昨夜、ツレが訃報を持ってきた。
「ハルカって居ったやろ?一度、一緒にカラオケに行った。
コロナで死んじまったわ」
名古屋の飲み屋で働く姉さんやった。
一番、逃げられん環境やったんやろなぁ…。
…交友の範囲が広いと、どうにも避けられないらしい。大事変時での「知人の知人の訃報」という物からは。
コロナ禍、東日本大震災、秋葉原通り魔事件……
「知人の知人を辿っていくと、8人を経由すれば世界中の誰とでも繋がっている」という話を想起した。
実際に渋谷のハチ公交差点で実験・検証したというアレ。
2人経由で当たるあたり、あながち笑えない物だと身をもって思い知る。。
ツレの一人に、五十歳くらいでさらっと逝きたいと言うとるヤツが居る。
その理由は「もうこれ以上、ツレが死ぬとこを見たくないから」だと言う。
わしの場合は、真逆かな。
「告別式でスピーチを即興で宣って。
葬式の会場で誰よりも多く、激しく泣いたと言えるような存在となりたい」とか考える。
…長友さんと、婆ちゃんの見送り時に実際そうなってみて、そう思うようになった。
むかーし、成功術系の勉強を始めた頃に聞いた話が一つ在る。
『私は自分の葬式で「故人は良い人でした」と言われるような生き方はしたくない。
「良い人」で表されるという事は、大した影響を与えられなかったという事だから。
本当に影響を与えられたのなら「あの人に出会えて良かった」と泣いてくれるだろう。』
(引用元:クミさんのLMでの一節@愛野)
…生と死は、深い。
いくら学ぼうとも考えようとも、果たして正解など見つかるのだろうかと思う。
故に、「考えさせてくれる機会・お題」として非常に適している。
※いわゆる「気づき」
考えた数が、精神の齢を高さを伸ばす。
つまり、考えさせてくれる存在は 得てして
”有難い“ものであると 捉えておりますワタシ。
……なにを言いたかったかと問われれば、
なんとも答えに詰まりまする。
ただ、少し書き出したくなったという動機ですゆえ。
一言にして言いたいことがあるとすれば…
『人の為にも、長生きしましょうや』ってところです、ハィ。。(´ω`)
そして言わずもがな、コロナ禍に苛まれる知人が
少しでも少なくて済むことを願います。。
#随筆 #乱文 #オチなし
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