身の破滅を招くのは明らかだ。警察を頼るのも禁忌だ。相手が前科者になれば、いずれ報復されるだろう。
それからは違う意味で必死だった。無い知恵を振り絞った。何が正解かは分からないし、殆ど相談できる人もいない状態だった。本当は好きで仕方のない相手だったから、このまま続けられる方法を模索した事もあったけど、結局は諦めた。本当は大学に入った事さえ無かったからだ。それを知り、僕はやっと決断できた。
半年以上かけて、別れられる様になった。彼女は一念発起し、医学部に入っているようだ。彼女が嘘をついていないのならば、ね。
もちろん、僕自身が恋人として理想的だったとは思わないし、申し訳ない事も沢山あった。だから、これで良かったのだろう。
ただ、一つだけ、僕にはやらなきゃいけない事がある。
付き合い始めた直後に、一度、別れを告げられた事があった。そのときに、頼まれた事だ。
彼女はアトピー性皮膚炎で苦しんでいた。痒いのは勿論だけど、見た目があるから、本当に辛いのだと。世の中には、アトピーで苦しんでいる人が沢山居るから、根本的な治療法を見つけて欲しいと。
それが、僕が医者になってしたい一番の事。
夢なのだ。
動機としては、褒められたものではないだろうけれど。
数ある病気の中で、具体的に苦しんでいる人々を現実的に考えられた初めての病気。
それがアトピー性皮膚炎だから。
これまで何年か勉強してきて、少しずつ見えてきた。
治療法や発症のメカニズムもいくつか仮説を立てた。
もっと臨床経験を積んで、自分で研究プログラムを立ち上げられる様になったなら、本格的に確かめてみるつもりです。
だから、どんなに不便だろうと、他の医者の様には稼げなかろうと、僕は大学病院で生きて行こうと決めました。
アトピーで苦しむ人が一人でも少なくなる様に。
何年かかるかは分かりません。
でも、必ず出来ると信じて。


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国家試験まで残り117日
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第一章：試験を受けるその前に
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第二章：マッチング
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第三章：医師国家試験とは
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第四章：分析（数値編）
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第五章その１：自己分析（前篇）
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第五章その２：自己分析（後篇）
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番外編その１：患者さん？患者様？
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番外編その２：人生を変えた別れ
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見返したいのに今は無理……！　元カレに知られたくない現在の姿5選「体重が1.5倍に」「独身のまま」
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