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2021年08月01日10:57

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原発雑考第397号の転載    原発は低コストでない 核抑止論を超えてなど

原発雑考第397号の転載です。

2021・ 8・5
発行 田中良明
転載自由
連絡先 豊橋市富士見台二丁目12-8 E-Mail tnk24@tees.jp

 原発は低コストでない
 
 経産省が2030年運転開始の諸電源の発電コストを試算した結果、原発は1kWhあたり11円台後半以上、事業用太陽光は8円台後半〜11円台後半となり、原発は最安の電源ではないことになった。
この試算はモデル計算であり、設定を変えることで計算結果を操作することができる。原発については、安く見せたいという政治的意図があるうえに、建設費、稼働年数、稼働率、廃炉費用、放射性廃棄物処理費用、過酷事故対策費など、恣意的な設定が可能な要素がとりわけたくさんある。
 安全規制が厳しい欧米で建設中の原発(イギリスのヒンクリーポイントB原発、フランスのフラマンビル3号炉、フィンランドのオルキルオト3号炉、アメリカのボーグル3、4号炉など)は軒並み建設費の膨張に悩まされている。日本企業が建設受注を目指したイギリスとトルコの原発も建設費膨張が理由で断念に追い込まれた。建設費高騰によって新設原発の発電コストは14円以上になったというのが世界相場である。しかも原発の発電コストは時代とともに上昇し続けており、その傾向が今後も続くと考えられるので、将来において14円より下がることはありえない。
 このような現実からすれば、今回発表の発電コストは大幅な過少見積りであるといわざるをえない(その主な理由は、上述の建設費高騰を十分に織り込んでいないことである)。それでも太陽光より高い。原発は低コストという演出をすることがもはや不可能になったということである。
 なお経産省は、太陽光発電は日照条件によって発電量が変動するので、安定供給を確保するには火力発電によるバックアップが必要であり、そのコストも加えると原発のほうがなお低コストだと主張している。しかし原発も計画外停止に備えるバックアップ電源が必要である。再エネの発電コストにバックアップコストを加えるのなら、原発の発電コストにもバックアップコストを加えるべきであり、経産省の主張は筋が通らない。

