『藤原広嗣の乱』（７４０年）
さて「大仏建立・大願成就≒聖武天皇」ではあるが「余多の困難」の在った事も事実である。その一つが後年「藤原広嗣の乱」と言われ、その後の「彷徨五年」を招いたのだろうか。（「聖武天皇・中西進 ＰＨＰ新書 ｐ．１９５ 第三章・官僚機構との闘い」）
いや「災い転じて福と為す」の例えなのか、その機所であるだろう。広嗣の父「宇合」は「藤原四卿の死」で７３７年に疫病で亡くなり、７３６年に菩提僊那
この時「大いに驚かれた」との諸説でるが、そうだろうか。確かに「身内よりの造反」ではあるが、近親であるなら「あの若造が……、阿保な奴ちゃな」位で九州で「家来を 動かした」事に驚かれたのだろう。
『八月二十九日 藤原廣嗣表を上って、僧正玄�慧�を除かんとす。』
『九月三日 藤原廣嗣兵を起して反す。依て、大野東人等に勅して之を討たしむ。』
『九月五日 更に佐伯宿禰常人等に勅して廣嗣を討たしめんとす。』
『九月十一日 廣嗣の乱により、幣帛を伊勢大神宮に奉る。』
『九月十五日 廣嗣征討のために諸国に勅して、國毎に観世音菩薩像を造らしむ。』
『九月二十四日 大将軍大野東人等、戦況を報告す。』
『九月二十九日 太宰府管内の諸國の官人・百姓に勅して、廣嗣殺戮の者に、嘉賞せん事を示し給ふ。』
『十月八日 良辨、天皇の奉為に金鐘寺に於て、華厳経講説を創始す。』
良辨は金鐘寺を創建し基王の菩提をここで祀った。このことが聖武天皇と光明皇后の信頼を篤くしたようだ。
良辨も出自が定かでない人であるが１３００年も前の話であれば致し方のないことでもある。（百済系渡来氏族・「大仏開眼と宇佐八幡神ー彩流社・清浦道生 p.66」）
この金鐘寺が、後の東大寺伽藍の中枢であることには重要な意味と位置を示している。
『十月九日 大将軍東人に詔し、八幡大神に廣嗣降伏を祈請す。この日東人、戦況を報告す。
７４０ 八月 広嗣は聖武天皇に上表文を呈し、後に反乱を起こす。藤原宇合の長子である。
７３８ 広嗣は十二月に太宰少弐に任じられた。同僚を中傷したため左遷されたのである。後の聖武天皇の橘諸兄の皇親政治により藤原氏を軽んぜらるのに腹を立てたその挙句に。
また僧正玄�靴�ロマノフ王朝に急接近した「怪僧ラスプーチン」に見えたのだろう。よって天皇に向かって挙兵するという暴挙に出た。
藤原氏は朝廷に尽くすことにより朝廷にて一大勢力を築いている。皇后は藤原氏より出ている。藤原が存命の間には広嗣は天皇の側近でもあった。天皇を良く知る人物である。互いによく知る人物である。権力の本質もわきまえてあるだろうに叛旗を標すには、ある意味「死して上奏する」には大義名分があるはずだ。誹謗中傷はいただけないが本当の中身はなんなのだろう。
玄�掘�吉備真備が天平六年(７３４)に帰朝する。彼らは唐の都の様子を仔細に聖武天皇に伝える。
聖武天皇の国家観が変る。想像力が発展する。自然と玄�靴筏犯�真備と過ごす時間が多くなる。
ちょうどこの頃、天皇の母君である宮子は病に臥せっておられる。天皇を生まれてから宮中深く隠棲しておられるようであったらしい。
玄�靴牢派汰技佞了纏�もしていた。玄�靴�宮子婦人の病を癒し、久しく合間見えることのなかった天皇との親子関係の修復にも一役買った。
≪道慈≫
又、玄�靴呂和�天武后が洛陽に大仏を建立したことを伝えていただろう。
吉備真備は博学であった。儒学に深い造詣を持ち兵法にも優れている。唐の都の世界性・歴史性を語り、日本のあるべき姿、奈良の都の在るべき姿なども語っただろう。天皇は哲学と実践の可能性をこの二人と良く論じ合っていたのかもしれない。
参謀としての吉備真備の腕が奮われたらしい。それはどのように。
藤原広嗣は不比等や宇合の亡き後、橘氏の勢力が台頭し、真備・玄�靴海瞭鷽佑凌靴燭併夏�に危機感をいだいていた。吉備真備・玄�靴狼冥�兄の幕臣でもあるからだ。
