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2020年10月29日02:33

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文化相対主義の限界

発言で物議…デヴィ夫人がブログで説明と謝罪「深く反省しております」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=6285398

 金子みすゞ は「みんなちがって みんないい」そう書いた。
 自分は前半部分しか肯えない。

 そも「いい」とは、相対的なものいいであって、「みんないい」なら
 「いい」も「わるい」も不要な世界だ。

 実際は「世界はそうできていない」が故「ちがい」と同時に「いい/わるい」が
 存在する。
 自分は、近代というか現代的な価値意識で生きているため、
 所謂、よい言い方でいうなら「敬虔な信者の素直な心情の吐露」は、ほぼほぼ
 戯言に響くのだ。
 どうしたって「価値観が相互排除的に作用する場」は
 出来せざるを得ない。
 「預言者を風刺したら首を斬り落とす」
 なるほどそういう価値観もありますか、などと、自分はよく言わない。
 
 ワイドショーの御意見番なるものに感心したことはない。
 ひねった言い方を工夫してはいても、世間に阿った考えからはみ出すことは言わない。
 
 
 どんな教えも自分を説得しない。
 「永遠の命」「人生の目的」「幸福」そんな題目に興味を抱いたことが 
 一度もないからだ。
 それらに焦がれて不可知の存在に縋るほど腑抜けではない。  

 異端審問で火焙りにされる時代でなくて、つくづく重畳である。
 それこそが、「現代」の意義である。
 「敬虔」は「不寛容」「異端への残忍さ」を内包している。
  

 
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