 核抑止論を超えて

 核兵器はなぜ存在し続けるのか。核保有国が核兵器保有の理由として持ち出すのが核抑止論である。核抑止論は一義的には、核保有国間の戦争=核戦争を抑止のためには核保有が有効であることを主張する論である。核兵器を使用すれば自国も相手国の核兵器による破滅的な被害を覚悟しなければならず、そのため核兵器の使用を思い止まることになるという理屈である。
 しかしこの理屈には二つの根本的な難点がある。まず、このシナリオで核戦争を抑止しようとすれば、常に相手の攻撃に耐えて反撃できる態勢を整えておく必要があるから、際限のない核軍備拡張競争に陥ることになるし、錯誤や事故をきっかけに偶発的に核戦争を引き起こしてしまう危険性もつきまとうことになる。つぎに、核保有の目的が他の核保有国からの核攻撃を抑止することだけだとすれば、核軍縮によって相互に核を放棄することによって、その目的はより安全、確実、低コストで達成することができる。
 そこで、核を保有するか核保有国の核の傘に入っておれば核非保有国からの攻撃を抑止できるという新たな理屈が追加された。しかしこの理屈は二つの点でほとんど意味がない。まず、核保有国は一般的に核兵器以外の軍備においても核非保有国に格段に優っているから、核非保有国が核保有国にたいして本格的な戦争を挑むことはほとんどありえない。つぎに、現代では国家と国家の戦争は影を潜め、ほとんどの戦争は国家とアメーバのように非定型な非国家的勢力との間で起きている。このような勢力にたいして核兵器使用の威嚇は通用しない。
 さらに、核抑止論には核保有国が核非保有国を核威嚇・核攻撃することを制止する論理がない。核保有国が核非保有国を核攻撃しても、核兵器で反撃される恐れがないからである。これも核抑止論の根本的欠陥である。広島と長崎を除いて核保有国が核非保有国を核攻撃する事態は起きていないが、いうまでもなくそれは核抑止論の効果ではなく、核兵器使用に反対する世界世論の力によるものである(核威嚇は常に行われている)。
 核抑止論は核保有についていくつかの怪しげな効用を主張する論にすぎず、それによって核保有の正当性を主張することは到底できないのである。
 1970年に当時核を保有していた米ソ英仏中の5ヶ国が核軍縮に誠実に取り組むことを誓約し、その見返りにそれ以外の国の核保有を禁止する核拡散防止条約(NPT)が発効した。この条約が機能しておれば、世界はすでに核廃絶か、それに近い状態になっていたであろう。しかし実際には核軍縮は進まず、その間にインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が核兵器を保有するようになった。核保有国が核抑止論という妄論を振りかざして核軍縮を手抜きし続け、NPT体制のもとでは核廃絶はおろか、核拡散防止すら達成しえないことが明白になったのである。この状況に直面し、地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約に倣って、各国政府が協力して核兵器を禁止する条約を作り、それを広げることで核廃絶を実現するというアイデアが生まれた。このアイデアが核兵器禁止条約に結実した。
 核兵器禁止条約の意義は二つある。まず、広島と長崎への原爆使用のあと、東西両陣営が厳しく対立していた冷戦期を含めて核兵器が使用されたことはないが、核兵器を絶対悪と定めたこの条約によって核兵器はますます使えない兵器になった(核威嚇効果の減衰)。つぎに、市民が自国政府に圧力をかけてこの条約を批准させ、この条約に参加する国を増やしていくことで核保有国を孤立させて、核廃絶にいたる本格的な核軍縮に進ませること、つまり市民が核兵器廃絶のプロセスの前進に具体的に参画することが可能になった。
 歴代の日本政府は、核廃絶を国是とすると称しつつ、現実にはどの国よりも核抑止戦略を信奉し、核兵器が大量に存在する現実を容認して来た。オバマ大統領時代にアメリカが検討した核先制不使用宣言に反対し、宣言の断念に追い込んだのがその好例であるし、核兵器材料のプルトニウムを大量に保有し、将来の核保有の可能性を否定しないことを外交戦略のベースにしてさえいる。その日本政府が核兵器禁止条約に一貫して反対しているのは、当然といえば当然である。
 国是である核廃絶を達成するには、歴代政府の方針とはまったく別の選択をする必要がある。それはまず、将来の核保有を明確に否定したうえで核兵器禁止条約を批准し、この条約を世界に広めるために尽力することである。
 それと並行して、極東の非核化を推進すべきである。極東の非核化は、日本、韓国、北朝鮮の合意と、周辺の核保有国がこの地域にたいして核兵器の使用と核兵器による威嚇を行わないことを誓約することで可能になる。米中露という核大国が角逐する極東の非核化が実現すれば、他の地域の非核化への大きなはずみになることは間違いない。 極東の非核化の実現は容易なことではないが、関係国が極東の非核化という方向性の共有を確認しあうだけで大きな意義があるだろう。
 核エネルギーの利用は20世紀の半ばから始まった。民生利用(原発)は、すでに終わりに向かいつつあり、今世紀半ばまでにほぼ姿を消すだろう。軍事利用もそれまでに終わらせなければならない。

 雑 記 帳

 庭のアマナツの木に巣をつくったアシナガバチは6月末から姿を見せなくなった。アマナツの木にはアブラムシが付いており、それと共生する赤アリがたくさんいる。その赤アリに攻撃されて巣を放棄したのかもしれない。7月中旬になって小ぶりアシナガバチをよく見かけるようになった。どこかの巣で羽化した働き蜂だろう。
 中旬のある日の朝、連れ合いが、庭の地べたに置かれた流しの中に2匹のクマゼミがうずくまっているのを見つけた。1匹は脱皮直後で、モクレンの小枝に止まらせた。もう1匹はまだ脱皮しておらず、鉢植えの小木に止まらせたらそこで脱皮したので、モクレンの小枝に移した。翌朝には2羽とも姿を消していたので、無事に飛び立つことができたのだろう。
近年は、庭や公園で見たり、鳴き声を聞いたりするのはほとんどがクマゼミだ。アブラゼミやツクツクボウシは激減した。温暖化のせいらしい。
 コロナワクチンは7月8日に2回目を接種。翌日から3日間わずかな発熱(平熱+0.5度程度)が続いたが、それ以外に副反応はなかった。

万場緑地のネコ 第22話 上旬の日曜日の朝、万場緑地入口の駐車場で動けなくなっているマンチカンと思われる短足のネコを保護した。ガリガリに痩せ、呼吸が苦しそうで、つま先にあった傷口にウジが湧いているという悲惨な状態だった。動物病院で診て貰ったら重度の肺炎ということで、そのまま入院。6日間酸素室に入り、すこし良くなったので退院した。その後は病猫の世話に慣れている人のところで療養し、月末にはほぼ回復した。

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