明治維新の勤皇派・佐幕派の対立図式なら広嗣は佐幕派と考えればわかりやすい。神道派であったのかもしれない。天皇の熱心な仏教崇拝にも危機感をもっていたのかもしれない。
先の上表文にはこの二人の名が君側の奸として挙げられ、天皇がこれを退けられるよう願ったらしい。そして上表文への天皇の返信を待たず、君側の奸を打つため挙兵し都に上ろうとする。
八月に奏上した上表文は下旬に都に届く。しかし、返事を待つことなく八月末に太宰府の兵を利用し挙兵する。一部に隼人達もふくむ。総勢一万人位の規模と見られる。これに対し都では広嗣挙兵の報せが九月初旬に届き、鎮圧部隊一万七千人を動員する。関門海峡を挟み、九月の二十日頃鎮圧部隊は九州側に渡り攻撃し大勝する。
広嗣が利用した太宰府の兵達が相手が朝廷の軍隊であり、自分たちが賊軍であることに気付き、士官らが広嗣に離反し、総崩れとなったのだろう。
２．２６事件の皇道派将校も賊軍として規定された時、昭和維新断行が崩壊した時の様子に似る。自身が賊軍に立つことの動揺は広嗣の予想以上に大きかったのだ。
広嗣の逮捕の報せは十一月初旬に都につき、斬首の執行は済んでいた。
広嗣の反乱は、これまでの忠臣藤原家の家名を汚すものとなる。藤原氏内での式家の発言力も低下する。朝廷の勢力地図が書き換わる。この頃の右大臣は橘諸兄である。朝廷内での発言力は問題外であり、藤原氏の弱体化を見抜き、他の氏族はこの時ばかりと台頭を画策する。
『彷徨五年』の始まり
『十月二十六日 天皇、大野東人に勅して、関東に行幸し給はんとす。』
『十月二十九日 天皇、廣嗣の乱により、伊勢國に行幸し給ふ。』
『十一月一日 天皇、伊勢国阿保頓宮に幸し給ふ。二日、関宮に宿し、三日大神宮に幣帛せしめ給ふ。』
『十一月三日 大将軍大野東人、藤原廣嗣を肥前國松浦郡に捕へし事を報ず。』
『十一月四日 天皇、伊勢國和遲野に遊猟し給ふ。』
『十一月五日 大野東人等、去る一日、肥前國松浦郡に藤原廣嗣等を切りし事を報ず。』
『十一月十二日 天皇、川口の頓宮を発し給ひ、二十六日、美濃國當伎郡に到り給ふ。』
『十二月一日 天皇、美濃國不破頓宮に到り、横川・犬上・野洲等の頓宮を経て、十四日、山城玉井頓宮に到り給ふ。
しかし、聖武天皇にあられては遠い道のりの壮大な旅を夢見ていられるようである。広嗣の反乱など天皇の関知するところでなかったのではないか。
およそ「どぶ板政治」に関心はなかっただろう。聖武天皇も藤原氏の努力は評価していた。ただ、この機に乗じて他勢力は天皇に近づこうとした。
事実「都はうっとうしい」疫病からの、緊急避難でもあるだろうか。大事の前の小事にすぎず。なので、旅に出たくなった。一度東国へいって見たい。
日本の北の方向に遠く足を向けてみたかっただろう。逆にいえば、その間に政治過程が紆余曲折を経験して「なるようになれ」ば良かったのだ。
それより梵網経や華厳経に解かれる死生観・宇宙観、時間・空間、それを踏まえて自我の確立、の方が遥かに大事な問題なのだ。
『あぁ、旅に出てみたい。遠くに行きたい。唐をこの目で見てみたい』などと考えていたかもしれない。
否、天皇にあられては「三千大千世界」を夢見ておられた。「その現実の、実現」を目論んでいたかもしれない。
昨年の十月八日 良辨、天皇の奉為に金鐘寺に於て、華厳経講説を創始することの意味は大きかったのだ。ここにおいて「法華経→華厳経」への発展があったのかもしれない。
この広嗣の乱により太宰府のあり方が再検討される。大陸との国境の守りがこれでは安心していられない。内容・指揮系統は再編強化され、筑紫には鎮西府を置く事となる。しかし内政などは天皇の関心になく旅に出る決意を固められたようだ。
