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2023年08月21日17:48

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『不安は魂を食いつくす』感想

〜ニュー・ジャーマン・シネマを牽引したライナー・ベルナー・ファスビンダー監督が、1955年製作のダグラス・サーク監督作「天はすべて許し給う」の物語を下敷きに、愛に起因する苦悩や残酷さを鮮やかに描いた傑作ドラマ〜
〜ドイツ、ミュンヘン。夫に先立たれ掃除婦として働く初老の女性エミは、ある雨の夜、近所の酒場で移民労働者の青年アリと出会う。2人は恋に落ちすぐに結婚を決めるが、エミの子どもたちや仕事仲間からは冷たい視線を向けられる。それでも愛を育んでいくエミとアリだったが……〜
〜1974年・第27回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞し、ファスビンダー監督の名を世界に知らしめた。日本では2023年7月に劇場初公開〜

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今作は予告編を見た時から、絶対観なきゃいけない作品だと確信。
また大好きなベン・ウィショーさんがあるインタビューで「4つの好きな映画」を聞かれて、今作をその中の1本で挙げていたというのも、観賞理由。
(ちなみに、その4作とは、今作、『田舎司祭の日記』『オープニング・ナイト』『ピアノ・レッスン』

あっ、ちなみに、邦題は『不安と魂』という時もあるみたいです。

冒頭。雨で路面が濡れている。そこにぼんやりとネオンライト。
アラビア音楽がかけられているバーに、思い切り場違いモードのエミが入ってくる。
ひょんなことから、モロッコ人のアリとダンスすることになり、少し話をして、心が通じたのか、エミは家に招き、雨も止まないのでアリを泊まらせる。
面倒見がいいエミは、アリに美味しいコーヒーも淹れてあげて、2人は急接近。
大家から、契約で、他人を住まわてはいけないと言われた時、エミは思わず「私たちは結婚するから」と言ってしまい、本当に結婚する。

ちなみに、エミの姓はクロウスキーで、これはポーランドの姓。
夫がポーランド人だったのはわかったのだが、エミもポーランド人?結婚して一緒にドイツに来たんだったかな?
戦時中はナチスの党員だったっていう台詞があって・・・エミとアリは結婚後、ヒトラーがよく通っていた(かつエミがいつかは行きたかった)イタリアンレストランに一緒に行くというシーンがあった。

エミには子どもが3人いるが(息子2人、娘1人)、皆、独立していて、現在、交流はああまり無さそうだ。

結婚したことで、2人はあちらこちらで差別を受ける。
・エミの常連店にアリが行くと、品物を売ってもらえない。
・アパートの隣人たちからは、エミは慎みがないと陰口をたたかれる
・仕事場では、いつも4人一緒に働き、休憩をとっているのだが、仲間外れにされる。
・屋外のあるレストランで食事をとろうとしても、サービスしてもらえない
・エミの子どもたちは、アリにあからさまな嫌悪感を見せる

しかし、アリの友達が来て音楽がうるさいと隣人たちが警察に通報したとき、警官が「特に問題ない」と帰って行ったのが妙に印象に残ったな。

エミ「旅行に行きましょう。帰ってきたら、きっと状況は良くなっているわ」
そして、実際、良くなる。

・新しくできたスーパーにお客をとられるようになった小売店は、上客だったエミに優しく接して、戻ってきてくれるように頼む。
・隣人の1人が、大きな地下室を持つエミに、そこに少し荷物を置かせてほしいと頼んできて、エミはアリをその手伝いに行かせ、隣人の態度も変わってくる。
・仕事場では、メンバーの1人が盗みで辞めさせられて、その女性の替わりに、若き新人(確かユーゴスラビアからの出稼ぎ)がかなりの低賃金で入ってきていた。
その盗みやら、新人さんの話題のおかげで(!?)エミへの波風は和らいでいった。

ようやく周囲が落ち着いてきた。事態は好転した。
だが、エミは安心しすぎたのか、アリに対してあまり気を遣わなくなる。

アリ「クスクス食べたい」
エミ「そんなの無いわ。作れない。いい加減にドイツ料理に慣れなさい」

また別の時、エミは隣人たちに「アリは(他の移民労働者たちと違って)清潔だし、力持ちなの。腕、触ってみる?」
と誇らしげに、されどアリの気持ちは考えずに、アリを見世物のようにする。

アリは、以前つきあっていた、冒頭のバーのオーナー女性の元へ行く。
オーナー女性はおそらく同郷で、すぐにクスクスを作ってくれて、そして2人は・・・。
アリは酔って帰ってきて、エミはアリを部屋には入れなかった。

アリはどんどん家から離れてゆく。
以前はエミにお給料をそのまま渡していたが、賭け事(ポーカー)もするように。
エミはアリの仕事場(車の整備工場)に行く。
だが、そこでは立場が逆になり「モロッコのおばさんかい?」とまで言われてしまう。

アリが出て行って、エミにはあの孤独がまたやってきた。
一度誰かを愛してしまってからは、以前よりも更に辛い孤独感だ。

エミはアリを探して、あのバーに再び訪れる。アリはいた。
出会った時にも流れていた♪黒いジプシーで、2人はまた踊り始めるが、突然アリが倒れてしまう・・・。
国も文化も年齢も肌の色もまるで違う、この2人の愛の行方は?

※予告編
https://youtu.be/drq75m_owgM

タイトルはアリの台詞のこの台詞から(モロッコでの表現らしい)バッド(下向き矢印)
「不安 魂 食べる」

アリがエミの常連店で商品を売ってもらえず、エミがそれを抗議しに行く場面は感動的だった。
エミはアリをひたすら守り、アリも自分の立場を分かっていたから、なんとか世間に溶け込めるように、時には精一杯の我慢で、寛容に振舞った。だが、人間だもん、限界はある。

人はいつか変わり、偏見も無くなると、エミは信じていた。
その通り、差別は和らいだ。人は確かに変わるのだ。
だが、エミ自身が、アリに対しての思いやりを失いつつあった。
大事なものがようやくわかるエンディング。やっぱり、人は優しくあるべき。

今作、孤独の撮り方が好みでした。
孤独な人物をスクリーン中央の奥に配置して、何らかのフレームに入れて閉じ込める。
確か、何度か、そういうシーンがありました。

冒頭、エミが、アラブ音楽に惹かれてあのバーに入ってきたんだとすれば、最初から、彼女は、かなりオープンな心の持ち主だったのよね。
エミがドイツ人なら、ポーランド人男性と結婚したっていうことで、まず、そのオープンさがわかるし、ポーランド人だったとしたら、異国の地に夫婦で来て、様々な体験をしたからこそ、人間を本質で見える目が養えたんだろなとか。

面白かったです。ところどころで、なぜか、ウルウル。
エミとアリの2人の気持ちの変化が手にとるようにわかって、それぞれに感情移入して、それぞれの幸せを願いながら観ていました。

アキ・カウリスマキ監督は、ファスビンダー監督作品に影響を受けたんだけど、今作が映像スタイルで一番影響を受け、かつ重要な作品だったとか。めちゃわかる。

「幸福が楽しいとは限らない」

劇場で観れて本当に良かったです。4.2☆

※ちなみに、アリ役のエル・ヘディ・ベン・サレムは、ファスビンダーの愛人だったんだけど、本作の公開直前に事件を起こし服役→後に獄中で死亡したという。
ファスビンダーの遺作『ケレル』は彼に捧げられているということです。

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