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2020年04月23日09:14

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『あまちゃん』に触発された岡田さんの朝ドラ。

■『ひよっこ』はなぜ愛されたのか “欲望”を過剰にしなかった昭和のもう一つの物語
(リアルサウンド - 04月23日 06:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=169&from=diary&id=6057477
脚本の岡田惠和さんの朝ドラは、確かこの『ひよっこ』で三作目だったか?しかしそれまでの作品とは明らかに違うのは、地方と東京の対比、その意味合いについてだろう。これは東京っ子の岡田さんが、『あまちゃん』に影響を受けたことが大きかったのではないだろうか?

くどかんの『あまちゃん』は岩手の地味な女の子が東京でアイドルになるドラマではないのだ。それは見た目で、その背景には、東京に利用されてきた東北、そして東京からの自立と自律という明確なイメージがあっただろう。それはヒロインだけではなく、その母親も若き日に東京でアイドルをめざして挫折して故郷にもどったという過去があり、その若き日の母親を演じたのが有村架純だった。

高度成長の初期、茨城から就職する若者たちが、かれらの奮闘が、その後の東京を支え、高度成長の礎となったのだ。といってもキラキラする青春だけではない、ちゃんとダークな部分も描いている。それが父親の失踪という事件だ。敏感な視聴者、ドラマ好きならとっくに気づいていると思うが、朝ドラでは父親が消えることが多い。この作品のように失踪、行方不明になることもあれば、死ぬこともけっこうある。なぜか?

あの戦争で母子を置き去りして出征した父親たちのトラウマもあっただろうし、戦後の経済復興においても同様に、今度は仕事、経済へと家庭を顧みずに働く父親たちがいた。その父親の喪失とその帰還、を『ひよっこ』は裏テーマとして持っていたのだ。

『あまちゃん』では80年代にアイドルになれなかった岩手少女を演じた有村架純は、今度は高度成長を生きる茨城出身の娘を演じる。共通するのは逆境に静かに耐えて、淡々と生きる芯の強さである。

『あまちゃん』から『ひよっこ』へ、つまり淡い明るさから、『中学聖日記』のような暗い純粋さまで、有村架純は演じるようになった。つまり二本の朝ドラは、女優・有村架純を確実に成長させたのだ。




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