天皇の旅が始まる。若者にありがちな気の合った仲間との愉快で気楽な旅とは違う。視察旅行の名目となろう。まだ広嗣の逮捕の報せは都に届いていない。宮中にこの時機の旅行は見合わせたほうが良いとの意見もある。しかし、天皇はこれを聞かず我意を通す、これはそのチャンスなのだ。
「 私は考えるところがあり関東に行く。そのようなことをしている場合ではないが、致し方ない。大将軍大野東人よ。妖しんではいけない」との勅を出される。
総勢百名前後の旅団が編成され天皇の旅の伴をする。盆地は平坦な道が続くが、山中に入れば登り下りの道が何度も何度も続く。奈良から三重へは峠越えの連続である。気候ももう寒くなり、雨でも降れば情けない。御輿には乗っていても担いでいるのは人である。山道は≪牛車≫？であったかもしれない。天皇の立場となれば気楽な旅もままならない。もう紅葉も過ぎて山中は閑散としている。
しかし雪でも降れば厳粛な自然が見事な景観を映し出しただろう。
ご先祖さま達の宮へも礼拝に訪れる。天皇は満足しておられた。十月の末頃に平城京を出て十一月初旬に三重県に入る。
この頃広嗣の逮捕・惨殺の報せが天皇の耳に届く。宮中の者達も誰もが、一件落着につき天皇は都に戻ると考える。しかし、そうはせずに旅は続く。
『１０／２９堀越頓宮、１０／３０名張郡、１１／１３伊賀・阿保頓宮、１１／２川口頓宮、１１／１２壱志郡、１１／１４〜２３赤坂頓宮、１１／２３朝明郡、
１１／２５石占頓宮、１１／２６当伎郡、１２／１〜６不破頓宮、１２／６横川頓宮１２／７大上頓宮、１２／９蒲生郡１２／１０野洲頓宮１２／１１禾津頓宮１２／１４玉井頓宮』
（「聖武天皇・中西進 ＰＨＰ新書 ｐ．１９５〜ｐ．１９６ 第三章・官僚機構との闘い」）
四十歳の天皇の旅である。決意がある。誰にも遠慮はいらない。始めた旅だからできるだけ遠くに行きたい気持ちが強い。いや、行かねばならない。
だから無理を押して旅に出た。これは自身の大望の実現に欠かせない旅なのだ。天皇自身まだ東国をよく知らない。その東国への旅も普段ならはままならない。
都のある関西には自信の影響力のあることは理解できる。しかし東国、また陸奥方面においては、どこまで波及力を維持できるのか。はなはだ疑問である。西国に於いても「出雲・筑紫」は遠く離れることと、出自の違いから縁遠い。まして北方はどこまでが日本国なのか？。（当然、北海道などは、まだ「知らないか、別の国」のように考えている。）
よって視察も、挨拶も「東国へ行く」ことにより、大仏建立への布石を丁寧に打つことは、大事なことなのだ。造寺造佛は積善であり、自身による建立も「何か」考えを持つ良い機会なのだ。「基王の死」に天皇は何を見ただろうか。
また、都を放り出してなるようになるのが良い、と考えてもおいでなのだ。宮中にては臣官達が留守を預かっている。しっかりやらせる。
天皇は俗事を離れたい。何故なら大志があるから。
三重から東国への道は海を眺めながらの旅である。海を見ていれば心が晴れる。遠い異国のロマンも胸中に浮かぶ。しかし桑名（名古屋）近くでは、もう冬である。
天皇は東国行きを諦められたのか十一月下旬に進路を近江の国にとられる。心変わりであろうか。東国に行くといって旅に出られた。気候の変化で針路変更するほどの大志だろうか。
否、都の臣官達が一計を案じ天皇を東国に送らず、都に連れ帰ろうとしたのだろうか。否、「大名行列」に嫌気がさした。手段が目的となることは本望ではない。地図も標識も目印もなく、天皇は旅に不案内であった。大名行列の「遅々とした歩み」に我慢がならなくなったのだろう。よって進路を近江の国に向けられた。
何か他に「良い考え思いついた」ならば、儲け物でもある。
(Ｃ)２００2 Ｆｕｕｔａｒｏｕ Ａｓｈｉｈａｒａ
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